冬の一日 5

5

「ここにに居ていいよ」と斉藤さんが言ってくれた。

私が考えてることを言わなくても分かっていて、
大丈夫だよと言ってくれる。
優しく髪を撫でてくれることが、たまらなく嬉しい。


自分と似ているわけじゃない。
むしろ正反対の人なのに、傍に居るだけで安心する。
この人の隣に居れば何も心配はいらない。
どんなときでも助けてくれる。
手を引いてくれる。
そう思える。


だから錯覚してしまう。
自分は斉藤さんにとって特別なんじゃないかと思ってしまう。



仕事が終わり斉藤さんと私は定時で上がった。
みんなには気づかれないように、
私はすぐにお店を出て帰ったふりをして、
ビルから少し離れたところで斉藤さんの車を待った。

程なくして斉藤さんが車で待ち合わせの場所に来てくれた。


「ごめん、寒かったでしょ?」

「ううん、大丈夫」


助手席のドア開けて荷物を後部座席に置いてくれた。


「さて、電気屋に行こうか。
 それとも夕飯食べちゃう?」


私がシートベルトをしたのを確認すると車を走らせた。

「帰ったら何か作るよ。昨日買った残りもあるし」

「そう?じゃあ電気屋に行こうか」

「うん」


こうやって普通に斉藤さんの車の助手席に乗って買い物に行くと、
ホントに付き合ってるような気持ちになってしまう。

彼女がいるかもしれないのに。

でも……彼女いる人が、家に女泊めたりするかな。
しないよね。
たぶん。


あの家にいると、
斉藤さんが誰かとふたりで暮らしていただろうと思われる跡がたくさんあることに気づく。


あの広いマンションにひとりで住んでることとか、
家電のサイズがひとり用ではないこととか。
調理道具が一通りあることも、
食器のほとんどがペアで揃えられているところも。

そんなの最初に部屋に来た時から気づいていたけど、
なにも聞けずに時間だけが過ぎてしまった。

だから期待しない方がいい。
もしかしたら、なんて思うから裏切られた気持ちになる。
はじめから期待しなければいい。
そうすれば打ちのめされずに済む。

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| 「僕の一日」  | 16:16 │Comments0 | Trackbacks0編集

僕の一日 111

運よく確保できた居酒屋の個室で、
ソフトドリンクと適当に注文したつまみを口に運びながら歩さんの話に耳を傾けた。

言いたいことがイマイチまとまっていなかったけれど、
要約すると「俺と会って話がしたかった」のようだ。

男の俺に対しても、
「何を考えているのか」という事や「自分の希望」を口にするのは苦手のようだが、
それ以外のことになると普通の大学生と変わらず、
楽しそうにおしゃべりをする。
大学生活に支障がでないでいるのはそのおかげかもしれない。

「このあいだ先生が話していたんですが……」

嬉しそうに大学での出来事を話す姿を見ていると心が和む反面、
自分もこういう学生生活を送ってみたかった気持ちがこみ上げてくる。
高校を卒業後、
ホストとして働くことを選らんだ自分の判断が間違っていたとは思わないけれど、
友達と楽しそうに会話をする学生や、
サークル仲間らしい集団をみかけると、
本当はそうありたかったと思う気持ちが溢れてくる。

