春の一日 25

25


財布を手にリビングに戻ると、背筋をピン伸ばし、
緊張した様子でソファーに座っていた。

「そんなに構えなくても特に怖いものは出てこないよ」

「だって!」

「まぁ、おちついて」

隣に腰をおろし、財布からクレジットカード、
ショップのポイントカード、免許証、保険証をテーブルの上に並べた。

「見ていい?」

免許証に手を伸ばす石川に、どうぞ、と手で合図した。

「……え?」

手にした免許証を数秒間見つめたあと、目を丸くしてこっちを見た。

「それが本名だよ」

驚いた顔でほかのものと免許証を見比べ、
次第に難しい顔になっていった。

「クレジットカードとポイントカードが免許証の名前が微妙に違うんだけど……」

混乱気味に首を傾げる石川の表情を見て、
くすくす笑いながら説明した。

「まず本名はコレ」

免許証と保険証を指さした。

表記されている名前は、斉藤ノエ葵。

「ノエがミドルネームで葵が名前。わかる?」

「え?!ミドルネーム?!」

「そう、ミドルネーム。ミドルが入って本名。
 もちろん戸籍もこれで登録されてる」

「え?どういう……」

「日本じゃミドルネームは普通つけないんだけどね、
 父親がどうしてもつけたかったんだって。
 戸籍にミドルの欄がないから名前の方にくっつけて登録したわけ」

「じゃぁクレジットとポイントカードは?」

クレジットカードには、「AOINOE SAITO」。
ポイントカードは「斉藤葵」となっている。

「ポイントカードは厳密なものでないから、ミドルはいつも省いているんだ。
 ほとんど問題なく作れるし、手続きが面倒そうなのは作らないようにしてる。
 クレジットカードは俺が作った時は銀行と同じ表記にしなきゃいけなくて、
 銀行は名前の後ろにミドルをもってきてあるから、
 “斉藤葵ノエ”で登録することになったんだよ。
 銀行やクレジット会社によって違うみたいだから他の人がどうかは知らないけど」

「??」

さっぱり理解できていない様子で、
カードとにらめっこする彼女の頭に手を置いた。

「要するに、俺の本名はサイトウ・ノエ・アオイ。
 厳密な書類以外はミドルは省いてるから、
 ほとんどのものにミドルネームは書かれてないんだよ。
 会社にも省いて登録してもらったから、
 給料明細も斉藤葵で印刷されてる。
 今まで気づかなくて当然と言えば当然かな」

「でも!前にクレジットのサインしてるの見たけど、
 ミドルネームなんて書いてなかった気がする」

「あぁ、サインは何もフルネームで書かなきゃいけない決まりはないんだよ。
 カード裏の署名欄にしたものと同じのを書けばいいんだ。
 俺はAoi Saitoで署名してるから」

「へぇー……そうなんだぁ」

免許証とクレジットカードを手に納得した様子で呟いた。

「ミドルネームって初めて見た」

「日本じゃ珍しいからね」

「そうだよね」

「これで理解した?封筒に書かれていた名前の謎」

「うん、分かった。でもビックリした」

「だいたいの人がミドルネーム見てビックリするよ」

「だよね」

「うん」

「うん」

「うん……ふっ」

「……」

「ふふっ、あははは!」

「……あははは!」

またふたりで笑いだし、お互い涙目になる。


「すごい緊張したわりに拍子抜けだろ?」

「うん、ホントどういう事なんだろうって考えてたから」

「特に理由はないんだよ。
 普段面倒だからを省いてるだけ」

「そっか。そうなんだ」

「そう、そうなんデス」

「ありがとう、教えてくれて」

「まぁ隠すことじゃないけどね、変に勘ぐられるのも嫌だから言わないだけだよ」

「分かった。誰にも言わない」

「うん、そうしてくれると嬉しい」


髪を撫でると嬉しそうに笑った。


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| 「僕の一日」  | 15:26 │Comments0 | Trackbacks0編集

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