僕の一日 122

しばらくして客数が減ったのを見計らって斉藤さんと一緒に休憩に入った。

『さっきのお客さんは何をしにうちの店に来たんですか?』

「あぁ、一緒に日本に来てる友達にこの店におもしろい雑貨があるって聞いたんだって。
 その友達とは今日は別行動らしくてこのビルの住所だけ聞いてて、
 何とかたどり着いたみたいだけど全然日本語分からないし英語も話せないから、
 1階から全店舗をのぞいて歩いてたみたい。
 それでそれらしきお店を発見して、有利くんに声をかけたんだって」

『へー、何の商品ですか?』

「それがさぁ、去年クリスマスの時だけ仕入れた、
 お金を置くと猫の手が出てくる貯金箱あったでしょ?
 あれを探していたみたいでね、無いことを伝えると頭を抱えて悲壮な顔してたよ」

『えぇぇ?!あれですかぁ?!』

確かに去年、そんなものがあった。
確かにカワイイが、子供向けすぎたのかあまり売れなかった記憶がある。

「ホントに。つい笑っちゃってさ。
 こっちに3~4日ぐらい滞在するなら仕入れられるかもしれないって言ったら、
 明日には八ヶ岳に向かうんだって。
 仕方ないから他に何かないかっていうから、
 店内軽く案内したら曲げわっぱの弁当箱に食いついてね。
 ほかに和柄の便箋に手ぬぐいを買って行ったよ」

思い出して笑っている斉藤さんがあまりに楽しそうだから、
「あとは?」「それで?」とかぶせるように聞いてしまった。
いつもは静かにゆっくりと話すタイプなのに、
ドイツ語で話すときは表情も変えながら抑揚もハッキリとしていたように見えた。
単にそう話すのが普通のことなのかもしれないけれど。

『あの、斉藤さんはドイツ語ペラペラなんですよね?今更ですけど』

自分のことはあまり話さない人だけれど、今なら答えてくれるかもしれない。

「うん。今ドイツに住んでも問題ないよ」

『すごい!外国語ペラペラな人と初めて会いました!』

興奮気味に言うと、くすっと笑って箸をおいた。

「有利くんは日本にはない特有の発音が苦手なの?」

『多分。全部同じようにしか聞こえなくて』

「そっか、うん、慣れないとそうかもね」

ペットボトルの蓋を開けながら、いつもの様に低い声で優しく呟いた。

『……ドイツ語は独学ですか?』

合わせる様にトーンを落として質問した。

「いや、知り合いに堪能な人がいたから小さい頃から教えてもらってただけだよ。
 勝手に身についたようなものだから、ほとんど勉強はしてないんだ。
 普段使わないような難しい単語をやったくらいかな」

『へぇー。親がそうだと勝手に話せるようになるのもそんな感じなんですかね?』

「そうだね」


一口水を飲むと空になったお弁当の容器を持って、
「さてと、相沢たちを休ませないと」と言って斉藤さんが立ちあがった。

「有利くんはあと20分ちゃんと休むこと」と笑顔で言われて、
立ち上がろうと机に着いた両手から力が抜ける。

「休憩はしっかりとりなさい」

ぽんと肩を優しく叩いてバックルームを出て行った。

斉藤さんはご飯を食べ終わると仕事に戻ったり書類を眺めたりと、
1時間しっかり休憩をとっているのを見たことがない。
時間を惜しむように働いている姿をばかりだ。
社員だからって休憩時間を潰さなくてもよさそうな気もするが、
店長もそれを特に気にするでもなく、
自分はしっかりと休むし、俺たちバイトも当然1時間しっかり休憩をくれる。

俺が具合悪くしたときもお弁当を持って来てくれたり病院に連れて行ってくれたり、
とにかくお店の為に、スタッフのためにと尽くしてくれているように俺には見えていた。


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| 「僕の一日」  | 17:21 │Comments0 | Trackbacks0編集

