僕の一日 115

クリスマス前になるとカップルが増えるのは気のせいではない、と思う。
街を歩けばやたらとイチャついたカップルを見かける。
普段からそんな光景は見慣れているけれど、
どうしてか寒い季節にそれを見せつけられると、
ほんの少し寂しさを感じる。

傍から見れば俺のようなホストはいつも女の人に囲まれて、
選びたい放題、選り取り見取りと思われがちだが、
実際はそういう関係は持たないようにしている人もいるという事を知って欲しい。


「ねぇねぇ、このあとホテル行かない?」

目の前のテーブルに無造作に置かれている数本のボトルを眺めながら話を聞いていると、
いつものように耳に息がかかるほどの距離で囁かれた。
誰かに見られているかもしれない、なんて、
こんな場所で考える人は少ないのかもしれない。

世の中の不景気なんて関係ないと思える程の高額なボトルをいつも入れてくれる京子さんが、
久しぶりに電話をかけてきたのが昨日のことだった。

グロスをたっぷり塗った唇を俺の首に這わせながら言葉を続ける。

「もう一本入れるから」

首筋にかかる生暖かい息に嫌悪感を抱きながらも、
優しくその頬に触れた。

『あまり無理をしないでくださいね。
 少し痩せたように感じるのは気のせいですか?』

「わかる?」

『少し頬が……』

パッと俺から身体を離すと、バッグの中から鏡を取り出した。

「いつもよりチークつけてきたんだけどなぁ」

鏡に映る自分の顔を見ながら京子さんが呟く。

『大丈夫ですか?』

「うん、平気。最近忙しくてあんまり眠れないだけ。
 それはホストも同じでしょ?」

京子さんはホステスをしている。
どこの店で働いているかは知らない。
ただ俺に落としてくれる金額からすると、かなり人気のホステスだろう。

『そうですね、この時期は』

「クリスマスには来れないから、ごめんね」

俺の肩にもたれかかりながら甘い声でつぶやく。

「だから今日行かない?」

書入れ時の12月後半。
はっきり言ってそんな余裕は体力的にも時間的にもない。
あったとしてもそういう関係にはならないと決めている。

少し離れたテーブルにはもう1人、俺の客がいる。

今は他のホストが相手をしてくれているが、
どうにも嫌な空気が流れている。

『京子さん、少しだけごめんね』

ぽんぽんと優しく頭に手をやって、その場を離れた。




『すみません、お待たせして』

京子さんが来るよりも先に来ていた女性客のテーブルについた。
何度か来てくれている中年女性だ。
自分の母親と同じぐらいの年齢だろうか。

相手をしてくれていたホストが「助かりました!」と顔で訴える姿にうなずき、
すぐに京子さんのところに行くように伝えた。

「もう帰ろうかと思った!」

よく言われる耳の痛い言葉を吐かれて、
心底申し訳なさそうな表情をしながら謝ると、
コロッと態度を変えて勢いよく抱きついてきた。
押し倒されそうになる身体を何とか支えて、
分厚い肉に覆われている背中に手をやる。
多分……というか確実の俺より10キロ以上重い身体は、
京子さんの倍はあるだろうか。

片手は背中にまわしたまま、もう片方の手でシャンパンをグラスに注いだ。
複数のテーブルを回るときは、相手に程よく酔ってもらうのがいい。
とにかく飲んでもらう。
そして酔ってもらう。できればほどほどに。
さらにボトルを入れてくれたら嬉しい、が……。

視線を京子さんがいたテーブルに向けると、
泣いているのを必死に周囲のホストがなだめていた。
泣かれたからといっていちいと動揺していてはホストは務まらないが、
機嫌を損ねて帰られても困ってしまう。
特に太客には。

京子さんはほかに気に入っているホストが何人かいる。
その中の誰かがついてくれると助かるが、
みんな指名が入っていて席を離れられない。
こんなとき、身体が2つあったらとホントに思ってしまう。