大学生らしい生活や時間というものに、強い憧れをいまも抱いている。


「~それでそういうのを…………どうか、しましたか?」

別なことを考えているのが顔に出てたらしく、
話しを中断させてしまった。

『あぁ、ごめん。なんでもないよ。話を続けて』

グラスに残っていたジュースを一気に飲み干し、
店員に追加をお願いした。

「……疲れますよね、私ばっかり……すみません」

自分のせいだと勘違いした歩さんが申し訳なさそうに呟く。

『違う違う、歩さんは悪くないよ。
 俺が勝手に思い出してボーっとしてただけ』

「……何を?」

『うーん、学生時代?』

「いま22歳ですよね?」

『うん、大学に行ってたら4年生』


仮に大学行っていたら今頃俺は何をしていたんだろう。

就職先が決まって明るい未来でも描いていたかもしれない。
これからは自立するんだ、大人なんだと。

「あ、あの……ホストして長いんですよね?」

『うーん、長いのかなぁ……そうでもないかな。
 もう少しで4年になるんだけどね』

「え?!」

今までにないぐらい大きな声に驚く。

『どうしたの?』

「えっと、だって22歳って」

『うん、そうだよ』

「まだ未成年……」

水商売は20歳以上しか出来ないと思っているようだ。

『お店にもよるけど、基本的に18歳以上ならホストになれるよ。
 大学生で学費を稼ぐためにやっている人もいるし、
 ホストじゃなくウェイターとして働く人もいるし、
 日中は普通にサラリーマンしてる人もいるしね。色々だよ』

「失礼します」と運ばれてきたグレープフルーツジュースを受け取りながら話を続けた。

『イメージとして女遊びをしたい人とか、
 モテたい人がホストになるって思っている人もいるけど、
 基本はお金を短時間で稼ぎたいっていう人が多いかな。
 学生がそうであるように、実家に仕送りするために働くサラリーマンとか、
 将来お店を持ちたいとか欲しいものがあるっていう人もいるし、
 自分の接客技術がどこまで通用するか試す人も、
 接客のノウハウを学ぶためにホストをする人もいるから』

「そうなんですか」

『まあ、お金の為だから頑張れるところもあるんだけどね。
 女の人が目当ての人だって、
 自分のとこにどんな客がくるかわかんないし、
 頑張らないと指名もらえないから、
 その辺は世間のイメージとは違ってかなり大変なんだよ』


ホストになれば楽にお金を稼げると思っている人が多い。
でも実際のところはそう簡単ではなくて、
入って1ヶ月で辞めてしまう人も少なくない。
簡単な気持ちでは続かない仕事なのだ。

『あとお酒に弱い人はキツイ世界なんだよね』

手にしているジュースが入ったグラスを見ながら笑った。

「そういえばお酒飲んでないですね」

『アルコール類は得意じゃないんだ。
 仕事だから飲むけど、今はあんまり無理して飲まないようにしてるし、
 ウーロン茶でごまかすときも多いよ』

「そっか、それでお酒臭くないんですね」

『俺自身、お酒の臭いダメなんだよ。煙草もダメだし。
 基本的に水商売向きじゃないんだろうね』


そう。
なりたくてホストになった訳じゃない。
短期間でお金を稼ぐ手段として、
自分にはこの方法しかないと思ったからホストになっただけで、
それ以上の理由なんてない。

ただ、それなりの覚悟は自分なりに持っていた。

「じゃぁ、どうして10代でホストに?」

まだ曇っていない、大きく綺麗な瞳。
向けられる言葉も心も、悪意はない。
2つしか離れていないのにひどく幼く見える。

『俺のことはこのくらいで、さっきの話の続きを聞こうかな』



俺の言葉に何かを察した歩さんが話題を元に戻した。

間なんだろうか。
ずっと話を聞いていても疲れないのは。
歩さんの間のとり方や声の抑揚が心地よい。
人を落ち着かせる柔らかい話し方。

男の人を前にするとすぐにテンパって言葉を詰まらせるけれど、
それを除けば穏やかな口調に優しい空気を含ませている。


彼女みたいだ。


『……』


あのとき、
俺は何を思って石川さんに合鍵を渡したんだろう。


リストカットしていることを知ってもなお、
優しく接してくれ身体を心配してくれる彼女に、
今の状態から救われたいと思ったのは確かだった。
それならなにも合鍵を渡さなくても、
電話で話を聞いてもらうとか、
どうとでもやりようはあったはずだった。

