春の一日 29

29

振り向いた石川の目が大きく開いた。

視線を合わせるように首を傾けると、
彼女が怯えるように顔を逸らした。

「ふきこぼれる」

ぽつんと石川が言った。

「え?」

「牛乳」

「うわっ」

慌てて火を止める。

「やっぱり見えてない?」

メガネ部屋に置きっ放しだった。
極端に悪いわけではないが、こういうのは見えにくい。

とはいえ目の前にある顔の表情ぐらい読み取れる。

緊張を振りほどくように自分の頬を触りながら俺から一歩離れて、
温めたマグカップにココアを入れ、均等に牛乳を注いだ。

「俺が飲む?って聞いたのに」

「だって私が起きてたからでしょ?」

「そうだけど」


マグカップを持ってリビングのソファーに腰をおろし、
彼女がくるまっていた毛布を互いの足にかけた。

「寝なくて大丈夫?」

心配そうに彼女が聞く。

「大丈夫だよ、それより石川は平気なの?」

「あ……うん……ごめん」

「いや責めてるわけじゃないんだ」

「……寝ようと布団に入ると、目が覚めちゃうの。
 そのまま眠ろうとするんだけど全然ダメで」

「それは辛いな」


そういうのは酷くなる前になんとかした方がいいが…。


「雑音があると落ち着くっていうか、
 適当にテレビを見てると眠くなることがあるから」

「たぶん意識がテレビに向くことで
 頭の中で混乱しているのが幾分落ち着くんだろう。
 完全に止められなくても、
 ある程度紛らわすことが出来れば眠れるようになるんだろうけどね」

「そうかも」

「じゃあ、眠くなるまで映画でも見るか」

「え?いいの?」

「いいよ。言わなかった?好きに見ていいって」

プレーヤーの電源を入れ、テレビボードにしまってあるDVDを取り出した。

「なにがいい?洋画が多いけど」

「ほんわかするのがいいな」

「ほんわか?……うーん、ちょっとそういうのは……」


テレビの前で一枚一枚ジャケットを確認していると、
「見てもいい?」と一緒に探し出した。

「あんまりそういうのはないんだよなぁ」

「あ、これが良い」

「ん?どれ」

手にしているのはジブリのもののけ姫。
あまりアニメは見ないけれどジブリ作品は好きで購入している。

「いいけど、もののけってほんわか?
 だったら魔女の宅急便がいいんじゃないか?」

「え?!あるの?!見たい!」

「あるよ、ちょっと待ってね……えーと、あ、あった」

ディスクをプレーヤーに入れて再生させると、嬉しそうに笑った。

「メガネと毛布とってくるから」

「うん!」

ソファーの上で毛布にくるまり、
わくわくした顔で画面を見つめる姿をみて小さく笑った。

石川の場合、少し意識を変えさせれば大丈夫なんだろうけど、
それを自分の中でうまく出来ずにいるから苦しいのだろう。


自分の部屋に入って机の上に置いておいたメガネをかけ、
携帯と毛布を持ってすぐにリビングに戻ろうとドアを閉めてから、
慌てて部屋に引き返し、この部屋の鍵を手にした。



俺はどこまで気を抜いている。

疲れているだけ?
眠いだけ?


この程度、昔に比べればどうってことない。
まだ平気だ。

「……」

まだまだ、だ。


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| 「僕の一日」  | 04:00 │Comments0 | Trackbacks0編集

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