僕の一日 68

誰かが俺の名前を呼んでいる。
遠く方から聞こえてくる声に返事が出来ない自分に首を傾げる。
声がでない。のどが変だ。
熱は少しあったけれど風邪をひいていたわけじゃないのに。
今日はあったかくして眠ろう。
ちゃんと眠らないと、身体がついてこなくなる。
そうじゃなくても色々とぼろぼろなのだから。

『……』

ぼんやりと目を開いた。
思考がまとまらないのは眠っていたせいらしい。
ゆっくりと自分の置かれている場所を見渡した。
自分が眠っているベッドの周りを囲むカーテンの先からは、人の気配はない。
腕には点滴の針が刺さっていて、
ベッドの脇にあるテレビ台のところに俺のカバンが置いてあった。

どうやら病院に運ばれたようだ。

ベッドから起き上がり点滴の下がったスタンドを手に病室を出た。
入口には「有利和哉」の名前が書いてある。

『……この病院は』

廊下から見える景色に見覚えがあった。

鮮明に蘇る記憶。
あの日も夜だった。


ここは、総合病院だ。


ナースステーションで自分がどういう状況なのか尋ねた。

「街中で突然倒れて救急車で運ばれました。
 検査の結果、身体に異常は特に見当たりませんでしたが、
 大事をとって一晩入院とのことです」

『誰が手続きをしてくれたのですか?』

「倒れた時に一緒にいた井浦さんという女性の方です。
 ご実家の連絡先が分からなかったので代理人として手続きしていただきました」

『いまは?』

「一度家に帰られるとのことです。
 すぐに戻ると聞いていますが……」

『ありがとうございます』

軽く会釈をして病室に戻り、カバンの中を調べた。
携帯を開くと着信とメールが数件あった。
時刻は21時50分。
すぐさま店に連絡を入れる。

電話に出たスタッフから「大丈夫か?」と本気で心配する声が聞こえた。
井浦さんが電話をいれてくれていたらしい。
「一緒にいたのが医者でよかったな」と言われ、俺は苦笑するしかなかった。

『明日はでられると思うので……』

話してる途中にコンコンと会話を遮るようなドアを叩く音がした。
反射的に表情が険しくなる。

『すみません、それじゃ失礼します』

通話を切り携帯をカバンの中にしまってからドアに向かって「はい」と返事をした。

「入っても大丈夫?」

静かに開けられたドアから井浦さんが顔をのぞかせた。

『いいですよ』

「ごめんね、一緒にいたのに気付けなくて」

『井浦さんのせいじゃないですよ。俺の不摂生がいけないんです』

「でも、何度も会っていたのに全然わからなくて……」

『僕はあなたの患者じゃないんです。わからなくて当然ですよ』

「さっきの会話で私が言ったこと、気にしてる?」

『なんのことですか?』


泣きそうになる気持ちを抑え笑顔で答える。


『そういうので倒れたわけじゃないですから、井浦さんが気にすることもないですよ。
 ところで手続きは井浦さんがしたと聞いたんですが……』

「あ、うん、ごめんなさい、財布から保険証見つけて、分かる範囲で手続きして……。
 ご両親に連絡を入れなきゃいけないと思ったけど、
 連絡先がわからなくて……携帯もロックかかってるし」

『いえ、実家に連絡はあとでいれておきます。
 あとの手続きや支払いは自分でするので大丈夫です
 足を運ばせて申し訳ないのですが、今日はもう……』

「ここに知り合いの医者がいるから、調子が悪ければ診てもらえるように頼むよ?」

『いえ、明日の午前中にはアパートに戻ります。色々とありがとうございます』

「私なにか手伝おうか?」

『井浦さん』

いつもより強い調子で名前を呼ぶと、悲しそうな顔をしてうつむいた。

『本当にありがとうございます。すみません、今日はもう休みます』

「分かった……」

目を潤ませているのがわかった。
医者としての責任を感じたのか、自分が話したことが精神的に追い詰めたと感じたのか、
なにかさせてほしいという気持ちが伝わってきたが、俺にはもう無理だった。

あのとき俺は初めて本当のことを口にした。
親にすら言ったことのないこと。

そういうの分かるよ、と、言いたいこと分かるよ、と言って欲しかったわけじゃない。
ただ……。

これから先、誰にもこのことを言うのはやめよう。
誰にもわからないし、分かってもらえなくていい。
こんな思いは二度としたくない。



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| 「僕の一日」  | 03:13 │Comments2 | Trackbacks0編集

コメント

ひとりでいるのは好きだけど、人間、いつなんどきなにがあるかわからなくて、完全にひとりでは生きていけませんね。

猫に囲まれて、ひとりで生きていたいと私も思わなくもないのですが、それでもきっと書いてブログをやって、誰かと触れ合いたいとは思うのですよね。

有利くんにもいつでも、彼を気にかけてくれるひとがいる。
その人が必ずしも善意や親切だけで動いているわけではないかもしれないのが、人間の面白さかもしれません。
だからこそドラマが生まれるんですしね。

先日、我が家の近くで会った黒猫。
すーっと通り過ぎていくので呼び止めたら戻ってきてくれて、ちくわをやったら食べました。
近寄ると逃げたそうだったけど、ちくわを食べてくれたのが嬉しかったです。

2014.08.16(Sat) 15:02 | URL | あかね|編集

あかねさま
いつもありがとうございます!

私もひとりが好きなタイプです。
街中を歩くのも、買い物をするのも、ひとりで平気ですし、
むしろ気を遣わなくていい、と思うことが多いです。
猫がいてくれたらもう文句ありません。

それでも人が嫌いなわけでも話すのが嫌なわけでもなくて、
ふいに誰かと話したくなる瞬間があったりするのですが、
「用事もないのに電話(しかも長電話になりそう)したら迷惑なんじゃ……」と考えてしまい、
メールすら送らないで気持ちがまぎれるのを我慢したり、
テレビや音楽に逃避したりします。

こういう瞬間、人が恋しいんだなぁって思います。
有利はそのへんの自覚がなさそうで困ります(笑

この間話していた猫あるあるのツイッターですが、
普通にサイトでまとめたものがありました。
私はただ面白い!というだけなのですが、
やはり猫がいるうちは「あるある」となるそうで。
あかねさんの家ではどうでしょうか?
http://nekomemo.com/archives/40313528.html

2014.08.17(Sun) 03:54 | URL | ハル|編集

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