春の一日 6

6

「眠るまでそばにいてね」という石川の手を何も言わず握ると、
安心した様子で程なくして眠りについた。

「ふぅー……」

どっと身体の奥から疲れがあふれてくる。
おととい休んだだけで、それまで毎日オープンからラストまでの勤務に加え、
帰りに有利の部屋に寄って様子を確認する日々。
有利が落ち着いたかと思いきや今度は石川が倒れる。
連鎖的に他のスタッフが倒れなければいいけど……。


日付が変わり夜中の2時過ぎ。
今から帰ってお風呂に入って……布団に入るのは4時を過ぎそうだ。
寝息も立てずに眠る石川を起こさない様にそっと部屋を出た。
この部屋の鍵は常にシューズボックスの上に置いてあるから、
かけたあとにハンカチにくるんでドアポストに入れればいい。

マンションの外階段を降り、集合ポスト前を通り過ぎようとしたとき、
ドアを開ける大きな音が、歩いてきた方から聞こえた。
サンダルを引きずりながら俺の方に歩み寄ってくる姿を見て、
今日、ここに来たことを少しだけ後悔した。

「石……」

言いかけたと同時に声を殺して泣き出す石川の肩を抱きとめてやるしかなかった。
力いっぱい俺の服をつかむ手は、震えていた。

「外は寒いから部屋に戻ろう」

こんな状態でひとり置いていくのも心配たが、今日も仕事なのだ。
ずっと一緒にいるわけにもいかないし、こればかりはどうすることもできない。


マンションの通路を照らす照明がジジッと音を立てながらと点滅を繰り返す。
返事のない彼女の背をさすりながら、外に視線を流した。


こんなこと前にもあったな。
寂しがり屋のくせに、「大丈夫だから」と強がることが多かった。
わがままをいう事もなくて、いつも笑ってて。
でも我慢できずに時々泣いてしまう。

そんな彼女を可愛いと思っていた。

でも、もう。


冷たい風のせいで真っ赤になっている彼女の両耳に手をやると、
反射的に身体をビクつかせた。
いまは塞がってしまっているピアスホールの痕に触れながら言った。

「部屋に戻るのは嫌?」

小さく頷く姿に心の中でため息をついた。
彼女が落ち着くまで部屋着姿のまま外に置いておくなんて出来ないし、
俺もここにいるわけにもいかない。

「わかった。今日は俺の部屋に行こう。それならいいでしょ?」

シャツをつかむ手の力がゆるんだ。
持っていたジャケットを彼女の肩にかけ、近くに止めてある車へと足を進めた。

冷え切った車の後部座席に彼女を座らせ、
部屋に戻りたくないと言う彼女の代わりに鍵をかけに行く。

目の奥が鈍く痛むのを感じながら、懐かしい記憶をたどった。


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| 「僕の一日」  | 02:01 │Comments0 | Trackbacks0編集

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