僕の一日 121

人ごみの中を急ぎ足で戻って来た斉藤さんが、
息を切らしながら俺の横にいる外国人に話しかけた。
何を言っているのかさっぱりわからなくて、驚いて見ていると、
「ごめん待たせて。これ両替。あとは俺が対応するから」
と、両替が入った袋を俺に手渡し、2人でまた話し始めた。
英語の会話をでさえ生で聞く機会なんて滅多に無いのに、
目の前でドイツ語での会話が繰り広げられているかと思うと仕事どこではなく、
レジを打っている相沢さん以外は2人の会話の行方に耳をそばだてていた。


こうして外国の人と話している斉藤さんを見ていると、
さっきの女性客が「ハーフっぽくない?」と言ったのも分かる気がする。
髪や目の色が茶色いから、ハーフと言われれば素直にうなずけてしまう。
俺の髪も色素が薄くてたまに染めていると思われるが、
それとはまた違った色をしている。
すこし黄色っぽいというか金色っぽい色が混ざっているというか……。
何も言われなければ染めていると誰もが思うだろう。
初めは俺も染めていると思っていたけれど、
根本の色が変わらないのを見て地毛なんだと気づいた。


やっと言葉の通じる人に出会えたからか、
水を得た魚の様にペラペラと話す外国人に笑顔で答える斉藤さんが、
とても遠い人のように思えた。
そうじゃなくても一般人ではありえないよなオーラを放っている人だ。
テレビカメラがあったら映画かなんかの撮影をしてるようにしか見えないだろう。


それからしばらく店内を斉藤さんと一緒に歩き、
買い物を終えたのは30分以上経ってからのことだった。

いくつかの商品を購入した外国人がメモのようなものを渡し、
斉藤さんもネームホルダーから名刺を取り出して何かを書き込んでから差し出した。
嬉しそうに受け取って財布にしまうと、俺を見つめて斉藤さんに何かを呟いた。

「有利くん、ちょっと」

斉藤さんに手招きされて向かうと、
その外国人は慣れない日本語で「アリガト」と言ってくれた。

『いえ!全然話せなくて、慌ててしまってすみませんでした』

出てきた言葉は当然日本語だけれど、
斉藤さんが訳してくれたおかげできちんと通じていた。


「Gute Reise」

心地よいバリトンの声で斉藤さんが言うと、
外国人も嬉しそうに手を振って「アリガト!」と言ってお店を出て行った。



「お疲れ様」

『さ、斉藤さんの方こそお疲れ様です!』

予期せぬ言葉に慌てると、くすくすと笑った。

「有利くんああゆう人苦手そうだよね」

『いや、苦手っていうか外国語を聞くとなぜかテンパっちゃうんですよね、どうしよう、って』

「まぁそんなもんだよ、英語じゃなければ尚更ね」

『最後なんて言ったんですか?』
 
「Gute Reise?良い旅を、みたいな感じかな」

手渡されたメモに視線を落としながら呟く姿は、
なぜか寂しそうで、見ているこっちに痛みが走った。


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| 「僕の一日」  | 23:50 │Comments0 | Trackbacks0編集

僕の一日 120

用意していた福袋が完売すると店内の人口密度がぐっと下がった。
とはいえレジは3人態勢でフル回転状態なのは変わらない。
店長と石川さんもレジの周りで慌ただしく作業をしていた。

「両替はどう?いまのうち行ってこようか?」

レジ横でフォローをしている石川さんに斉藤さんが声をかけると、
すかさず店長がレジに手を伸ばして溜まった万札を取り、
「5000円と1000円多めの100円2本に10円と1円1本ずつ」と両替袋に詰め込んだ。

「了解です。じゃぁ行ってきます」

店長から袋を受け取ると並んでいる客に「いらっしゃいませ」と声をかけて、
まだ混みあっている店内を見渡してから店を後にした。

その後ろ姿を眺めていると、人ごみの中で急に立ち止まり誰かと話し始めた。
俺の視線の先に気づいた店長と石川さんも作業する手を止めて目を凝らした。

営業スマイルの斉藤さんの前にはうちの店の福袋を持った女性が数名。
だいたい想像がついたところで3人目を合わせて無言の合図を送り合う。
そのあとは何事もなかったかのようにまた作業に戻った。