10代の頃の自分だったら、ふたり相手にするぐらい何てことはなかっただろう。
毎日たくさんの人に連絡をして、お店に来てもらってお金を落としてもらい、
少しでも多く稼ぐことばかりを考えていた。
お酒を飲めない分、ひたすら丁寧に接客をしたし、
まだ10代であることを利用して、年の離れたお金持ちと分かれば、
可愛い息子役を演て可愛がられるようにしていた。


2000万。


とにかく4年で2000万円を稼ぐこと。
弟が進路を考える頃には用意できているように。

それだけを考えていた。


結果的には2年経たないうちに、その額を貯めることが出来た。
この顔に初めて感謝したのもこのときだった。
ホストとして努力をしなくなった今でも、
こうやって稼げているのはこの顔のおかげだろう。
この顔に産んでくれた母には感謝しかない。
もちろん父にも。


いま高校2年の弟からは「奨学金でいくから」と言われた。
俺が稼いだお金で大学に行くことに抵抗があったようだが、
母親に説得するようにお願いし、
最終的には俺が稼いだお金で進学することを決めてくれた。


自宅から通える国立大へ行くと言っていたから生活費はかからない。
「もうお金は十分だから、無理はしないで」と母親に言われたが、
その言葉をそのまま返し、
「週2~3日のパートにして家でゆっくりしてよ。
 仕送りは続けるから。もう何年も旅行にいってないでしょ?
 弟が大学に行ったらゆっくり行ってきなよ」
そんなことを母に言って、翌日に旅行代として10万を振り込んだ。      

お金を稼ぐことがどれだけ大変なのかよくわかっている母は、
きっと無駄なものに一切使わず貯金をしているだろう。
それも大事なことかもしれないけれど、父が亡くなって10年以上働き通しなのだ。
少しぐらい贅沢したってバチは当たらない。

今年のお正月は久しぶりに実家に帰るのもいいかもしれない。
父親のお墓参りもしたいし。

母と弟にも会いたい。

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| 「僕の一日」  | 00:47 │Comments0 | Trackbacks0編集

僕の一日 114

薬をもらってから30分ぐらい時間が経つと、次第に痛みがひいていった。
頭痛薬を飲んだことがなかったけれど、ここまで効くとは思っていなかった。
感動ものだ。

バックルームを出るとレジには斉藤さんが立っていた。

「お、大丈夫?」

『はい、もう落ち着きました』

「良かった、効いて」

『びっくりしました。すごい効くんですね』

「うん。でも効くからってあんまり飲んじゃだめだよ。
 逆に頭痛がひどくなったり薬が効きにくくなるから」

『そうなんですか?買って常備しようかと思ってたんですけど』

「念のために買っておくのは良いけど、頻繁に飲んじゃだめだよ」


笑顔で答える姿に、「頭痛持ちなんですか?」と聞けず、
小さな声で「わかりました」とだけ呟いた。

「よし、じゃあ調子が戻ったなら相沢から仕事引き継いでもらえる?
 そろそろ上がりの時間だから」

『はい』


相沢さんのところに向かう前に、
石川さんが作業しているところへ行き、
もう大丈夫だということだけを伝えた。

「そっか、良かった」

いつものように優しく彼女が笑った。

ぎゅっと、胸が締め付けられた。

なんだか泣きそうになってしまい、急いでその場を離れた。
そんな俺を見た相沢さんが困った顔で小さくため息をついた。

「そういう姿を見るたびに切なくなるよ」
 
『……すみません』

「私こそごめん、少し言い過ぎた」

『いえ、正直なところ……言われてやっと気づいたというか……』

「そっか」

『はい……』

あとで電話してもいいかと聞こうと思ったが、やめた。
相沢さんに聞いても状況は何も変わらない。

自分でなんとかするしかない。

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| 「僕の一日」  | 16:47 │Comments0 | Trackbacks0編集

僕の一日 113

「不毛な恋」をしている自覚がなかっただけに、
相沢さんの一言は衝撃が大きかった。

不毛って……。
不毛ってなんだ。
不毛な恋?不毛な恋愛?
俺の場合は恋愛してるわけじゃないから……恋愛って相手と思いあっての言葉だよな。
一方通行は片思いになるし。

辞書にどう書いてあるか知らないけど、
恋愛は相手がいて成り立ってる恋のことを指してるのだろうし、
恋は恋愛のような意味もあるだろうし、一方的に思う意味も含まれてるはず。

恋と恋愛の違いって?
あれ?

