僕の一日 120

用意していた福袋が完売すると店内の人口密度がぐっと下がった。
とはいえレジは3人態勢でフル回転状態なのは変わらない。
店長と石川さんもレジの周りで慌ただしく作業をしていた。

「両替はどう?いまのうち行ってこようか?」

レジ横でフォローをしている石川さんに斉藤さんが声をかけると、
すかさず店長がレジに手を伸ばして溜まった万札を取り、
「5000円と1000円多めの100円2本に10円と1円1本ずつ」と両替袋に詰め込んだ。

「了解です。じゃぁ行ってきます」

店長から袋を受け取ると並んでいる客に「いらっしゃいませ」と声をかけて、
まだ混みあっている店内を見渡してから店を後にした。

その後ろ姿を眺めていると、人ごみの中で急に立ち止まり誰かと話し始めた。
俺の視線の先に気づいた店長と石川さんも作業する手を止めて目を凝らした。

営業スマイルの斉藤さんの前にはうちの店の福袋を持った女性が数名。
だいたい想像がついたところで3人目を合わせて無言の合図を送り合う。
そのあとは何事もなかったかのようにまた作業に戻った。

ああいった光景は珍しくない。
電話番号やアドレスが書かれた紙を渡される。
たまに「番号教えてよ」と上から目線で携帯を突き出されることもあるけれど。

今日は誰も待ち伏せしていなければいい、と祈っていると、
後ろから肩を優しく叩かれた。

「はい、いらっしゃいませ」

反射的に笑顔で振り返ると、そこに居たのは俺でも見上げる程の大柄な男の人だった。

屈強な山男といった感じの外国の人。
丸太を笑顔で担いで山中を走り回っている意味不明な絵が浮かんだ。

目深にかぶっていたキャップをとると、
グシャグシャになっている白髪交じりの茶色い髪をかき回して大きく深呼吸をした。
ヒグマとやりあっても勝てるんじゃないかと本気で思った。

固まっている俺の肩にごつごつの太い手をポンと置くと、
綺麗な茶色の目を細めて、「Hi!×%&$○■♪?」と、笑顔で言った。

『はい?』

一瞬で凍りついてしまった。

『………えーと』

泳ぐ視線を止められず、あさっての方を見ながら一応頭の中でリピートしてみた。
えーと、「ハイ!」しか聞き取れなかった……っというか英語じゃなかった気がする。

『あー、えーと、すみません、もう一回……』

首を傾げて戸惑っている俺に満面に笑みで何かを答えてくれた。
答えてくれたのだが、なにを言っているのかさっぱり分からない。
そもそも5教科で一番英語が嫌いだったのに、
更に英語じゃないなんて、どうしようもないじゃないか。

格好から想像すると登山目的で日本に来たような雰囲気だ。
大きなリュックに寝袋がぶら下がっているし、靴も登山用のものに見えた。
こんな真冬にどこの山を登るというのか、危険すぎる。
もみあげからしっかりつながっている、ふっさふさの髭に触れながら、
またなにかを話し始めた。

『あーえー、あのーえーー……』

もう少し太っていて髭が真っ白だったらサンタさんになれんじゃないか、
などと、脳が現実逃避をし始める。
昔から外国語を耳にすると混乱して軽くパニックになってしまうところがあった。
理由は自分でもよくわからないが、発音の違いのせいか聞いているだけでドキドキしてしまう。

「×■○!&☆↓?」

『……はい、えーと』

何か質問をしているのは伝わるが……。

『えー……ドゥ、Do you speak English?』

ふり絞った声はかすれているし、
酷い発音すぎて自分でも恥ずかしくなるぐらいだけれど、
言いたかった伝わったようで大きく頷いてくれた。
そして発せられた言葉は。

「NO!」

『……』

ノーなの?しかもそこは英語なの?
もう無理。
英語ならまだなんとかなるかもなんて思ったのに。


助けを求めようとレジの方を見ると、
固まっている石川さんと「無理!」と顔に書いた店長が居た。
店長としてその表情はどうなの?と、突っ込みたい気持ちを抑えて、
足早にレジに向かった。

