冬の一日 8

8

「明日お互い休みだし、どこか遊びに行こうか」



斉藤さんのそんな一言からデートすることになった。
生まれてから20年、一度もお付き合いしたことのない私にとって初めてのデートだった。
いや、デートと言っていいかどうかわからない。
…でもここはデートということにしておこう。


デート当日、
おしゃべりをしながら目的もなくショッピングモール内を歩いているとき、
宝石店のショーウィンドウに飾られていたアクセサリーが目に入った。
シンプルな形のブルートパーズのピアス。

「きれー……」

「欲しい?買おうか?」

足を止めて見入る私にあっさりと、
お菓子でも買うように斉藤さんが言った。

「えぇ?!いいです!そんな!高いし、穴開いてないし!」

すごい勢いで首を振ると笑いながら、
「あとで開けてあげるよ」と、
そう言って私の手をひいてお店の中に入って行った。

突然握られた手に一気に体温が上がった。
気付いていない様子の斉藤さんは普通に店の奥に入って行く。

「そこにあるピアスを見せて欲しいんですが」

入ったことがない宝石店の高級感と握られている手にパニックになっていると、
特に緊張することもなくいつもの調子で斉藤さんが店員に話しかけた。

ネックレスやブレスレットは持っているけれど、
雑貨店やアクセサリーショップでしか買ったことがなくて、
本物の宝石を使ったものはひとつも持っていない。
数千円で買えるものだけ。


自分みたいな貧乏バイトのひとり暮らしには無縁な高級なお店。
女性店員は綺麗で品のある人ばかり。
地味でダサい私は場違いと思ってしまう。
私みたいなのはこんなところに居てはいけない、そう感じてしまう。
店員だって心の中ではそう思ってるじゃないかって、思ってしまう。

今こうして斉藤さんが手を繋いでいてくれている状態も、
周囲にはどう映っているんだろうって、考えてしまう。

「こちらですね」

テレビで見るような真っ白い手袋をした店員が、
ケースからピアスを出す。

「どう?」

私の鬱々とした脳内を知る由もない斉藤さんが笑顔で言う。

「あ、っとえーと……」

ピアス本体がどうかよりも値札の方に視線が言ってしまい、
斉藤さんの声も上の空。

小さな値札を見ると、\48000の文字。

反射的に首を振りながら「無理無理」と小声で言うのが精一杯だった。
斉藤さんの陰で高速で首を振る私を見た美人の店員が、
笑顔で「どうぞ、お座りください」と優しく促した。

瞬間的に「座ったら買わなきゃいけなくなる!」と思った私は、
「平気です!」となぜか断りの言葉を口にしていた。

「大丈夫だから、座ろう。ほら」

緊張のあまりテンパっている私を見て、
繋いでいた手を離して椅子をひいてくれた。

「は、はい……」

言われるがまま椅子に座り、再度ピアスに目を向ける。
ピアスが置かれたトレイの下のガラスケースの中には、
パッと見ただけでは0が何個ついてるのか分からない宝石がずらりと並んでいる。
ピアスに集中できない。

自分が居ていいお店じゃない。

店員が鏡を持ってきて「どうぞ合わせてみてください」と、
私にとっては難易度の高いことを勧めてきた。

「いえ、大丈夫です」

なにが大丈夫なのか意味の分からないことを口にすると、
斉藤さんがピアスを私の耳に当てにっこりと笑って言った。

「似合うよ」

反則的な笑顔だった。
美人の店員も見惚れたんじゃないかと思う。

「無理です!耳に4万8千円なんて怖くてつけられないです!
 落としたりしたらどうするんですか?!」

最後の抵抗をしたが、さすがは宝石店の店員さん。
私の言葉に笑顔で答えた。

「気づかないうちに落としたりしないように、
 つまみを引っ張らないとはずれないピアスキャッチがございますよ」

「……はい」

どうしたらこの場から逃れられるのか。
買わなくて済む方法はないか。
回らない頭で必死に考えていると、斉藤さんが店員に言った。

「これと同じ石でもう少し安いピアスてありますか?
 形も似たようなものでお願いしたいんですけど」

その言葉に店員が「こちらはどうでしょうか?」と、
少し離れたところか2つピアスを持って来た。
両方とも同じ透き通るような青い石を使ったピアス。

「どっちがいい?」

ピアスを見ながら呟く斉藤さんに、
また高速で首を振りながら「いいですいいです」と言った。

「まぁ、そう言わずに」

ひたすら遠慮する私に、
斉藤さんが2つとも手に取り私の耳に当てながら見比べ、
特に値段も気にせずに「じゃあこっち」と言ってひとつを店員に差し出した。

「え?!」

「あとさっきのピアスキャッチも一緒にお願いします」

「ちょっ、待っ……」

「大丈夫だよ」

慌てる私の肩にポンと手を乗せてニッコリ笑った。
その笑顔をみせられると何も言えない。

レジに商品を通した後、
私たちの前に戻ってきた店員が差し出した電卓には、
「23489」の文字。

二万三千四百八十九円。

「これで1回でお願いします」

斉藤さんは金額に驚くでもなく財布からクレジットカードを取り出して、
店員が持って来たカルトンに置いた。


もう、どうしようもない。


通し終えたクレジットカードとレシートを持って戻って来た店員が、
サインをお願いする姿をぼーっと見ながら、
最初のデートでこんな高価なものを買ってもらっていいのかと考えた。
そもそもまだ付き合っていないのに。

普通はこういうとき遊んで食事して終わりなんじゃないのかな。
こういうプレゼントって誕生日とかクリスマスとか、
特別な日だけなんじゃないのかな。
あくまでも付き合っている人にだけど。



滑らかに「Aoi Saito」とペンを走らせる斉藤さんを見て、
こんな周囲が振り返るようなカッコイイ人と一緒にデートなんて、
嬉しいと思う反面、自分の地味さが恥ずかしかった。


接客してくれた綺麗な店員が、
大きな目を細めて笑顔で小さな紙袋を斉藤さんに手渡した。

「ありがとうございます」

お礼を言う斉藤さんにつられるように、私も頭を下げた。

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| 「僕の一日」  | 14:23 │Comments0 | Trackbacks0編集

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