違う違う。
そこじゃなくて、
相沢さが言った意味での「不毛な恋」は、
多分、敵わない恋っていう意味。
片思いで終わってしまうっていう……。
だから不毛……。


確かに進展もなく先の見えない関係だし、
今の状況が変わってしまうのを怖がっている部分もある。

でもそれは俺がいまの関係を壊したくないからで、
行動を起こせば何かが変わるはず。


きつく目を閉じて深く息を吸うと、
急にズキズキと頭と目が痛み出した。


『……頭……いてぇ』

「え?」

『え?』

「え?頭い痛いって言ったよね」

『声に出てた?!』

「うん」


いつの間にか隣にいた石川さんに気づかずに、突っ立っていたらしい。
接客を終えてレジに戻ってきていた。

「頭痛いって、大丈夫?」

『あ、うん、ごめん平気平気!』

「……顔色悪いけど」

『いや、ほんとに大丈夫』

「少し休む?」

『いや、忙しいし平気!』

「なにしたの?」


がこん、と台車を立てかけて、
ゴミ捨てから帰ってきた相沢さんが会話に入ってきた。

「有利くんが頭痛いって」

「なに、なんでさっき言わなかったの?」

『あーいえ、多分、片頭痛なんで大丈夫です』


あ、痛みが増してきた。
もうなんだっていうんだ。

「片頭痛って。それって酷いじゃん。薬とか持ってないの?」

『ないです……』

痛い。ガンガンする。
目も痛い。
なんだ急に。

「私レジ入ってるから少し休みな」

相沢さんがレジの責任者番号を打ちかえる。

『いえ、大丈夫なので……相沢さん早番だし』

「なに言ってんの。いいから少し休みなさい。
 ミサ、バックルームで休ませて」

「はい」

『あ、ほんとに大丈……いっ……』

ドクンドクンど頭に響く。
吐き気までしてきた。

「ほら、少し休もう」


バックルームのドアを開けて俺の背を優しく押した。
なるべく頭を動かさないように静かに歩く。

「どうした?」

斉藤さんが俺を見て立ち上がった。

「急に頭が痛いって」

『いや、大丈夫です』

石川さんの言葉にあわてて否定するも、
横になりたいぐらい痛くなっていた。
眉間にシワを寄せてしまう。

「片頭痛か?」

『多分……』

壁に立てかけてある折り畳みの椅子を俺の前に置いて、
「とにかく座れ」と斉藤さんが言った。
静かに刺激を与えないように座ったが、痛みは増す一方だった。

「石川はレジに戻って。相沢ひとりじゃキツイから」

「あ……わかりました」

斉藤さんの言葉に、そっと俺のそばを離れて彼女がバックルームを出て行った。
音がしないように静かにドアを閉めるのを見ながら、痛む頭を押さえた。


「なんだ天気でも悪くなるのかな」

『え?』

「気圧の変化で頭痛くなる人もいるんだよ」

『そうなんですか……』

覇気のない声で返事をすると、斉藤さんが顔を覗き込むようにしゃがんだ。

「熱は?」

『たぶん、ないです』

「ズキンズキン、ガンガン痛い?」

『はい』

「動くと痛みが増す?」

『はい』

「うん、片頭痛だね」

納得したような表情で自分のカバンをロッカーから取り出した。

「頭痛薬があったはずなんだけど」

『あー……少し休めば大丈夫なのでホントに』

「うーんと、あ、あったコレコレ」

手にしているのは見たことのないタイプの包装シートだ。
バファリンかなにかだろうか。

「水なしで飲めるんだよコレ。
 有利くんは普段なにか薬飲んでる?」

『え?』

「飲み合わせが悪いものがあるからこの薬」

『えーっと……』

「……なんか飲んでるのかな」

『……』


彼女以外、誰にも精神科に通っていることは言っていない。
親にすら。
他の人には知られたくない。


「その薬、飲んでからどのくらい経ったかは言える?」

『朝、食後に飲んだので……えーと……』

「よし、じゃあ次。
 今日、別の頭痛薬を飲んでないよね?
 身体のどこかが悪いとかもないよね?」

心臓のあたりを指さしながら、確認するように言った。
なんでそんなこと聞いてくるんだろう。
キツイ薬なんだろうか。
それとも頭痛薬は飲み方を注意しなきゃいけないものなんだろうか。

