僕の一日 120

用意していた福袋が完売すると店内の人口密度がぐっと下がった。
とはいえレジは3人態勢でフル回転状態なのは変わらない。
店長と石川さんもレジの周りで慌ただしく作業をしていた。

「両替はどう?いまのうち行ってこようか?」

レジ横でフォローをしている石川さんに斉藤さんが声をかけると、
すかさず店長がレジに手を伸ばして溜まった万札を取り、
「5000円と1000円多めの100円2本に10円と1円1本ずつ」と両替袋に詰め込んだ。

「了解です。じゃぁ行ってきます」

店長から袋を受け取ると並んでいる客に「いらっしゃいませ」と声をかけて、
まだ混みあっている店内を見渡してから店を後にした。

その後ろ姿を眺めていると、人ごみの中で急に立ち止まり誰かと話し始めた。
俺の視線の先に気づいた店長と石川さんも作業する手を止めて目を凝らした。

営業スマイルの斉藤さんの前にはうちの店の福袋を持った女性が数名。
だいたい想像がついたところで3人目を合わせて無言の合図を送り合う。
そのあとは何事もなかったかのようにまた作業に戻った。

ああいった光景は珍しくない。
電話番号やアドレスが書かれた紙を渡される。
たまに「番号教えてよ」と上から目線で携帯を突き出されることもあるけれど。

今日は誰も待ち伏せしていなければいい、と祈っていると、
後ろから肩を優しく叩かれた。

「はい、いらっしゃいませ」

反射的に笑顔で振り返ると、そこに居たのは俺でも見上げる程の大柄な男の人だった。

屈強な山男といった感じの外国の人。
丸太を笑顔で担いで山中を走り回っている意味不明な絵が浮かんだ。

目深にかぶっていたキャップをとると、
グシャグシャになっている白髪交じりの茶色い髪をかき回して大きく深呼吸をした。
ヒグマとやりあっても勝てるんじゃないかと本気で思った。

固まっている俺の肩にごつごつの太い手をポンと置くと、
綺麗な茶色の目を細めて、「Hi!×%&$○■♪?」と、笑顔で言った。

『はい?』

一瞬で凍りついてしまった。

『………えーと』

泳ぐ視線を止められず、あさっての方を見ながら一応頭の中でリピートしてみた。
えーと、「ハイ!」しか聞き取れなかった……っというか英語じゃなかった気がする。

『あー、えーと、すみません、もう一回……』

首を傾げて戸惑っている俺に満面に笑みで何かを答えてくれた。
答えてくれたのだが、なにを言っているのかさっぱり分からない。
そもそも5教科で一番英語が嫌いだったのに、
更に英語じゃないなんて、どうしようもないじゃないか。

格好から想像すると登山目的で日本に来たような雰囲気だ。
大きなリュックに寝袋がぶら下がっているし、靴も登山用のものに見えた。
こんな真冬にどこの山を登るというのか、危険すぎる。
もみあげからしっかりつながっている、ふっさふさの髭に触れながら、
またなにかを話し始めた。

『あーえー、あのーえーー……』

もう少し太っていて髭が真っ白だったらサンタさんになれんじゃないか、
などと、脳が現実逃避をし始める。
昔から外国語を耳にすると混乱して軽くパニックになってしまうところがあった。
理由は自分でもよくわからないが、発音の違いのせいか聞いているだけでドキドキしてしまう。

「×■○!&☆↓?」

『……はい、えーと』

何か質問をしているのは伝わるが……。

『えー……ドゥ、Do you speak English?』

ふり絞った声はかすれているし、
酷い発音すぎて自分でも恥ずかしくなるぐらいだけれど、
言いたかった伝わったようで大きく頷いてくれた。
そして発せられた言葉は。

「NO!」

『……』

ノーなの?しかもそこは英語なの?
もう無理。
英語ならまだなんとかなるかもなんて思ったのに。


助けを求めようとレジの方を見ると、
固まっている石川さんと「無理!」と顔に書いた店長が居た。
店長としてその表情はどうなの?と、突っ込みたい気持ちを抑えて、
足早にレジに向かった。

『誰か、分かる人……』

レジに向かって助けを求めてみる。

「おれ日本語だけ」
「私も」

と店長と石川さんが首を振る。

レジに並んでいた客も聞きなれない言葉にチラチラと登山姿の外国人を見ていた。
空気を読んでか会計中のお客がレジをしている相沢さんに声をかけてくれた。

「ごめん、私もわかんない」

申し訳なさそうに相沢さんが呟くと、隣にいた学生バイトの志季さんが、
「もしかしたらだけど……」と呟いた。
その横で同じ学生バイトの奥村くんが「うそ、おまえわかんの?」と驚いていると、

「ううん、そうじゃなくて、話している言葉。
 多分だけどドイツ語じゃないかな?」

そう言ってすぐに「間違っていたらすみません」と付け加えた。

「……ドイツ語?」

志季さんの言葉に反応したのが店長だった。

「斉藤なら分かるかもしれない」

驚く俺たちをよそにスマホを取り出した。

「……もしもし?いま平気か?ドイツ語ってわかる?」


店長の会話の行方を気にしながらも相沢さんたちは会計を再開し、
並んでいたお客も一先ずレジに向きなおした。

「あぁ、うん、いま店内に居て、まったく言葉が通じないみたいなんだ。
 うん……いや、俺は直接話してなくて有利が声かけられたんだが……うん、わかった」

状況を説明し終えると、
安心した顔で俺にスマホを差し出し、言葉を続けた。

「いま両替終わったからすぐ戻るって。
 そのこと伝えるから本人に電話代わってって」

『ほんとですか?!』

斉藤さんてドイツ語話せる?もしかしてペラペラ?
そんな話聞いたことがなかったし、
知り合いに語学が堪能な人なんていないから、なぜか興奮してしまった。

店長から携帯を受け取り、笑顔で待ってくれていた外国人にスマホを差し出すと、
状況を理解していたようで何も言わずに受け取って耳に当てた。

祈るような思いで見つめていると、
頷きながら笑顔で「HA!HA!HA!」と大声で笑い、
何かを話してからスマホを返してきた。

『大丈夫ですか?』と俺が言うと、
雰囲気で伝わっているのか肩を優しくぽんぽんと叩かれた。
ほっと一安心して笑顔で俺も頷いた。

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| 「僕の一日」  | 01:03 │Comments0 | Trackbacks0編集

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