『誰か、分かる人……』

レジに向かって助けを求めてみる。

「おれ日本語だけ」
「私も」

と店長と石川さんが首を振る。

レジに並んでいた客も聞きなれない言葉にチラチラと登山姿の外国人を見ていた。
空気を読んでか会計中のお客がレジをしている相沢さんに声をかけてくれた。

「ごめん、私もわかんない」

申し訳なさそうに相沢さんが呟くと、隣にいた学生バイトの志季さんが、
「もしかしたらだけど……」と呟いた。
その横で同じ学生バイトの奥村くんが「うそ、おまえわかんの?」と驚いていると、

「ううん、そうじゃなくて、話している言葉。
 多分だけどドイツ語じゃないかな?」

そう言ってすぐに「間違っていたらすみません」と付け加えた。

「……ドイツ語?」

志季さんの言葉に反応したのが店長だった。

「斉藤なら分かるかもしれない」

驚く俺たちをよそにスマホを取り出した。

「……もしもし?いま平気か?ドイツ語ってわかる?」


店長の会話の行方を気にしながらも相沢さんたちは会計を再開し、
並んでいたお客も一先ずレジに向きなおした。

「あぁ、うん、いま店内に居て、まったく言葉が通じないみたいなんだ。
 うん……いや、俺は直接話してなくて有利が声かけられたんだが……うん、わかった」

状況を説明し終えると、
安心した顔で俺にスマホを差し出し、言葉を続けた。

「いま両替終わったからすぐ戻るって。
 そのこと伝えるから本人に電話代わってって」

『ほんとですか?!』

斉藤さんてドイツ語話せる?もしかしてペラペラ?
そんな話聞いたことがなかったし、
知り合いに語学が堪能な人なんていないから、なぜか興奮してしまった。

店長から携帯を受け取り、笑顔で待ってくれていた外国人にスマホを差し出すと、
状況を理解していたようで何も言わずに受け取って耳に当てた。

祈るような思いで見つめていると、
頷きながら笑顔で「HA!HA!HA!」と大声で笑い、
何かを話してからスマホを返してきた。

『大丈夫ですか?』と俺が言うと、
雰囲気で伝わっているのか肩を優しくぽんぽんと叩かれた。
ほっと一安心して笑顔で俺も頷いた。

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| 「僕の一日」  | 01:03 │Comments0 | Trackbacks0編集

僕の一日 119

年が明けて2日目の朝。
世間じゃコタツでぬくぬくしている人が多い中、
俺たち販売業に従事している人間にとっては大きなイベントが待ち構えていた。

「店長ー、今年どれぐらい来ますかねー」

嵐の前の静けさ漂う店内で、
昨日の酒が抜けないと、マスクをした相沢さんが頭を抑えながら唸った。

「うーん、今年もそんなに多くは来ないと思うけど、
 毎年福袋は即完売だからそれぐらいは来るんじゃない?
 まあ、他の店に比べたら大したことないさ。」

福袋の数は3000円40個と5000円のが20個で計60個しかないが、
たいして広くもない店内に一気に相当数の人が集まれば、さばくだけで大変だ。
当然のことながら学生バイトの奥村くんと志季さんも含め、
店長、斉藤さん、相沢さん、石川さん、俺と7人フル稼働である。

「あ、両替は早く言えよ!少しは俺の財布とバックルームにあるけど、
 こんな時は両替機も並ぶからな!」

店長が自分の尻ポケットを叩きながら叫んだ。

相沢さんと奥村くんと志季さんの3人でレジに立ち、
石川さんと店長が福袋のセット等のレジ周辺のもろもろの作業、
斉藤さんと俺がお客の誘導を担当する。

「相沢達3人はレジから動くなよ。
 足りないものは全部俺か石川が持ってくる。
 接客や電話なんかは斉藤と有利にまかせる、いいな」
 
館内放送が開店を知らせる音楽へと切り替わると同時に、
地響きのような不気味な音が近づいて来た。

「さて、頑張りますか。ね、有利くん」

『はい』

斉藤さんの言葉を合図に店の入り口に立った。

エスカレーターを駆け足で登って来た人たちが、
それぞれお目当てのお店へ我先にと人を押しのけながら走っていく。
テレビで初売りの映像は何度も見たことがあったけれど、
実際に目の当たりにしたときは言い知れぬ恐怖jを感じたのを覚えている。
それでもうちの雑貨屋はマシな方で、2人でなんとか誘導できる。