『えーと頭痛薬は飲んだことないし、
 ……えーと、健康体のはずです』

「よし、じゃぁ大丈夫だ。口の中で溶かして唾飲んで」

プチっと掌に出された薬を言われるがまま口の中で溶かした。

「あとは効いてくるまで少し休んで。その間は俺が出てるから」

『すみません……』

「あ、目を閉じてるといいよ。
 光刺激を与えない方がいいから」

『はい……すみません……』

「じゃあゆっくり、あ!」

『え?』

ドアノブに手をかけたまま斉藤さんが振り返った。

「俺から薬もらったっていうのは誰にも言わないでね」

『わかりました』

「うん、お願いね」

口に人差し指をあててにっこり笑ってバックルームを出て行った。
斉藤さんも頭痛持ちなんだろうか。

『はぁぁ……』

 
痛い。
気持ち悪い。

全部が、嫌になってくる。

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| 「僕の一日」  | 01:54 │Comments0 | Trackbacks0編集

僕の一日 112

斉藤さんの車に石川さんが乗り込む姿を目撃後、
俺からは一度も連絡はとっていないし、
以前はよく送られてきていたメールも途絶えた。
当然、仕事場で会うし話もするが、
以前のように個人的な話をうまく出来なくなっていた。

石川さん自身は特に何も変わっていないよに見えるが……。

「ミサ、最近なんだか元気だね」

積み上げられていた段ボールをレジの横で手早くたたみながら相沢さんが呟いた。
視線の先には笑顔で接客をしている石川さんがいる。

『そうですね、石川さん元気ですよね』

「年明けまで忙しいし、元気なのは良いんだけど」

器用に一つの段ボールに詰め込んで台車に載せた。

「さて、ゴミ捨てに行ってくるよ。ほかにはない?」

『あ、事務所にあるの持ってきます』

急いでバックルームに入ると、
店長の机でパソコンと向き合っている斉藤さんがいた。

「ん?どうした?」

視線に気づいた斉藤さが手を止める。

『あ、いえ、ゴミを持っていこうと……』

「あぁ、ありがと」


机の横に積んである特大のごみ袋を2つ手渡され、
『すみません』と小声で言いながら受け取った。

斉藤さんも特に何も変わった様子はなく、
いつものように淡々と仕事をこなしていた。



あれは単に駅まで送って行っただけなのかもしれない。



自分も同時に仕事を終えて帰るついでに最寄駅まで送った、と、
そう都合よく考えたところで結局は消化不良のまま、
俺は悶々とした日々を送っていた。

気を紛らわすように早番の時は仕事が終わり次第すぐに帰ってホストクラブへ向かい、
勧んで客に連絡をとるようなっていた。
歩さんからはメールはあるが、会いに来ることはなくなった。
冬休み前で忙しいらしい。

バックルームのドアを後ろ手に閉めて、大きく息を吸い込んだ。

「有利はクリスマスの約束ないの?」

俺からごみ袋を受け取り、
段ボールの山の上に無理矢理のせて落ちないようにガムテープで留めながら、
唐突な質問をしてきた。

相沢さんはときどき心臓に悪いことを聞いてくる。

『約束?』

「女の人と」

『あ、えー……残念なことに……』

「そんだけカッコ良くて彼女いないって、逆に疑われない?」

『え?何をですか?』

「ソッチ系なのかとか」

小指を立ててにっこり笑う姿に言いたいことを理解して、
高速で左右に首を振り否定した。

まったくそんな気はない。
一度だって思ったことがない。
それだけは断言できる。

っていうか今までそんな風に思われてたのか……。

『それはないですよ……なんていうか、作ろうと思わないのが悪いんですかね』

「不毛な恋は辛くなるだけだよ」

『……』

少しの間を置いて、
「じゃぁ捨ててくるね」と言って台車を押してお店を出ていく相沢さんに、
返す言葉が浮かばず、無言で後ろ姿を見送った。

相沢さんは何か知っているのかもしれない。

不毛だと言いきってしまえる何かを。


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| 「僕の一日」  | 14:00 │Comments0 | Trackbacks0編集

