秋の一日 5

5

いつもより何倍も速く目的の駅に着く。
これでこの人とはサヨナラしなくちゃいけないと思うと寂しい気持ちになった。


「本当に、ありがとうございました」

無事に何事もなく目的の駅に着くことが出来た。
急ぎ足で改札口に向かう人たちを背に深々と頭を下げると、
『いえ、これからは気をつけて下さい。それじゃ』と言ってさっさと反対側のホームへと向かって行ってしまう。

え?ちょっとまって!なんかこうもうちょっと、余韻っていうか名残惜しさっていうか、
そういうのあってもいい気がするんだけど。

なんて自分勝手なことを考えてる間にも、あの人が遠ざかっていく。


せめて名前ぐらい教えて欲しい。


「あ、あの!」


私にしてはかなり大きな声。
痴漢に遭ったときこれくらいの声を出せばよかったのに。

「あの…」

気づいたら呼び止めてたけど、なにを話せばいいのかわからない。
どうしよう。
困ってる。
せっかく立ち止まってくれたのに。


「…?…もしかして具合でも悪いですか?」


え?違う。
そうじゃない。

「いえ!そうではなくて…」と反射的に答えてみたけれど、
じゃぁどうなんだっていうのが全然出てこない。
このままじゃただの痴漢に遭ってた変な人になっちゃう。


視線がつま先に落ちて靴の汚れが目に入って、
「あぁ、ちゃんと朝に気づいてれば、きれいな靴を履いてきたのに」と、
返事とは関係ないことを考えてしまった。

汚れた靴の先に黒のコンバースのハイカットスニーカーが見えた。
顔を上げると心配そうな顔をして、
「…何か俺のことで聞きたい事でもありますか?」と、声をかけてくれた。

どうしてこの人は人がして欲しいって思うことを、
何も言わないのに分ってしまうんだろう。

もしかしていま私が思ってる下心も視えているのだろうか?


「…あ…あの名前…」

なんとか口にした言葉も語尾の方は声にならなかった。
さっきはあんな大声を出せたのに。

少し黙ったあとに「俺の名前ですか?」と聞き返してきた。
やっぱり突然名前を聞くっておかしいよね。
普通お礼がしたいとか、そういうこと先に添えるよね。

どうしてうまくしゃべれないんだろう。

「はい…」

すっかり意気消沈してしまって、また靴に目が行ってしまった。

気持ち悪いとか思われてるのかな。



「有利といいます」



え?


顔を上げると伏せ目がちに困ったような表情を浮かべていた。


痴漢から助けてくれたときのような優しい声。
聞く人を安心させる響きがある。

なのに。


なぜか、足がすくんでしまう。

どうしてだろう。

さっきはあんなに隣にいるとホッとしたのに。
さっきと同じ優しい目をしているのに。

でもその奥にはなにか……。
まとう空気も、なんか、少し……。

足元に黒い渦があるみたい。


怖い。


……違う、そうじゃない。
ちゃんとお礼を言わなきゃ。


「あ、ゆ、ゆりさん。あの…本当にありがとうございました」


身体を曲げられるだけ曲げて頭を下げた。


「いえ、それじゃぁ気をつけて」


笑って小さく頭を下げ、反対側のホームへと歩いていった。

助けてもらったのに、何もお礼ができなかった。
もしもまた会うことがあったら、そのときはお茶に誘ってみよう。


あんなカッコイイならきっと彼女はいるんだろうけど。


最初から変わらない優しい口調と紳士的な対応。
こんなに素敵な人がいるのかっていうくらいカッコよくて、
見ず知らずの人を助けてくれたいい人なのに。


どうして怖いなんて思うんだろう。

痴漢のせいで男の人が怖くなったのかな。



でも、なんかそういうんじゃない気がする。



あの人は何歳なんだろう。
同い年ぐらいかな。
一緒の大学だったら色々接点があってよかったのにな。


でも、そんなうまい話あるわけない。


助けてくれた駅が目的地と言っていたから、そこで待っていれば会えるかもしれない。
けどそんなストーカーみたいなしたら、今度こそドン引きされるかもしれない。
どうしたらまた「偶然」みたいな感じで会えるのかな。


「お姉ちゃんに相談してみよう」


ついでに今日は泊めてもらえるようお願いしよう。
突然遊びに行っても文句の一つも言わずにいつも部屋に入れてくれるし、
仕事で忙しいだろうから、なにか夕飯を作ろう。
そして仲良く一緒に眠ろう。




そのときの私は気づかなかった。

助けてくれたその細い指が誰を探していたのか。

その腕にある傷も、何もかも。


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| 「僕の一日」  | 15:43 │Comments2 | Trackbacks0編集

コメント

そうだったのか
有利くん?
なぜか、かなり意表をついていました。
有利くんのイメージとしてはわりと弱弱しくて、こんなときに女性を救うようなひとだと思えなかったからかな。有利くん、ごめん。

このストーリィはすこし過去が舞台ですか?
この女性が有利くんの人生に影響してくるのでしょうか。

有利くんがちょっと過去に触れ合った通りすがりの女性なのだとしても、余韻のあるいいストーリィですね。
秋の一日の触れ合いは、人の人生にまったく影響を与えないってこともないでしょうし。

2014.01.25(Sat) 01:22 | URL | あかね|編集

あかねさま
はい、有利です(笑
このお話は本編の7~8の部分に当たります。
本編は有利視点になりますが、この話は助けられた女の子、里奈の視点になっております。
故にセリフは全く同じ、という具合です。

おっしゃる通り有利は普段なら他人を助けることはあまりしないかと。
面倒くさい、というより他人とかかわらないタイプなので。


里奈はもう少ししたら本編に再登場します。
彼女との出会いは物語上、とても重要な部分となっています。

私は里奈のようなタイプが意外と有利と合ってるような気がします。
……だったら最初からそうすればいいという話になってしまいますが……。
ここは里奈のような子が必要で、メインの女性はやはり石川なのです!私の中で。。。

もう少し話を書くスピードを上げなければと思っている次第です!

2014.01.28(Tue) 00:35 | URL | ハル|編集

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