クレームにならないように店内に一列に並んでもらい、
2種類あるうちどちらを買うか確認して整理券を配り、
なくなり次第用意しておいた「福袋は完売しました」のPOPを店の入り口に貼る。
これが店長が考えた福袋の販売の仕方だ。
狭い店内で四方からレジに並ばれてはクレームになりかねない。

「福袋購入のお客様はこちらにお並びください!」

このときの為に空けておいたスペースで、
いつも静かに話す斉藤さんが声を張り上げて右手を挙げた。
大きな声でもいい声は変わらないな、などといらないことを思いながら、
並んだ客に整理券を配っていく。
初売りだからと言ってみんなが福袋目当てなわけでもなく、
この日限定で販売の商品や割引のものを目当てに来る客もいる。
そのためいくら福袋購入の人に並んでもらっても、レジは他の客で列ができた。

BGMすらかき消されるほどに騒がしい店内では、どうしても会話する声は大きなものになる。
俺が客に話す声も大きければ、客同士の会話も同じだった。
イベント時の特有の高いテンションと場の雰囲気や活気に、
気分も高揚して開放的になっているのか、
普段ならきっと内緒話をするような声で話す会話も、
周囲に聞こえるような音量になっている人が多い。
接客をしながらでもそれは耳に入った。

「ちょっとあの店員イケメン!」
「ウソ、マジ?!」

これから整理券を配ろうとしている方から聞こえてくる。

「ホント!マジでイケメンじゃない?!草食系っぽいけどw」
「キャー!ほんとマジイケメンじゃん!背も高いし!細マッチョ系?!」
「髪の毛、超サラサラなんですけどwわけてくんないかなw」
「肌も超キレー!石鹸なにつかってんのかな?」

そういう話は周囲に聞こえないようにして欲しい……とは言えるはずもなく、
丸聞こえの会話を耳にした他の客が俺の方をチラチラと見た。


……う、うざ……。


いや、堪えろ、仕事だ自分。



問題の女の、いや、お客様に声をかける。

『3000円と5000円どちらの福袋をご購入ですか?』

なるべく視線を合わせないように整理券に目を向けて話した。

「ふたりとも5000円ですぅw」

学生らしき2人組がなぜか手を繋いで声を合わせて答えた。
高校生?大学生?いや、年齢不詳……化粧は恐ろしい、
もはや原型はよくわからないが2人とも同じ顔をしていた。
つけまつげにカラコンに、ガッツリ目の周りを縁取って、
髪染めてゆるふわにしたら量産型の仲間入り。
 
『5000円はこちらの整理券になります。なくさないでください』

そう呟いて2人に整理券を配り、すぐに後ろの客に声をかけた。

「間近で見るとカワイイかも!」
「ペットにしたい感じw」

嫌でも聞こえてくる声に耳を閉じて目の前の客に意識を向けるようにした。
胸の奥が重苦しくなってくる。
心の奥で深く長いため息をつきながら、並んでいる人全員に配り終えると斉藤さんに手を振った。
それを見て斉藤さんがレジの方へと順番に誘導して行く。

少しずつ進んでいく列の中からまたあの声が聞こえてくる。

「ちょっと!あのレジに案内してるっぽい人も超イケメンじゃない?!」
「ほんとだ!ちょっとハーフぽくない?!」
「マジで?!髪茶色いの地毛?!」
「メガネがチョー似合ってるんですけどw髪結んでるし!」
「マジこっちの方が好みなんですけどw」
「ウチはさっきの草食系の人の方が好みかなw」