ああいった光景は珍しくない。
電話番号やアドレスが書かれた紙を渡される。
たまに「番号教えてよ」と上から目線で携帯を突き出されることもあるけれど。

今日は誰も待ち伏せしていなければいい、と祈っていると、
後ろから肩を優しく叩かれた。

「はい、いらっしゃいませ」

反射的に笑顔で振り返ると、そこに居たのは俺でも見上げる程の大柄な男の人だった。

屈強な山男といった感じの外国の人。
丸太を笑顔で担いで山中を走り回っている意味不明な絵が浮かんだ。

目深にかぶっていたキャップをとると、
グシャグシャになっている白髪交じりの茶色い髪をかき回して大きく深呼吸をした。
ヒグマとやりあっても勝てるんじゃないかと本気で思った。

固まっている俺の肩にごつごつの太い手をポンと置くと、
綺麗な茶色の目を細めて、「Hi!×%&$○■♪?」と、笑顔で言った。

『はい?』

一瞬で凍りついてしまった。

『………えーと』

泳ぐ視線を止められず、あさっての方を見ながら一応頭の中でリピートしてみた。
えーと、「ハイ!」しか聞き取れなかった……っというか英語じゃなかった気がする。

『あー、えーと、すみません、もう一回……』

首を傾げて戸惑っている俺に満面に笑みで何かを答えてくれた。
答えてくれたのだが、なにを言っているのかさっぱり分からない。
そもそも5教科で一番英語が嫌いだったのに、
更に英語じゃないなんて、どうしようもないじゃないか。

格好から想像すると登山目的で日本に来たような雰囲気だ。
大きなリュックに寝袋がぶら下がっているし、靴も登山用のものに見えた。
こんな真冬にどこの山を登るというのか、危険すぎる。
もみあげからしっかりつながっている、ふっさふさの髭に触れながら、
またなにかを話し始めた。

『あーえー、あのーえーー……』

もう少し太っていて髭が真っ白だったらサンタさんになれんじゃないか、
などと、脳が現実逃避をし始める。
昔から外国語を耳にすると混乱して軽くパニックになってしまうところがあった。
理由は自分でもよくわからないが、発音の違いのせいか聞いているだけでドキドキしてしまう。

「×■○!&☆↓?」

『……はい、えーと』

何か質問をしているのは伝わるが……。

『えー……ドゥ、Do you speak English?』

ふり絞った声はかすれているし、
酷い発音すぎて自分でも恥ずかしくなるぐらいだけれど、
言いたかった伝わったようで大きく頷いてくれた。
そして発せられた言葉は。

「NO!」

『……』

ノーなの?しかもそこは英語なの?
もう無理。
英語ならまだなんとかなるかもなんて思ったのに。


助けを求めようとレジの方を見ると、
固まっている石川さんと「無理!」と顔に書いた店長が居た。
店長としてその表情はどうなの?と、突っ込みたい気持ちを抑えて、
足早にレジに向かった。

『誰か、分かる人……』

レジに向かって助けを求めてみる。

「おれ日本語だけ」
「私も」

と店長と石川さんが首を振る。

レジに並んでいた客も聞きなれない言葉にチラチラと登山姿の外国人を見ていた。
空気を読んでか会計中のお客がレジをしている相沢さんに声をかけてくれた。

「ごめん、私もわかんない」

申し訳なさそうに相沢さんが呟くと、隣にいた学生バイトの志季さんが、
「もしかしたらだけど……」と呟いた。
その横で同じ学生バイトの奥村くんが「うそ、おまえわかんの?」と驚いていると、

