僕の一日 50

声にならない言葉が口の中で消えていく。
誰も傷つけたくないし傷つきたくもないから、
他人との距離を置いて一線以上は踏み込ませずにきた。
周りから見たら寂しい生き方に見えるかもしれない。
それでも自分自身を守るため、かかわってくれる人たちの為にそうしてきたのだ。
なのに、誰かを傷つけていたというのか。

この人が言う「他人」とは誰なのだろう。


「そうやって意識を切り離そうとするのも、君の弱さだ」


初めて見る攻撃的な目と、避難する言葉。
今の俺には強すぎる。

押しつぶされてしまいそうだ。


くっきりと目に映っていた長身の姿が輪郭を無くしていく。
世界の色が薄く抜けて、形あるもが境目を失くし混ざりあっていく。

まばたきも出来ないまま、指先から音が零れ落ちていくのを感じた。

このまま色も失くしてしまいそうだ。


あぁ、そうか。

この人は今まで。



折れそうに震える膝が警告をする。




ダメだ。

これ以上はダメだ。



見てはいけない。


聞いてはいけない。



ゆっくりと瞼が落ちて、光すら遮断していく。
このまますべてを拒んでも、何が変わるわけではないのに。


完全に視界を失くしてしまうその直前、意識を引きずり戻す声が聞こえた。


「待って」


振り返ることも声を出すことも出来ず、ただ立ち尽くす俺の後ろにあるのは、
いつもアパートの入り口でチャイムを鳴らす彼女の気配。

両の目から涙がこぼれた。



「それ以上はやめて」


絞り出したような声が聞こえてくる。

彼女も泣いているんじゃないのか。



どうしていつもそうやって、助けてくれるんだろう。


「私なら大丈夫だから、それ以上なにも言わないで」


麻痺した手からこぼれる音を拾うように、細い指が絡まってくる。
伝わってくる彼女の熱。


「いま相沢さんが帰ってきた。これ以上は話さないで」

「アイツは何を聞いても驚かないよ」


低い声音が棘を持っているのが分かる。
いまの彼は、何にも容赦がない。


「それでもまだお店は開店中なんだから、場所を考えて」


力が入った彼女の指が震えているのが分かる。
彼もそれに気づいているろうか。

小さなため息の後、ポケットから鍵を取り出しながら言った。


「……うん。分かってる。悪い。
 なんだかこのままだと二人がダメになりそうだったから、つい…」

『……すみません』

「いや、僕が悪かった。ごめんなさい」


小さく頭を下げると、机の上に置いてあった眼鏡とショルダーバッグを手にし、
俺の腕を軽く自分の方へ引き寄せた。
繋いでいた彼女の手が離れる。

「送るよ。車で来てるんだ」

『え?』

有無を言わせない目の強さが、余計な思考を停止させる。

「じゃあ、荷物持って。すぐ行くよ」

質問も反論も彼女と話す時間もなく、言われるがままロッカーから鞄とジャケットを手にすると、
彼に引きずられるように通路側のドアから外へ出た。

そのわずかな間、彼女は悲しそうな顔をしたまま何も言わなかった。


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| 「僕の一日」  | 23:57 │Comments2 | Trackbacks0編集

コメント

斎藤さんと有利くん、ふたりきりで車で? 危険。
いえ、変な意味じゃないんですけど、彼女は阻止しないのでしょうか。ついていくわけにもいかないんでしょうね。

なんだかサスペンスタッチになってきましたね。
とてもとても繊細な、繊細すぎて傷つきやすい主人公と、危険な香りのする魅力的な男性と、主人公を気遣うお姉さんのような女性と。

ハルさんはいわゆる「男らしい」男性は苦手ですか? 私のところにコメント下さる内容からするとそんな気もするんですが、そうだとすると私も同じかな。
斎藤さんは一般的にいう「男らしい」タイプではないのかもしれないけど、おつきあいするには鋭すぎて、私には無理って感じですね。

2013.09.21(Sat) 11:44 | URL | あかね|編集

あかねさま
危険なふたり・・・・・いえいえ!絶対にありません!断じてないです!
ふたりとノーマルです!

おっしゃる通り「男らしい」というのはちょっと苦手です。
「そういうところがいいんじゃない!」と世の女性は言うかもしれませんが、そういうところが苦手です。
私も斉藤さんとはお友達になりたいし憧れはするけど付き合いたいとは思わないですね。
隣に居てドキドキするよりホッとする人の方が好きです。

ぽんぽんと言葉が出てくればいいのですが、うまくいきません。
もっとうまく3人を書ければいいんですが……。
一度つまずいてしまうと駄目ですね。
本当はもっといろんな人を出したいし、頭にはあるんですがなかなか……。
でも、ちょっとずつ増やしていく予定です。

2013.09.21(Sat) 17:00 | URL | ハル|編集

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