最近の若者は「超」と「マジ」が欠かせないのだろうか。


列の先頭に目をやると、笑顔で対応する斉藤さんにハートを打ち抜かれた女性客たちが、
きゃーきゃー言いながら会計をしていた。
いや、実際レジを打ったり袋に入れたりしているのは相沢さんと学生バイトの2人なのだが、
男性客からも「イケメンすぎ」という声が聞こえた。

イベントやセールの後は“そういうの”が目当てのお客が増えて、
仕事中に声をかけられたり従業員出入り口付近で待ち伏せされたりすることが多くなる。
こういったイベント自体が嫌いではない分、そういう事ににうんざりしてしまう。
首からぶら下げている名札をわざと裏返しにして見えないようにしたり、
そういう感じの人の傍はなるべく通らないように気をつけてはいるのだが……。


嫌だな、こんなことをしている自分が。

どうして斉藤さんの様に堂々とスマートに出来ないんだろう。



「羨ましがられることも慣れたかな」
『慣れるもんですか?』
「うん。そのうちね」


斉藤さんがお弁当を持って家まで来てくれた日を思い出す。


年が明けて2日目の朝。
世間じゃコタツでぬくぬくしている人が多い中、
俺たち販売業に従事している人間にとっては大きなイベントが待ち構えていた。

「店長ー、今年どれぐらい来ますかねー」

嵐の前の静けさ漂う店内で、
昨日の酒が抜けないと、マスクをした相沢さんが頭を抑えながら唸った。

「うーん、今年もそんなに多くは来ないと思うけど、
 毎年福袋は即完売だからそれぐらいは来るんじゃない?
 まあ、他の店に比べたら大したことないさ。」

福袋の数は3000円40個と5000円のが20個で計60個しかないが、
たいして広くもない店内に一気に相当数の人が集まれば、さばくだけで大変だ。
当然のことながら学生バイトの奥村くんと志季さんも含め、
店長、斉藤さん、相沢さん、石川さん、俺と7人フル稼働である。

「あ、両替は早く言えよ!少しは俺の財布とバックルームにあるけど、
 こんな時は両替機も並ぶからな!」

店長が自分の尻ポケットを叩きながら叫んだ。

相沢さんと奥村くんと志季さんの3人でレジに立ち、
石川さんと店長が福袋のセット等のレジ周辺のもろもろの作業、
斉藤さんと俺がお客の誘導を担当する。

「相沢達3人はレジから動くなよ。
 足りないものは全部俺か石川が持ってくる。
 接客や電話なんかは斉藤と有利にまかせる、いいな」
 
館内放送が開店を知らせる音楽へと切り替わると同時に、
地響きのような不気味な音が近づいて来た。

「さて、頑張りますか。ね、有利くん」

『はい』

斉藤さんの言葉を合図に店の入り口に立った。

エスカレーターを駆け足で登って来た人たちが、
それぞれお目当てのお店へ我先にと人を押しのけながら走っていく。
テレビで初売りの映像は何度も見たことがあったけれど、
実際に目の当たりにしたときは言い知れぬ恐怖jを感じたのを覚えている。
それでもうちの雑貨屋はマシな方で、2人でなんとか誘導できる。

クレームにならないように店内に一列に並んでもらい、
2種類あるうちどちらを買うか確認して整理券を配り、
なくなり次第用意しておいた「福袋は完売しました」のPOPを店の入り口に貼る。
これが店長が考えた福袋の販売の仕方だ。
狭い店内で四方からレジに並ばれてはクレームになりかねない。

「福袋購入のお客様はこちらにお並びください!」

このときの為に空けておいたスペースで、
いつも静かに話す斉藤さんが声を張り上げて右手を挙げた。
大きな声でもいい声は変わらないな、などといらないことを思いながら、
並んだ客に整理券を配っていく。
初売りだからと言ってみんなが福袋目当てなわけでもなく、
この日限定で販売の商品や割引のものを目当てに来る客もいる。
そのためいくら福袋購入の人に並んでもらっても、レジは他の客で列ができた。

BGMすらかき消されるほどに騒がしい店内では、どうしても会話する声は大きなものになる。
俺が客に話す声も大きければ、客同士の会話も同じだった。
イベント時の特有の高いテンションと場の雰囲気や活気に、
気分も高揚して開放的になっているのか、
普段ならきっと内緒話をするような声で話す会話も、
周囲に聞こえるような音量になっている人が多い。
接客をしながらでもそれは耳に入った。

