僕の一日 46

病院で点滴をしてもらって処方された薬を飲んで4日目の朝、
すっかり熱も下がり、身体のだるさもなくなっていた。

ソファーから起き上がり台所へ行くと、流し台の隅には会社の近くのあのお弁当屋の袋があった。

『すごいよなぁ・・・昨日、全然気づかなかった・・・』

昨日の夜、というか病院に行った日から毎日、
斉藤さんが夜の9時以降にアパートを訪ねてくれていた。

「放っておくと何も食べなさそうだからね」

そう言って買ってきてくれるお弁当を、一緒に食べていた。
「本当は作ればいいんだろうけど、時間がかかるから・・・ごめんね」と申し訳なさそうに言った。
これだけのことをしてくれているのに、謝ることなんか何一つない。
謝らなければならないのは俺のほう。

昨日の夜は台所を片付けることなく、お弁当を食べてすぐに休んだこともあり、
今日の朝の分も買って置いていたことには気づかなかった。
というより、気づかせないようにしていたんだろう。
あの人は。

お弁当をレンジに入れ、ソファーの上に置いたままの携帯を手にし電話をかける。


「おはよう。大丈夫そうかな?」


電話が来るのを待っていたかのような嬉しそうな声がした。
目が覚めるほどの艶のある声。

『おはようございます。大丈夫です。今日から出られます』

「そっか。店長はまだ出張から帰ってきてないから、連絡は俺だけで大丈夫。
 今日の早番は石川だから、あんまり気負いしなくて大丈夫だよ」

自分が休んでいたせいと店長の出張もあり、シフト通りの出勤ではなくなっていた。

『わかりました。ホントに色々ありがとうございます。
 あ、お弁当ありがとうございました』

「気にしないでいいよ。無理しないで調子悪くなったら連絡くれればいいよ。
 俺がすぐ行くから」

『ありがとうございます。じゃぁ行ってきます』

「はい、行ってらっしゃい」

携帯からわずかにライターの音がした。


ここ1週間で気づいたことがある。

斉藤さんは落ち着いたり、気を抜ける状況になると煙草を吸う。
イライラしたりすると吸いたくなると言うけれど、斉藤さんは違っていた。
休憩中であっても仕事のことがあれば、常に意識はそちらに向け、煙草をくわえることはない。
お店全体のことからスタッフの管理まで、ほぼ完璧にこなしている。
店長から絶大な信頼を得られるのは当然のことだった。

言葉遣いも状況によって少し変えている。

完全にスイッチがOFFになると、いつもの穏やかな口調ではなくなる。
わずかに冷めた口調になるのだ。
声音もいつもより低くく、言葉遣いも変わっていた。
携帯で話をしているとき「お前」と何度か呼ばれたことに気づいた。
そんなときはいつも煙草を口にしているのが、
その低い声の後ろから聞こえてくるライターの音で分った。

アパートのベランダで煙草を吸う姿は、とても軽そうでふわふわしていて、
それでも強い空気は相変わらずで、近くにいるとなぜか心が落ち着いた。

煙草の煙を吐き出したときのあの表情は仕事場で見ることはない。
きっとあれが本当に素の状態なんだろう。
ベランダから部屋に戻ると同時にその表情は消え、穏やかに優しく笑う。

自分のことをどれくらい使い分けているのか。
聞いてみようと何度も思ったが、本人を前にするとどうしても聞けなかった。


耳から離した携帯を見つめ、一呼吸おいた。


今日は仕事をふたつしなきゃならない。

意識の切り替えをしっかりと。

笑うこと、穏やかでいること。

客商売だということ。

忘れないで。

夜には違う自分を演じること。


レンジからお弁当を取り出し、ソファーへ座った。



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| 「僕の一日」  | 23:48 │Comments2 | Trackbacks0編集

コメント

煙草
実は私は昔、喫煙者でした。
あまりにも煙草が高くなったのと、吸える場所が少なくなって肩身が狭くなってきたのとで、数年前にやめました。
電子タバコの力を借りましたが、意外にスムーズにやめられて、それからはまったく吸っていません。

でも、夢の中では吸ってるんですよね。
昔から夢の中でなにか食べてもちゃんと食べた気になって、あー、おいしかった、という記憶があるので、煙草もなんだか時々は吸っている気分になっています。

そんなこともあって、私は煙草は嫌いではありません。横で吸われるとむしろなつかしかったりして。
嫌煙論者のおっしゃりたいこともわかりますが、昔は大人の男性はみんな吸ってたんだし、どうってことないんじゃない? と思っています。

斎藤さんの煙草もいい小道具になってますよね。
それと、斎藤さんの髪型って誰に似てるんですか? よろしかったら教えて下さいな。
私の知っているひとだったとしたら、外見がイメージしやすいかなと思いまして。

なんか煙草のことで長文になって、どうもすみません(^^

2013.07.22(Mon) 00:44 | URL | あかね|編集

あかねさま
私は煙草がないところで育ったので、匂いにはとても敏感で、
個室で一緒の部屋にいると頭痛がしたり気持ち悪くなってしまいます。
仕事の飲み会で8割が喫煙者だったときは、もうひたすら我慢です。

ですので正直なところ、食後の一服のおいしさも、
吸わないとイライラすることも全然わかりません。

でもお話を作るのに煙草ははずせません!

コンビニでバイトしていたとき一番大変だったのが煙草探しです。
同じ銘柄で色んな種類があると知らず……。
表示してある番号で言ってくれればいいのに…といつも思ってました(笑

CDショップでバイトしていたとき、電子煙草も売っていて
「これほんとにやめられる?」
と聞かれ、答えに困ったことがありました。


夢で味がするって羨ましいです。
食べる夢を見ても、起きると同時に「お腹すいた」ってなります。

斉藤さんは窪塚洋介です。
髪の長さがまさにぴったり。

2013.07.23(Tue) 02:06 | URL | ハル|編集

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