僕の一日 108

分厚い雲に覆われた重い空から、
日差しの暖かさは感じられず冷たい風が吹き付ける中、
いつもより数本早い電車に乗って仕事へ向かった。
今日は彼女が月1の早番掃除の日。
終わってなかったら手伝うつもりだった。

だが店に着いてみると、商品棚からはネットや布がとられ、
もうオープンするだけの状態になっていた。
早めに終わったのかと思いながら灯りがもれているバックルームのドアを開けた。

「あ、おはよう」

椅子に座っていた彼女が振り返って挨拶をした。

片付けるのが苦手な店長のおかげで、
いつもゴタゴタのバックルームが綺麗に片づけられていた。
すこし驚きながらも挨拶をしようとすると、机の陰からカチャッと音がした。

「おはよう有利くん」

机の横から顔を出した斉藤さんが落ち着いた声で言った。
床で作業していたらしく、カッターと定規を手に背伸びをした。

いまいち状況を飲み込めないまま、
間の抜けた声で「おはよう、ございます」というと、
「くぁぁぁ」とあくびをしてメガネをかけ直した斉藤さんが、
こっちを見て優しく手招きした。

「どうした?入ったら?」

『あ、はい』

「今日は早いね?なにかあったの?」

ドアノブに手をかけたまま固まっているのを見て彼女が首を傾げた。

『いや、ちょっと早起きしたから……』

「そっか」


なんとなく居心地の悪さを感じてカバンをロッカーに入れると、
ジャケットを着たまま金庫の鍵を手に1階の事務室にお金をとりに行った。

売り場から裏口の階段まで急ぎ足で通り抜ける。

『なんで……』

なんでふたりが一緒にいるんだ。
彼女は掃除があったからいつもより早く来てるのは当然として、
どうして斉藤さんが……。

いや、早く来ていても別におかしくない。
斉藤さんはもともと他のスタッフより早く来ていることが多いし、
俺が出来ない書類の整理や発注なんかがある。
仕事がたまっているのかもしれない。

でも。

いつもは売り場にあるパソコンの前に立って作業している。
事務的なものばかり。
看板やPOPを作っているとこなんて見たことがない。
朝の忙しい時間に、床でなきゃ出来ないような大きなものを作ったりしないのだ。

早く来てどうしても朝のうちに作ってしまいたかったと言われたらそれまでだけれど、
でもさっきのあの雰囲気は、なにかが違う。
もっとずっと長く……。


出社早々、よくわからずに受けたダメージを引きずったまま仕事をこなし、
次の仕事の為すぐに帰り支度をした。
バックルームでは店長が大量の書類と商品に囲まれながら、
黙々と事務処理をしている。

急いで帰ってシャワー浴びて……。

うまく回っていない頭を抱えながらこの後の予定を考えていると、
一緒に仕事を上がった彼女が「お先に失礼します」と、
コートを手に帰るところだった。

『お疲れ様です』と俺が言うと、
事務作業をしていた店長が視線は書類に向けたまま、
「お疲れ、気をつけてな」と言った。

静かにドアが閉まるのを確認して、店長が作業していた手を止めた。

「なんか…最近の石川、元気だよな?」

ドアを見つめながら店長が首をひねる。

『そう、ですね』

「この間休んでエネルギーが満タンになったんだろうか」

『どうでしょう……』

「まぁ元気なのは良いことだけどさ」
 
『ですね……』

ふたりでドアを見つめながら話していると、
ガチャッとドアノブが回転した。

「店長、このあと用事あるんで帰っても大丈夫ですか?」

FAXや書類を手に斉藤さんが入って来た。

「いいよ、急ぎのは終わってんだろう?」

「はい。あとは明日にしようかと」

手渡された書類を確認すると、
「うん、OK!いつもサンキュー」と店長が笑った。

「じゃぁ帰りますね。お疲れ様です」

タイムカードを切って作業用のエプロンをロッカーにしまうと、
ジャケットとカバンを手に、すぐさまバックルームをあとにした。

「おつかれー」
『お疲れ様です』

斉藤さんの後ろ姿に店長とハモリながら挨拶をして、
閉まったドアを再度見つめた。

「……なんか慌ただしいな」

ぽつん、と店長が呟く。

『ですね』

「なんか変な感じがするな。まぁ元気ならいいけどさ」


そう言ってまた事務作業に集中し始めた店長に、
「俺も帰ります」、と頭を下げてお店を出た。

バックヤードを抜け、ビルの従業員出入り口近くで、
彼女の後ろ姿が目に入った。
いつもなら声をかけるところだが、今日はその気になれない。

付かず離れずの距離を保ちながら後ろを歩いていると、
駅とは逆方向に彼女が曲がって行った。

買い物だろうか?

何気なく彼女の方を見ていると、
少し離れた場所の曲がり角で立ち止まった。

待ち合わせ?

ストーカーみたいなことをしているんじゃないかと思いながらも、
そのまま彼女の様子を見ていると、なにかに気づいて歩き出した。

そこに近づいてきた一台の車。
見覚えのある黒のミニバン。


助手席のから何の躊躇もなく乗り込む彼女。

そして、運転席で優しく笑うのは。

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| 「僕の一日」  | 15:51 │Comments0 | Trackbacks0編集

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