「ちょっとあの店員イケメン!」
「ウソ、マジ?!」

これから整理券を配ろうとしている方から聞こえてくる。

「ホント!マジでイケメンじゃない?!草食系っぽいけどw」
「キャー!ほんとマジイケメンじゃん!背も高いし!細マッチョ系?!」
「髪の毛、超サラサラなんですけどwわけてくんないかなw」
「肌も超キレー!石鹸なにつかってんのかな?」

そういう話は周囲に聞こえないようにして欲しい……とは言えるはずもなく、
丸聞こえの会話を耳にした他の客が俺の方をチラチラと見た。


……う、うざ……。


いや、堪えろ、仕事だ自分。



問題の女の、いや、お客様に声をかける。

『3000円と5000円どちらの福袋をご購入ですか?』

なるべく視線を合わせないように整理券に目を向けて話した。

「ふたりとも5000円ですぅw」

学生らしき2人組がなぜか手を繋いで声を合わせて答えた。
高校生?大学生?いや、年齢不詳……化粧は恐ろしい、
もはや原型はよくわからないが2人とも同じ顔をしていた。
つけまつげにカラコンに、ガッツリ目の周りを縁取って、
髪染めてゆるふわにしたら量産型の仲間入り。
 
『5000円はこちらの整理券になります。なくさないでください』

そう呟いて2人に整理券を配り、すぐに後ろの客に声をかけた。

「間近で見るとカワイイかも!」
「ペットにしたい感じw」

嫌でも聞こえてくる声に耳を閉じて目の前の客に意識を向けるようにした。
胸の奥が重苦しくなってくる。
心の奥で深く長いため息をつきながら、並んでいる人全員に配り終えると斉藤さんに手を振った。
それを見て斉藤さんがレジの方へと順番に誘導して行く。

少しずつ進んでいく列の中からまたあの声が聞こえてくる。

「ちょっと!あのレジに案内してるっぽい人も超イケメンじゃない?!」
「ほんとだ!ちょっとハーフぽくない?!」
「マジで?!髪茶色いの地毛?!」
「メガネがチョー似合ってるんですけどw髪結んでるし!」
「マジこっちの方が好みなんですけどw」
「ウチはさっきの草食系の人の方が好みかなw」


最近の若者は「超」と「マジ」が欠かせないのだろうか。


列の先頭に目をやると、笑顔で対応する斉藤さんにハートを打ち抜かれた女性客たちが、
きゃーきゃー言いながら会計をしていた。
いや、実際レジを打ったり袋に入れたりしているのは相沢さんと学生バイトの2人なのだが、
男性客からも「イケメンすぎ」という声が聞こえた。

イベントやセールの後は“そういうの”が目当てのお客が増えて、
仕事中に声をかけられたり従業員出入り口付近で待ち伏せされたりすることが多くなる。
こういったイベント自体が嫌いではない分、そういう事ににうんざりしてしまう。
首からぶら下げている名札をわざと裏返しにして見えないようにしたり、
そういう感じの人の傍はなるべく通らないように気をつけてはいるのだが……。


嫌だな、こんなことをしている自分が。

どうして斉藤さんの様に堂々とスマートに出来ないんだろう。



「羨ましがられることも慣れたかな」
『慣れるもんですか?』
「うん。そのうちね」


斉藤さんがお弁当を持って家まで来てくれた日を思い出す。


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| 「僕の一日」  | 13:47 │Comments0 | Trackbacks0編集