「ううん、そうじゃなくて、話している言葉。
 多分だけどドイツ語じゃないかな?」

そう言ってすぐに「間違っていたらすみません」と付け加えた。

「……ドイツ語?」

志季さんの言葉に反応したのが店長だった。

「斉藤なら分かるかもしれない」

驚く俺たちをよそにスマホを取り出した。

「……もしもし?いま平気か?ドイツ語ってわかる?」


店長の会話の行方を気にしながらも相沢さんたちは会計を再開し、
並んでいたお客も一先ずレジに向きなおした。

「あぁ、うん、いま店内に居て、まったく言葉が通じないみたいなんだ。
 うん……いや、俺は直接話してなくて有利が声かけられたんだが……うん、わかった」

状況を説明し終えると、
安心した顔で俺にスマホを差し出し、言葉を続けた。

「いま両替終わったからすぐ戻るって。
 そのこと伝えるから本人に電話代わってって」

『ほんとですか?!』

斉藤さんてドイツ語話せる?もしかしてペラペラ?
そんな話聞いたことがなかったし、
知り合いに語学が堪能な人なんていないから、なぜか興奮してしまった。

店長から携帯を受け取り、笑顔で待ってくれていた外国人にスマホを差し出すと、
状況を理解していたようで何も言わずに受け取って耳に当てた。

祈るような思いで見つめていると、
頷きながら笑顔で「HA!HA!HA!」と大声で笑い、
何かを話してからスマホを返してきた。

『大丈夫ですか?』と俺が言うと、
雰囲気で伝わっているのか肩を優しくぽんぽんと叩かれた。
ほっと一安心して笑顔で俺も頷いた。

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| 「僕の一日」  | 01:03 │Comments0 | Trackbacks0編集

僕の一日 119

年が明けて2日目の朝。
世間じゃコタツでぬくぬくしている人が多い中、
俺たち販売業に従事している人間にとっては大きなイベントが待ち構えていた。

「店長ー、今年どれぐらい来ますかねー」

嵐の前の静けさ漂う店内で、
昨日の酒が抜けないと、マスクをした相沢さんが頭を抑えながら唸った。

「うーん、今年もそんなに多くは来ないと思うけど、
 毎年福袋は即完売だからそれぐらいは来るんじゃない?
 まあ、他の店に比べたら大したことないさ。」

福袋の数は3000円40個と5000円のが20個で計60個しかないが、
たいして広くもない店内に一気に相当数の人が集まれば、さばくだけで大変だ。
当然のことながら学生バイトの奥村くんと志季さんも含め、
店長、斉藤さん、相沢さん、石川さん、俺と7人フル稼働である。

「あ、両替は早く言えよ!少しは俺の財布とバックルームにあるけど、
 こんな時は両替機も並ぶからな!」

店長が自分の尻ポケットを叩きながら叫んだ。

相沢さんと奥村くんと志季さんの3人でレジに立ち、
石川さんと店長が福袋のセット等のレジ周辺のもろもろの作業、
斉藤さんと俺がお客の誘導を担当する。

「相沢達3人はレジから動くなよ。
 足りないものは全部俺か石川が持ってくる。
 接客や電話なんかは斉藤と有利にまかせる、いいな」
 
館内放送が開店を知らせる音楽へと切り替わると同時に、
地響きのような不気味な音が近づいて来た。

「さて、頑張りますか。ね、有利くん」

『はい』

斉藤さんの言葉を合図に店の入り口に立った。

エスカレーターを駆け足で登って来た人たちが、
それぞれお目当てのお店へ我先にと人を押しのけながら走っていく。
テレビで初売りの映像は何度も見たことがあったけれど、
実際に目の当たりにしたときは言い知れぬ恐怖jを感じたのを覚えている。
それでもうちの雑貨屋はマシな方で、2人でなんとか誘導できる。

クレームにならないように店内に一列に並んでもらい、
2種類あるうちどちらを買うか確認して整理券を配り、
なくなり次第用意しておいた「福袋は完売しました」のPOPを店の入り口に貼る。
これが店長が考えた福袋の販売の仕方だ。
狭い店内で四方からレジに並ばれてはクレームになりかねない。

「福袋購入のお客様はこちらにお並びください!」

このときの為に空けておいたスペースで、
いつも静かに話す斉藤さんが声を張り上げて右手を挙げた。
大きな声でもいい声は変わらないな、などといらないことを思いながら、
並んだ客に整理券を配っていく。
初売りだからと言ってみんなが福袋目当てなわけでもなく、
この日限定で販売の商品や割引のものを目当てに来る客もいる。
そのためいくら福袋購入の人に並んでもらっても、レジは他の客で列ができた。

