春の一日 23

23

夕食を終え、リビングで休憩しようとすると、
「お茶入れるね」と石川が言った。

俺のところに来て5日。
体調は思っていたより早く良くなったし、
今のところ「ぶり返し」はない。
仕事も家事も問題なくこなしているところを見ると、
すっかり落ち着いているように思えるが、
一向に自分のマンションに帰ろうとしない。

正座をして手際よくお茶を入れ、
ソファーにもたれ掛かっている俺に湯呑を差し出してきた。

「はいどうぞ」

「ありがとう」

出されたお茶を一口飲んだ。

「石川」

発した声はいつもより低かった。

「うん?」

何かに気づいて手にしていた湯呑をテーブルに置いた。

「体調はどう?元に戻った感じ?」

「……うん、一応」

「落ち着いたなら自分のマンションに戻れっていうことじゃなく、
 俺のとこにいて余計に疲れたりしないか気になってね。
 家事の一切をやってもらってるし、
 慣れない場所なら当然、疲れやすいと思って」

「そんなこと、ないけど」

不安そうな声で答えた。

「自分のところに戻らなくていいの?」


着替えも上着に関しては2日分しか持ってきてないと言っていたし、
洗濯しているから足りなくなることはなくても、
同じ格好ばかりでは仕事場のみんなに変だと思われる可能性もある。

長く居いれば他に必要なモノも出てくるだろう。

「……」

うつむく彼女から返事はない。
ということは、自分の部屋に帰りたいわけじゃないということか。


「石川」

名前を呼ぶと何か言いたげな視線を向けるが、返事はない。

「ここに居たいのならそれで構わないよ。
 ただ長期間居るとなると他にも必要となるものもあるだろうし、
 食料品も石川に買い出しに行ってもらう日もあるかもしれない。
 金銭的なこともあるから、ハッキリ言って欲しいんだ」


大事なこと、特に彼女自身の本音の部分になると言葉を詰まらせることが多い。
言いたいのに言えない。
言いたそうな表情も見せるが、口は開かない。

そうやって昔から自分を抑えてきたんだろう。
突然変わったりしない。


「石川」

手招きをして、隣に座るよう促した。


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| 「僕の一日」  | 00:29 │Comments0 | Trackbacks0編集

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