僕の一日 118

大晦日は実家に帰って久しぶりに家族3人で過ごした。
母が嬉しそうにごちそうの用意をしてくれ、
弟は冬休み中だけバイトをしていると教えてくれた。

元旦も雑貨屋は通常営業で俺は遅番のため、
午前中に帰らなければいけないことを母に伝えると、
「お正月くらい休めばいいのにね」と残念そうな顔をして呟いた。

帰り際に母がたくさんの手料理を持たせてくれ、
弟には「兄貴の店の福袋を買っておいて」と頼まれた。


元気な母と弟の顔を見て、心が和んだ。

弟が大学を卒業すれば、必死になって稼ぐ必要もなくなる。
実家に戻って近い所で仕事を探して静かに暮らすのもいいかもしれない。
そんなにいい給料じゃなくても家賃がないから充分暮らしていけるだろう。
弟が卒業するまでホストクラブで働いてお金を貯めて……。
もっと勉強したいって言うならその分の学費を出したってかまわない。

とにかく弟が就職するまで俺はホストをやる。
あとは母に無理をさせない事。

それを糧に俺はいま頑張ることが出来ている。

家族の為に頑張れるのは幸せだ。

だから、辛くはない。


あの日、俺が家族を守るって決めたんだから。


弟は就職して、結婚したらいつか家を出るだろう。
俺の助けなんか要らなくなる。
考えたくはないけれど、順番からいったら母が最初に死んでいく。

そうしたらこの家に俺一人。


守るものもなく、没頭できる趣味もなく、何を糧に頑張ればいいのだろう。



ひとりでいることは辛くはない。
他人の空気を飲み込み、耐えるくらいならひとりがいい。
そこに嘘はない。

でも、もしも。
もしも俺を分かってくれる人がいるなら、
そばに居て安心できる人がいるなら、
その人のために生きて行こうと思えたなら。


それは幸福なことなんじゃないのか。


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| 「僕の一日」  | 02:35 │Comments0 | Trackbacks0編集

僕の一日 117

指定した場所は5つ隣の駅。
俺自身はほとんど利用したことがない場所だ。

『こんばんは』

俺より先についていた歩さんが改札口付近で待っていた。

「こんばんわ!あの、突然すみませんでした」

『大丈夫だよ。それよりどこかお店に入る?
 寒いし、ご飯がまだなら一緒に食べようか』

「いいんですか?」

『うん、終電まで間に合えば時間は大丈夫だよ』

俺の言葉を聞いて嬉しそうに笑う歩さんの手に、
バッグのほかに小さな紙袋が握られてるのに気づいたが、
すぐに視線をはずして駅近くの飲食店を探しに歩き出した。


駅をから数分のところにある居酒屋に個室があったので、
その店で夕飯をとることにした。
居酒屋だというのに2人が注文したのはいつも通りジュース。
きっと店員は「なんで居酒屋にきて酒を頼まないんだ」って思っているだろう。


「今日はお休みですもんね」

『え?』

「格好が普通だから」

『ああ、そっか。そうだね』


歩さんは俺が日中普通にバイトしていることを知らない。

「ちょっとびっくりしました。ホストのときとの差があって」

『お店では黒っぽいスーツ着てるけど、普段はああいう格好じゃないよ』

「さっき駅で会ったとき、最初誰かわからなかったです」

『そんなに?』

「だって、前髪もおろしてるし」

『あ、そうだね』


ホストクラブで働くときはきっちり前髪は上げているが、
普段はなにもつけずにそのままだし、
今日の格好と言えばジーンズにロンTにカーディガン。
歩さんと会うときはいつもホストクラブで働く前か後だったから、
お店で働いているときの格好しか見たことがないのは当然だ。

「別人みたいですね」

『変?』

「いえ、今の方がいいです」

『働いててなんだけど、ああいうスーツは好きじゃないんだよね』

「でもホストの服も似合ってます」

『ありがと』


素直に感謝の言葉を述べると、
顔を真っ赤にして小さな声で「いえ」と呟いた。


運ばれてきた料理を食べながら、
いつものように歩さんの話を聞いた。
大学のこと、買い物に行ったこと、
最初にホストクラブに来たとき一緒にいた友達の美貴さんと遊んだこと。
おそろいの来年の手帳を買ったこと。