BGMすらかき消されるほどに騒がしい店内では、どうしても会話する声は大きなものになる。
俺が客に話す声も大きければ、客同士の会話も同じだった。
イベント時の特有の高いテンションと場の雰囲気や活気に、
気分も高揚して開放的になっているのか、
普段ならきっと内緒話をするような声で話す会話も、
周囲に聞こえるような音量になっている人が多い。
接客をしながらでもそれは耳に入った。

「ちょっとあの店員イケメン!」
「ウソ、マジ?!」

これから整理券を配ろうとしている方から聞こえてくる。

「ホント!マジでイケメンじゃない?!草食系っぽいけどw」
「キャー!ほんとマジイケメンじゃん!背も高いし!細マッチョ系?!」
「髪の毛、超サラサラなんですけどwわけてくんないかなw」
「肌も超キレー!石鹸なにつかってんのかな?」

そういう話は周囲に聞こえないようにして欲しい……とは言えるはずもなく、
丸聞こえの会話を耳にした他の客が俺の方をチラチラと見た。


……う、うざ……。


いや、堪えろ、仕事だ自分。



問題の女の、いや、お客様に声をかける。

『3000円と5000円どちらの福袋をご購入ですか?』

なるべく視線を合わせないように整理券に目を向けて話した。

「ふたりとも5000円ですぅw」

学生らしき2人組がなぜか手を繋いで声を合わせて答えた。
高校生?大学生?いや、年齢不詳……化粧は恐ろしい、
もはや原型はよくわからないが2人とも同じ顔をしていた。
つけまつげにカラコンに、ガッツリ目の周りを縁取って、
髪染めてゆるふわにしたら量産型の仲間入り。
 
『5000円はこちらの整理券になります。なくさないでください』

そう呟いて2人に整理券を配り、すぐに後ろの客に声をかけた。

「間近で見るとカワイイかも!」
「ペットにしたい感じw」

嫌でも聞こえてくる声に耳を閉じて目の前の客に意識を向けるようにした。
胸の奥が重苦しくなってくる。
心の奥で深く長いため息をつきながら、並んでいる人全員に配り終えると斉藤さんに手を振った。
それを見て斉藤さんがレジの方へと順番に誘導して行く。

少しずつ進んでいく列の中からまたあの声が聞こえてくる。

「ちょっと!あのレジに案内してるっぽい人も超イケメンじゃない?!」
「ほんとだ!ちょっとハーフぽくない?!」
「マジで?!髪茶色いの地毛?!」
「メガネがチョー似合ってるんですけどw髪結んでるし!」
「マジこっちの方が好みなんですけどw」
「ウチはさっきの草食系の人の方が好みかなw」


最近の若者は「超」と「マジ」が欠かせないのだろうか。


列の先頭に目をやると、笑顔で対応する斉藤さんにハートを打ち抜かれた女性客たちが、
きゃーきゃー言いながら会計をしていた。
いや、実際レジを打ったり袋に入れたりしているのは相沢さんと学生バイトの2人なのだが、
男性客からも「イケメンすぎ」という声が聞こえた。

イベントやセールの後は“そういうの”が目当てのお客が増えて、
仕事中に声をかけられたり従業員出入り口付近で待ち伏せされたりすることが多くなる。
こういったイベント自体が嫌いではない分、そういう事ににうんざりしてしまう。
首からぶら下げている名札をわざと裏返しにして見えないようにしたり、
そういう感じの人の傍はなるべく通らないように気をつけてはいるのだが……。


嫌だな、こんなことをしている自分が。

どうして斉藤さんの様に堂々とスマートに出来ないんだろう。



「羨ましがられることも慣れたかな」
『慣れるもんですか?』
「うん。そのうちね」


斉藤さんがお弁当を持って家まで来てくれた日を思い出す。


年が明けて2日目の朝。
世間じゃコタツでぬくぬくしている人が多い中、
俺たち販売業に従事している人間にとっては大きなイベントが待ち構えていた。

「店長ー、今年どれぐらい来ますかねー」

嵐の前の静けさ漂う店内で、
昨日の酒が抜けないと、マスクをした相沢さんが頭を抑えながら唸った。

「うーん、今年もそんなに多くは来ないと思うけど、
 毎年福袋は即完売だからそれぐらいは来るんじゃない?
 まあ、他の店に比べたら大したことないさ。」

福袋の数は3000円40個と5000円のが20個で計60個しかないが、
たいして広くもない店内に一気に相当数の人が集まれば、さばくだけで大変だ。
当然のことながら学生バイトの奥村くんと志季さんも含め、
店長、斉藤さん、相沢さん、石川さん、俺と7人フル稼働である。