冬の一日 7

7

「石川、大丈夫か」

握ってくれている手を軽く引っ張られる。

「あ……うん」

「ああいう人間は汚いものに触れる機会が多いから、
 そういうものに飲み込まれてしまっているのかもね」

「……そうなの?」

「みんながみんな、そうではなくて一部だけだと思うけどね」


手渡された名刺には、
私でも聞いたことがある芸能事務所の名前が書かれていた。
あの男性が関係者であるのは嘘ではないんだろう。

ちらりと名刺に目を落とした斉藤さんが、
大きなため息をつきながら無造作にジャケットのポケットに入れた。

「本物かもよ?」

「うん、でも芸能界に興味ないから」

「すぐにでも有名人になれそうだけど」

「どうでもいいよ、大変だろうしね」

「でも前にモデルしていたんだよね?」

「10年以上も前の話だよ」

懐かしそうに笑って、私の手を引いて歩き出した。

「今でもスカウトされるのに?しかも電気屋さんで」

「それは思った!どうしてこんなところで?って。
 たまたま買い物にでも来てたんだろうね」

「聞いてもいい?」

「なに?」

「前にモデルをはじめたきっかけは?」

「あぁ、知り合いに頼まれたから、かなぁ。
 CDのジャケットとプロモに出て欲しいって言われて。
 学生だったし、マイナーで地味にやってる人たちのバンドだったらか、
 そのくらい良いよって、二つ返事でOKして撮影したんだ。
 一日で撮影は終わったんだけど、
 それを偶然見たモデル事務所から誘いを受けるようになってね。
 最初は断ってたんだけど、押し負けたというか、
 あんまり数はこなさないのを条件にやってたんだ」

「す、すごい!本物のモデル!」

さらりと言ったけれど、それってかなり凄いことなんじゃないのかな?

「いつまでやってたの?」

「にじゅう……いち?22歳までかな?」

「撮影した写真とかってないの?」

「ないよ、そんなの」

「えー、もったいない」

「写真が欲しくなったらデジカメがあるからね」

「そういう事じゃないよー」

「ハハハ、まぁ昔の話だよ」

「……最近でスカウトされたのっていつ?」

「うーん、秋頃に歩いててされたかな?」

あっさりと返ってきた返事に唖然とする。
もはやスカウトされるのが日常になっているのか。

「うわぁ……なんかもったいない!」

「俺がモデル再開したら、あそこで働けなくなるじゃん」

「あ、それは困るかも」

「だろう?」


なんの未練もないように思い出として話すということは、
もう一切モデルの仕事はやらないのだろうか。
人に見られる仕事ととはいえ、なりたくてもなれない仕事のひとつに、
簡単に手が届いてしまうこの人にとって、
たいした給料でないはずの雑貨屋で働く価値は、
どれほどのものなのか。

顔を整形したって、ダイエットを頑張ったって、
背が低ければなれないし、
雰囲気や魅せる力も必要なんだろうし……。
この人はそんな努力をしてきたのだろうか。


「あ、ほらあったよ」


お目当てのヒーターを見つけて笑った。

屈折することなんか、きっとなかっただろう子供時代。
雰囲気や仕草から伝わる品。
他の人とは一線を画す存在感。


生きてきた世界が違う。


ああ。
この人は生まれながらにすべてにおいて恵まれた人なんだろう。


「どうした?」

指先から伝わってくる優しさが、
本当に自分だけに向けられているなら、
こんな幸せなことはないけれど。

「なんでもないよ」

何も言われなければ、自信が持てない。


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| 「僕の一日」  | 03:25 │Comments0 | Trackbacks0編集

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