充実した毎日を送っている姿が目に浮かんだ。

『美貴さんは歩さんと俺が会ってること知ってる?』

「はい、いつも話聞いてもらってます」

『そう』

「あ、でもほとんど私が思ったことだけで、
 その、直哉さんが話していたこととかはあんまり話してないです」

『うん、ありがとう』

「あ、あの!」

『うん?』


お腹が空いていた俺は運ばれてきたお茶漬けをサラサラと流し込み、
アジの開きをつついていた。
歩さんの話は聞いているけれど、気持ちは食べる方に向いていた。

「あ、あの私……」

『…どうしたの?』

視線を向けると小さな紙袋を手にしてた。

「これ……いつもこうして会って頂いてるお礼ですっ !」

勢いよく差し出された紙袋には、
有名なブランドの名前が印刷されている。

『ありがとう』

ホストとしてではなく知人として普通に相手をすると決めたのだ。
ここで拒否しては失礼になってしまう。
あくまでお礼として素直に受け取った。

「いえっ!」

『開けていい?』

「は、はい……」

袋の中には小さな箱が入っていて、
その中にはシンプルで細い2重巻のレザーブレスレットが入っていた。

学生には高い買い物だっただろう。

幅の広いレザーブレスレットをしている左手ではなく、
何も着けていない右腕につけた。

『どう?』

手を動かすと恥ずかしそうに笑いながら小さな声で、
「似合ってます」と呟いた。

「どんなのが好きなのかよくわからなくて、
 いつも左手にレザーブレスレットをしているのが見えたので、
 そういうのが好きなのかなぁって……」

予想外の言葉に少し驚いた。
絶対に袖口はボタンをはずさないし、
シャツ自体も細身のものを着ている。
なるべく手首が出ないようにしているのだけれど……。
そもそもそんなところに気をつける余裕なんてないと思っていた。

『うん、こういうシンプルなのが好き』

ブレスレットをながめ呟いた。

「あの……」

『ん?』

「指輪はめてるの、めずらしいですね」

右手薬指にはまっている指輪を見つめながら歩さんが言った。

「いままでしていたことないですよね?」

『あぁ、これは……』


雑貨屋の商品であまり売れ行きが良くないからと、
スタッフ全員がはめて仕事をすることになっていた指輪だ。
今年いっぱいはしているようにと言われている。
ロッカーに置いてくるのを忘れてしまったから、
明日忘れないようにと、はめたままにしていた。

『ちょっとね』

一言だけで言葉を切ったのを気にしてか、それ以上何も聞かれなかった。

『歩さんは指輪はしないの?』

「え?えーと、指輪はひとつしか……」

『あんまり好きじゃない?』

「というか、ちょっとハードルが高いっていうか」

『ハードルが高い?』

「自分で買うのに気が引けちゃうって言うか、恥ずかしいっていうか」

『そうなんだ、似合うと思うけどなぁ』

「そ、そうですか?」

歩さんの声が上擦る。

『うん、シンプルなのもいいけどこういう大きめの石がついたのもいいと思うよ。
 はめてみる?』

「いいんですか?」


薬指から指輪をとって歩さんに渡すと、
緊張した表情で右手の中指にはめた。

『うん、似合ってるのになんだろう、サイズが大きすぎるね、ごめん』

「いえ!そんなこと」

『俺も細い方だけど歩さんも細いね』

「そうですか?」

『うん。指輪似合うから気負わずつけてみるといいよ』


指輪をはめた手を見つめながら小さな声で「はい」と呟いて嬉しそうに笑った。



運ばれてきた料理を食べ終えて、
もう少ししたら店を出ようとしていた時。

歩さんがストレートの綺麗な黒髪を耳にかけた。

『あ……』

「え?」

『ごめん、なんでもない』


今までイヤリングもしたことがなかった石川さんが、
10日位前に突然ピアスをしてきた。

だから何だ、という話だけれど、
なんとなく彼女の中で変わっていっているものがあるよな気がした。


『あのさ』

「はい?」

『今までイヤリングをしたことなかった人が、
 急にピアスをつけるって、なにか意味があると思う?』

「ピアスですか?」

『うん』

「うーん、ピアスだと穴開けるのが怖いけど、
 イアリングよりピアスの方がお洒落だし色々つけらる感じもするし、
 落としたりして失くす心配がないっていうのはあると思いますけど……」

