僕の一日  28

どのくらい沈黙が続いたか、時計は5時30分を回っていた。
彼女はうつむいたまま微動だにしない。
そんな姿を前にどうすることも出来ず、ソファーに座ったまま彼女を見つめていた。
熱のせいだろうか。
じっとしていることが辛い。


『なにかあったの?』


耐え切れず沈黙を破ると、


「え?えー・・・と、ううん。何でもないよ、大丈夫」


そう言っていつものように彼女が笑った。


『ホントに?』

「うん。大丈夫」


隠すのが上手い。いつもそうやって隠しているんだろう。


「あ、そろそろ始発の電車くるよね?」


自分の腕時計に目をやり、帰り支度を始めた。
こちらの問いに正直に答える気はないのだ。

基本的な部分で、自分は信用されていないことに気づく。
心配して色々気にかけてくれるが、それはあくまでも彼女の性格。
その性格から困ってる人や助けを求めてる人を放っておけないのだろう。
ここまでしてくれるのは、それ以上に仕事仲間として大事に思われているからで、
それ以外のことはなにもない。
もしも他の仕事仲間が同じような状況だったら、きっと同じようにするんだろう。
そういう意味の信頼は得ているのだ、自分も。
本当の信頼があるなら、仕事仲間以上の信頼があるなら、
こんなとき何かしら自分自身のことを話してくれるはずだ。

「それじゃあ、私帰るね」

熱でうなされる頭を必死に回転させているところに、彼女の言葉が落ちてきた。
鼓動が一気に速くなる。

『うん、ありがとう』

「どういたしまして」

カバンを持って玄関へと向かう彼女の後ろを歩く。
帰らないで欲しいと言ったら、彼女はこのままいてくれるだろうか。

「じゃあ、ゆっくり休んでね」

靴を履いた彼女がこっちを見て笑った。
小さく手を振って、そのままドアノブへと手を伸ばした。

その手がドアノブに触れたかどうかは分からない。
彼女が手を外へ伸ばした途端、反射的にカバンを持っていたもう片方の腕をつかんでいた。
小さく「え?」と聞こえた。
そのわずかな声を聞いて我に返る。
こちらを見ている彼女に気づいて、つかんだ腕ゆっくり放した。


『ごめん』


視線を落とし、小さな声で言った。
何をしているんだ、俺は。


『ごめん…なんでもない』

「…何かあったら連絡してね」

『うん・・・ありがとう・・・』


静かにドアを開けると、こちらを向くことなく出て行く。
後ろ手に静かに閉める姿を、ただ見つめた。
「さよなら」と口だけ動かし、玄関の鍵を閉めた。

彼女の居なくなった部屋は冷たく、いつもの空間に戻ってしまった。
違うのは台所にあるお弁当と、彼女が作った野菜スープだった。
きれいに片付けられた台所に彼女が残していったものたちが、
わずかに心を落ち着かせた。


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| 「僕の一日」  | 23:03 │Comments4 | Trackbacks0編集

コメント

帰らないで欲しいと言ったら、彼女はこのままいてくれるだろうか
↑言えよ、それっ!!!!
と、ここで絶叫しているクセに「じゃあ、言える?」と聞かれたら。
…たぶん、言えない。

でも、無意識に身体が動いて引き留めたくなるくらい彼女の存在を求めているのに。
ううううううっ、もどかしいぜ!!

でも、これこそが本気で美しい空間だな、と感じた。
悔しいなぁ。
でも、どこかにいつか辿り着けるよね!

2012.03.18(Sun) 21:44 | URL | fate|編集

先日は大変失礼いたしました…しかも今さらみつけるってどうよ。
…まぁまぁ、お年ということで、お許しください。

私の中での勝手なイメージで、最近の若い人は他人に対して細かい気を遣う人があまりいなくなった気が…かなりの偏見デスガ。

なんとなく、「自分さえよけりゃいい」みたいな人が増えた気がして。

男で敏感な人に憧れてしまいます。
そのせいか相手のことを考えて、思ったことを言わずに黙ってる人を頭でめぐらせてしまいます。

2012.04.02(Mon) 13:15 | URL | ハル|編集

今年は……
ご訪問、コメント、ありがとうございました。
ハルさんの繊細な物語を読ませていただいて、私なんかはとうになくしてしまったものに触れさせてもらいました。

このふたり、もちろん惹かれ合っているのでしょうけど、そう簡単には進展しそうにないところもいいですね。
ふたりともわけありなんですものね。

最近の若いひとはものすごく傷つきやすいそうですから、自分を守るほうに必死で、他人も傷つくんだってことを忘れていたり……なんてこともあるのかもしれませんね。

そういうわけで、来年もよろしくお願いします。
よいお年をお迎え下さいね。

2012.12.30(Sun) 11:12 | URL | あかね|編集

あかねさま
あけましておめでとうございます。
コメントを読ませていただいて、いつもほっこりしつつ、
「ギャッ!バレてる!!」と冷や汗をかいてます(笑
なんだか先を読まれすぎてる・・・・・・ドキドキ

チリっと痛みのあるお話を書ければと思っています。
もう少しペースをあげたいと思っているのですが、
書ける日と書けない日の落差があり過ぎて、自分で困ってます。
ゆっくりではありますが更新していきたいと思っています。

どうぞ今年もよろしくお願いします。

2013.01.04(Fri) 15:00 | URL | ハル|編集

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