「あ、両替は早く言えよ!少しは俺の財布とバックルームにあるけど、
 こんな時は両替機も並ぶからな!」

店長が自分の尻ポケットを叩きながら叫んだ。

相沢さんと奥村くんと志季さんの3人でレジに立ち、
石川さんと店長が福袋のセット等のレジ周辺のもろもろの作業、
斉藤さんと俺がお客の誘導を担当する。

「相沢達3人はレジから動くなよ。
 足りないものは全部俺か石川が持ってくる。
 接客や電話なんかは斉藤と有利にまかせる、いいな」
 
館内放送が開店を知らせる音楽へと切り替わると同時に、
地響きのような不気味な音が近づいて来た。

「さて、頑張りますか。ね、有利くん」

『はい』

斉藤さんの言葉を合図に店の入り口に立った。

エスカレーターを駆け足で登って来た人たちが、
それぞれお目当てのお店へ我先にと人を押しのけながら走っていく。
テレビで初売りの映像は何度も見たことがあったけれど、
実際に目の当たりにしたときは言い知れぬ恐怖jを感じたのを覚えている。
それでもうちの雑貨屋はマシな方で、2人でなんとか誘導できる。

クレームにならないように店内に一列に並んでもらい、
2種類あるうちどちらを買うか確認して整理券を配り、
なくなり次第用意しておいた「福袋は完売しました」のPOPを店の入り口に貼る。
これが店長が考えた福袋の販売の仕方だ。
狭い店内で四方からレジに並ばれてはクレームになりかねない。

「福袋購入のお客様はこちらにお並びください!」

このときの為に空けておいたスペースで、
いつも静かに話す斉藤さんが声を張り上げて右手を挙げた。
大きな声でもいい声は変わらないな、などといらないことを思いながら、
並んだ客に整理券を配っていく。
初売りだからと言ってみんなが福袋目当てなわけでもなく、
この日限定で販売の商品や割引のものを目当てに来る客もいる。
そのためいくら福袋購入の人に並んでもらっても、レジは他の客で列ができた。

BGMすらかき消されるほどに騒がしい店内では、どうしても会話する声は大きなものになる。
俺が客に話す声も大きければ、客同士の会話も同じだった。
イベント時の特有の高いテンションと場の雰囲気や活気に、
気分も高揚して開放的になっているのか、
普段ならきっと内緒話をするような声で話す会話も、
周囲に聞こえるような音量になっている人が多い。
接客をしながらでもそれは耳に入った。

「ちょっとあの店員イケメン!」
「ウソ、マジ?!」

これから整理券を配ろうとしている方から聞こえてくる。

「ホント!マジでイケメンじゃない?!草食系っぽいけどw」
「キャー!ほんとマジイケメンじゃん!背も高いし!細マッチョ系?!」
「髪の毛、超サラサラなんですけどwわけてくんないかなw」
「肌も超キレー!石鹸なにつかってんのかな?」

そういう話は周囲に聞こえないようにして欲しい……とは言えるはずもなく、
丸聞こえの会話を耳にした他の客が俺の方をチラチラと見た。


……う、うざ……。


いや、堪えろ、仕事だ自分。



問題の女の、いや、お客様に声をかける。

『3000円と5000円どちらの福袋をご購入ですか?』

なるべく視線を合わせないように整理券に目を向けて話した。

「ふたりとも5000円ですぅw」

学生らしき2人組がなぜか手を繋いで声を合わせて答えた。
高校生?大学生?いや、年齢不詳……化粧は恐ろしい、
もはや原型はよくわからないが2人とも同じ顔をしていた。
つけまつげにカラコンに、ガッツリ目の周りを縁取って、
髪染めてゆるふわにしたら量産型の仲間入り。
 