彼女も拒むこともなくすんなり受け取ってくれたし、
マンションまで様子を見に来てくれるようになったから、
深くは考えていなかったけど。

今思えばとんでもないものを彼女じゃない、
ただの仕事仲間に渡してたんだ。


『うわぁ……』


恥ずかしさのあまり赤面してしまっている自分に気づいて、
両手で顔を顔を隠した。

「え?!どうかしましたか?」

おかしなタイミングで唸りだした俺に驚いて、歩さんがあわてた。

『いや……もう、穴があったら入りたい』

そうだ、なんで俺は合鍵なんて……そんなこと。
しかも今更……。

「あの、どうしたんですか?」

『ごめん、すごい個人的なこと』


意味不明な言葉に困った表情を浮かべる歩さんを見つめて一呼吸置いた。
いまここに居る人は彼女じゃない。

『そうだ、歩さんの名字聞いてなかった』

空気を変えるように声に力を込めた。

「あ、すみません言ってませんでした。
 瀬能です。瀬戸内海の瀬に芸能の能で、せのうです」

『せのう、せのうあゆみ』

ポケットから携帯を取り出し、
登録している名前をフルネームに編集した。

『瀬能。瀬能……きれいな響きだね』

「そうですか?私はもっと普通の名字がうらやましくて」

『あぁ、確かに』

普通の名字にあこがれる気持ちはよくわかる。
俺も間違えず一発で読んでもらえたためしがない。


『鈴木さんや高橋さんっていいよね。
 ハンコを買いに行って無くて困るなんてことないだろうし』

「100均で自分の名字を見かけたことがないんですよね」

『店頭には置いてるところがなくて注文しないと手に入らないんだよね』

「はい。お店に置いてある人が羨ましくて」

『そうそう。
 でもありきたりな名字の人は珍しい名字に憧れるみたいだよ』

「えー、何も得することなんてないですよ」

『ないものねだり、ってとこかな』

「そうですね」


ゆったりとした空気が流れる中で話をし続け、
始発の電車を待って、駅まで歩さんを送った。
駅のホームで電車を待っている間、
何度もお礼を言ってくれた歩さんの声を耳に残したまま、
俺はその足でホストクラブに戻り、早朝営業でも働いた。

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| 「僕の一日」  | 01:00 │Comments0 | Trackbacks0編集

僕の一日 110

いつのまにか降り出した雨のせいで、道路には水たまりができ始めていた。

お店に放置されている大量の傘の中から透明のものを2本失敬して、
早歩きで歩さんが待つファミレスに向かった。

お店の前に着き、入り口から店内を見ると、
まえと同じ席に座っている歩さんのところにサラリーマン風の男性2人が座っていた。

『……知り合い?のわけないか』

一瞬考えてから、かぶりを振って店内に入った。

「いらっしゃいませ~。一名様で~」と、
笑顔で言う店員の声を無視して彼女の席へと急いだ。

『ごめん、待たせた』

硬直していた歩さんが俺を見るなり、
反射的に俺の袖口をつかんで何度も頭を横に振った。

「なんだよ~兄ちゃんも狙ってんのかよ~」

場違いな言葉が向かいの席から発せられる。
酔っ払いの中年オヤジ2人に絡まれ歩さんは、すっかり怯えてしまっていた。

『行こう』

歩さんの手を引いてその場を去ろうとすると、
酔っ払いの1人が俺の前に立ちふさがった。

「なんだよ~、ちょっとぐらい良いじゃねーかよ」

『……』

返事もせず伝票を抜き取り、そのままレジに向かった。
「無視すんじゃねーよ」と言いながら近づいてきたが、
怯える歩さんをかばいながら会計を済ませて店を出た。
酔っ払いも一緒についてこようとしていたが、
どうやら自分たちが食べていた分を支払っていなかったようで、
不穏な空気を察した店員に呼ばれた年配の男性スタッフに止められていた。

コートを手にしたままの歩さんに着るようにうながし、
持っていた傘を開いてから差し出した。

「あの、この傘は……」

『お店にいっぱいあるから持って帰っていいよ』

「ありがとうございます」

『ごめんね、来るのが遅れて』

「そんな、私が付き合ってもらってるのに」

『ファミレスは安全だと思ってたんだけどなぁ』

「私もびっくりしました」


可愛いから仕方ない、とは言えない。
知らない人に絡まれるだけでも怖いのに。

『さて、どこに入ろうか?
 カウンター席とか狭い居酒屋は、ちょっと嫌だよね?」

「……すみません」

となる入れる店は限られてくる。
この時間になると閉店し始めるお店が多い。

どうするか考えていると、
向かい側からすっかり出来上がっているサラリーマン集団が歩いてきた。
サッと俺の陰に身を隠す歩さんを見て、
早くどこか見つけなければと、携帯を取り出してネットで調べた。