グラスの中を見つめながら歩さんが言葉を続けた。

「でも好きな人からプレゼントされたら、
 怖くてもそれをつけたくて穴を開けるかもしれないです」


いつも彼女はネックレスやブレスレットを服装に合わせてつけてきているけど、
一度だってイヤリングをしてきたことはなかった。



『そうだね、そういうこともあるよね』


彼女の変化の理由を知るのが怖い。


明るく元気になっていっているなら良いことのはずなのに、
どうしてだろう。

その理由が斉藤さんだって思うのは。


彼女を変えているのは、斉藤さんかもしれないって。

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| 「僕の一日」  | 03:21 │Comments0 | Trackbacks0編集

僕の一日 116

“クリスマスまでは忙しいんじゃないかと思って”

そんなことを考えてくれる人が心底ありがたいと思う程、
雑貨屋もホストクラブも、とにかく忙しかった。

雑貨屋といえばオープンと同時にお客が来て、
多くがプレゼントでラッピング希望。
さらには冬休みに入った学生がオープン直後から来るようになり、
店内はいつもの平日が嘘みたいに人で溢れていた。
休憩は全員バックルームでとり、いつでも入れる様にして、
学生バイトの奥村くんと志季さんもフルタイムで出勤。
商売と思えば嬉しいことだけれど、
時給がいつもと同じあることを考えると複雑な気持ちになった。

ホストクラブはクリスマスイベントが行われることもあって、
いつもよりたくさんのお客が入り、店の中は大賑わい。
おかげでこっちは閉店時にはぐったり。
いや、ここは感謝すべきところだ。

イブの24日は雑貨屋が早番で終わり次第ホストクラブ。
日付が変わって25日の朝一の電車で帰ってきて、
ほとんど寝ないで雑貨屋早番、その後ホスト……という具合。
いつもそうして働いているけれど、
あの殺人的な忙しさの2日間といつもを比べてはいけない。

本当にきつかった。

そして今日、26日も早番だったのは運が悪かっただけと思いたい。
決してシフトを作っている店長のせいではない。
休みの希望は特に出さず、雑貨屋のシフトに合わせてホストクラブで働いているため、
体力と睡眠からみると酷い状態になることが多々あるけれど、
ホストをしていることは誰にも言っていないし、
俺が勝手にしているんだから仕方のないことだ。


買い物に寄る体力もないまま雑貨屋から帰って、
湯船にゆっくりとつかって疲れた身体を休めようとしていたところに、
仕事(ホストクラブ関係)専用の携帯が鳴った。

昨日からメールやら電話がかかってきてはいるのだが、
返信する時間もなければ気力もなく、
一部の客を除いて多くが目を通すだけ終わっている。
返信は明日まとめてしようと思っていたところだった。

『もしもし』

「あの、いま大丈夫ですか?」

いつものように緊張した声が聞こえてきた。

『うん、大丈夫だよ』

「クリスマスは忙しいだろうと思ってたんですが、
 お仕事はどうでしたか?」
 
『あー、うん、すごい忙しかったよ。
 今日は休み。歩さんはもう落ち着いた?』

「はい」

『そっか、よかったね』


流れ込んでくる歩さんの声はいつもと変わらず心地が良い。
すっと心が落ち着いてくる。


「あ、あの!」

『うん?』

「すこし、会えませんか?」

『……いまから?』


時計を見ると夜の7時を過ぎている。
当然外は真っ暗だ。

「すみません疲れているのに」

確かにこの上なく疲れ切っている。
すぐにでも寝たい。
けれど……。

『いいよ、すぐに出られるし。どこに行けばいいかな』

クローゼットから服を取りだす。

「どこが一番近いでしょうか?」

『そうだね……』


実際は電車で20分もかからないところに歩さんは住んでいるけれど、
あんまりあの辺りはうろつきたくない。
このあいだ突然告白してきた女の人が通っている大学があそこにある。
もちろん歩さんもそこの大学生だし、
歩さん自身も人に見られたくないかもしれない。

『それじゃあ……』

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| 「僕の一日」  | 13:55 │Comments0 | Trackbacks0編集

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