『5000円はこちらの整理券になります。なくさないでください』

そう呟いて2人に整理券を配り、すぐに後ろの客に声をかけた。

「間近で見るとカワイイかも!」
「ペットにしたい感じw」

嫌でも聞こえてくる声に耳を閉じて目の前の客に意識を向けるようにした。
胸の奥が重苦しくなってくる。
心の奥で深く長いため息をつきながら、並んでいる人全員に配り終えると斉藤さんに手を振った。
それを見て斉藤さんがレジの方へと順番に誘導して行く。

少しずつ進んでいく列の中からまたあの声が聞こえてくる。

「ちょっと!あのレジに案内してるっぽい人も超イケメンじゃない?!」
「ほんとだ!ちょっとハーフぽくない?!」
「マジで?!髪茶色いの地毛?!」
「メガネがチョー似合ってるんですけどw髪結んでるし!」
「マジこっちの方が好みなんですけどw」
「ウチはさっきの草食系の人の方が好みかなw」


最近の若者は「超」と「マジ」が欠かせないのだろうか。


列の先頭に目をやると、笑顔で対応する斉藤さんにハートを打ち抜かれた女性客たちが、
きゃーきゃー言いながら会計をしていた。
いや、実際レジを打ったり袋に入れたりしているのは相沢さんと学生バイトの2人なのだが、
男性客からも「イケメンすぎ」という声が聞こえた。

イベントやセールの後は“そういうの”が目当てのお客が増えて、
仕事中に声をかけられたり従業員出入り口付近で待ち伏せされたりすることが多くなる。
こういったイベント自体が嫌いではない分、そういう事ににうんざりしてしまう。
首からぶら下げている名札をわざと裏返しにして見えないようにしたり、
そういう感じの人の傍はなるべく通らないように気をつけてはいるのだが……。


嫌だな、こんなことをしている自分が。

どうして斉藤さんの様に堂々とスマートに出来ないんだろう。



「羨ましがられることも慣れたかな」
『慣れるもんですか?』
「うん。そのうちね」


斉藤さんがお弁当を持って家まで来てくれた日を思い出す。


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| 「僕の一日」  | 13:47 │Comments0 | Trackbacks0編集

僕の一日 118

大晦日は実家に帰って久しぶりに家族3人で過ごした。
母が嬉しそうにごちそうの用意をしてくれ、
弟は冬休み中だけバイトをしていると教えてくれた。

元旦も雑貨屋は通常営業で俺は遅番のため、
午前中に帰らなければいけないことを母に伝えると、
「お正月くらい休めばいいのにね」と残念そうな顔をして呟いた。

帰り際に母がたくさんの手料理を持たせてくれ、
弟には「兄貴の店の福袋を買っておいて」と頼まれた。


元気な母と弟の顔を見て、心が和んだ。

弟が大学を卒業すれば、必死になって稼ぐ必要もなくなる。
実家に戻って近い所で仕事を探して静かに暮らすのもいいかもしれない。
そんなにいい給料じゃなくても家賃がないから充分暮らしていけるだろう。
弟が卒業するまでホストクラブで働いてお金を貯めて……。
もっと勉強したいって言うならその分の学費を出したってかまわない。

とにかく弟が就職するまで俺はホストをやる。
あとは母に無理をさせない事。

それを糧に俺はいま頑張ることが出来ている。

家族の為に頑張れるのは幸せだ。

だから、辛くはない。


あの日、俺が家族を守るって決めたんだから。


弟は就職して、結婚したらいつか家を出るだろう。
俺の助けなんか要らなくなる。
考えたくはないけれど、順番からいったら母が最初に死んでいく。

そうしたらこの家に俺一人。


守るものもなく、没頭できる趣味もなく、何を糧に頑張ればいいのだろう。



ひとりでいることは辛くはない。
他人の空気を飲み込み、耐えるくらいならひとりがいい。
そこに嘘はない。

でも、もしも。
もしも俺を分かってくれる人がいるなら、
そばに居て安心できる人がいるなら、
その人のために生きて行こうと思えたなら。


それは幸福なことなんじゃないのか。


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| 「僕の一日」  | 02:35 │Comments0 | Trackbacks0編集

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