『うーん……この辺だと個室がある居酒屋か、あとはカラオケとかかなぁ……』

「あの、どこでも……」

申し訳なさそうに呟く。

『とは言っても』

歩さんが一番大変なのかもしれないけれど、
目を離した隙に絡まれたりナンパされるのを追っ払う俺も大変なのだ。
酔っぱらっている人が多いだけに居酒屋は気を付けなければならない。

『個室空いてるか電話してみるか』

カラオケはちょっと話をするにはあんまり向いてないし、
個室のある居酒屋に電話をかけて空いてるか聞いてみることにした。


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| 「僕の一日」  | 02:54 │Comments2 | Trackbacks0編集

僕の一日 109

繁華街の一画にある店の中で、
綺麗に積み上げられたシャンパンタワーを眺めながら隣に座る女性の話を聞いていた。
今日が初めてのホストクラブだというOL。

『そうなんですか』

切れの悪い返事ばかりを繰り返している自分に気づきながらも、
気持ちがついてこないことに苛立っていた。
すり寄ってくるOLを遠ざけたい気持ちを抑えながら、
シャンパンを口に運んだ。

『新しいグラス持ってきますね』

空になりそうなグラスに気づいて席をはずし、
バーカウンターでドリンクを作っている片桐のところへ向かった。

「顔色悪いですね」

グラスを洗う手を止めて心配そうに言った。

『体調が悪いわけじゃないんだけど』

新しいグラスにシャンパンを注ぎながら深いため息をつく。

「あんまり無理しちゃダメですよ」

『そうだね。ありがとう』

ふたつのグラスを手にお客が待つテーブルへ向かおうとすると、
ポケットに入れている携帯が震えた。

『もしもし?歩さん?』

いったんグラスを置いて店の隅へ移動しながら電話に出た。

「あ、すみません!お仕事中でしたか?」

周りの音にかき消されそうな小さな声。
反対側の耳を塞いだ。

『うん。どうしたの?』

「あの、メールすればよかったんですけど……」

『うん?』

「あ、今日、そっちに行っても……」

『え?お店に?』

「いえ!お時間をいただけるなら少し会えないかなって」

『あー……えーとね……』

店内を見回しながら携帯に届いていたメールを思い返した。
そんなに混んでいるわけでもないし、約束があるわけじゃない。

『日付変わってもいいなら会えるけど、電車なくなるけど大丈夫?
 もしかしたら送れないかもしれないよ?』

「平気です。なんとかするので」

『わかった。じゃあ終わったら連絡するか、ファミレスで待ってて貰える?』

「わかりました、それじゃあ」

『うん、あとで』

通話を終わらせ携帯をしまった。
なんだか今日は、気持ちがついてこない。

『はぁぁ』

歩さんに会えば少しは気持ちも落ち着くかもしれないけど、
俺の方が愚痴を言ってしまいそうな気がした。

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| 「僕の一日」  | 06:27 │Comments0 | Trackbacks0編集

僕の一日 108

分厚い雲に覆われた重い空から、
日差しの暖かさは感じられず冷たい風が吹き付ける中、
いつもより数本早い電車に乗って仕事へ向かった。
今日は彼女が月1の早番掃除の日。
終わってなかったら手伝うつもりだった。

だが店に着いてみると、商品棚からはネットや布がとられ、
もうオープンするだけの状態になっていた。
早めに終わったのかと思いながら灯りがもれているバックルームのドアを開けた。

「あ、おはよう」

椅子に座っていた彼女が振り返って挨拶をした。

片付けるのが苦手な店長のおかげで、
いつもゴタゴタのバックルームが綺麗に片づけられていた。
すこし驚きながらも挨拶をしようとすると、机の陰からカチャッと音がした。

「おはよう有利くん」

机の横から顔を出した斉藤さんが落ち着いた声で言った。
床で作業していたらしく、カッターと定規を手に背伸びをした。

いまいち状況を飲み込めないまま、
間の抜けた声で「おはよう、ございます」というと、
「くぁぁぁ」とあくびをしてメガネをかけ直した斉藤さんが、
こっちを見て優しく手招きした。

「どうした?入ったら?」

『あ、はい』

「今日は早いね?なにかあったの?」

ドアノブに手をかけたまま固まっているのを見て彼女が首を傾げた。

『いや、ちょっと早起きしたから……』

「そっか」


なんとなく居心地の悪さを感じてカバンをロッカーに入れると、
ジャケットを着たまま金庫の鍵を手に1階の事務室にお金をとりに行った。

売り場から裏口の階段まで急ぎ足で通り抜ける。

『なんで……』

なんでふたりが一緒にいるんだ。
彼女は掃除があったからいつもより早く来てるのは当然として、
どうして斉藤さんが……。

いや、早く来ていても別におかしくない。
斉藤さんはもともと他のスタッフより早く来ていることが多いし、
俺が出来ない書類の整理や発注なんかがある。
仕事がたまっているのかもしれない。

でも。

いつもは売り場にあるパソコンの前に立って作業している。
事務的なものばかり。
看板やPOPを作っているとこなんて見たことがない。
朝の忙しい時間に、床でなきゃ出来ないような大きなものを作ったりしないのだ。

早く来てどうしても朝のうちに作ってしまいたかったと言われたらそれまでだけれど、
でもさっきのあの雰囲気は、なにかが違う。
もっとずっと長く……。


出社早々、よくわからずに受けたダメージを引きずったまま仕事をこなし、
次の仕事の為すぐに帰り支度をした。
バックルームでは店長が大量の書類と商品に囲まれながら、
黙々と事務処理をしている。

急いで帰ってシャワー浴びて……。

うまく回っていない頭を抱えながらこの後の予定を考えていると、
一緒に仕事を上がった彼女が「お先に失礼します」と、
コートを手に帰るところだった。

『お疲れ様です』と俺が言うと、
事務作業をしていた店長が視線は書類に向けたまま、
「お疲れ、気をつけてな」と言った。

静かにドアが閉まるのを確認して、店長が作業していた手を止めた。

「なんか…最近の石川、元気だよな?」

ドアを見つめながら店長が首をひねる。

『そう、ですね』

「この間休んでエネルギーが満タンになったんだろうか」

『どうでしょう……』

「まぁ元気なのは良いことだけどさ」
 
『ですね……』

ふたりでドアを見つめながら話していると、
ガチャッとドアノブが回転した。

「店長、このあと用事あるんで帰っても大丈夫ですか?」

FAXや書類を手に斉藤さんが入って来た。

「いいよ、急ぎのは終わってんだろう?」

「はい。あとは明日にしようかと」

手渡された書類を確認すると、
「うん、OK!いつもサンキュー」と店長が笑った。

「じゃぁ帰りますね。お疲れ様です」

タイムカードを切って作業用のエプロンをロッカーにしまうと、
ジャケットとカバンを手に、すぐさまバックルームをあとにした。

「おつかれー」
『お疲れ様です』

斉藤さんの後ろ姿に店長とハモリながら挨拶をして、
閉まったドアを再度見つめた。

「……なんか慌ただしいな」

ぽつん、と店長が呟く。

『ですね』

「なんか変な感じがするな。まぁ元気ならいいけどさ」


そう言ってまた事務作業に集中し始めた店長に、
「俺も帰ります」、と頭を下げてお店を出た。

バックヤードを抜け、ビルの従業員出入り口近くで、
彼女の後ろ姿が目に入った。
いつもなら声をかけるところだが、今日はその気になれない。

付かず離れずの距離を保ちながら後ろを歩いていると、
駅とは逆方向に彼女が曲がって行った。

買い物だろうか?

何気なく彼女の方を見ていると、
少し離れた場所の曲がり角で立ち止まった。

待ち合わせ?

ストーカーみたいなことをしているんじゃないかと思いながらも、
そのまま彼女の様子を見ていると、なにかに気づいて歩き出した。

そこに近づいてきた一台の車。
見覚えのある黒のミニバン。


助手席のから何の躊躇もなく乗り込む彼女。

そして、運転席で優しく笑うのは。

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| 「僕の一日」  | 15:51 │Comments0 | Trackbacks0編集

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