僕の一日  14

「さて、そろそろ帰ろうかな」

そう言いながら彼女はソファーから腰をあげた。

『時間か・・・駅まで送るよ』

コートを羽織る彼女の背中に声をかける。

「大丈夫だよ。ちゃんと道も覚えたし、迷わず駅まで行けるよ」

『もう夜中だよ』

「もう女子高生でもないよ」

笑いながらカバンを持って彼女が言った。
こっちの心配も気にしていない様子だった。

『だから、なおさらだよ』

その言葉に、俺の方を向いて少しだけ驚いた顔をした。
数秒、彼女の表情からいつもの穏やかさが消えた。

「分かった。じゃぁお願いしようかな」

申し訳なさそうに笑った。



彼女の隣を黙って歩いた。
小柄な彼女が少しだけ大きく見える理由は、その凛とした姿。
しゃんと背筋を伸ばして、まっすぐ前を見ている。
きれいで、強い空気はいつも変わらない。
横目で彼女を見ながら感心した。

俺が住んでいるアパートから駅までの道のりは歩いて10分程度。
便利な場所に住んでいることをうらやましいと、彼女は以前言っていた。
彼女が暮らすマンションは駅から自転車で20分位のところにあるという。
今日会った女性が通う大学がある駅だ。
マンションに着くころには1時近くになるだろう。

『今日はごめんね』

今日一日を考えると、彼女にとって大変な日だったに違いない。
忙しい毎日の中で、他の人へ意識を向ける大変さがどれ程のものか、
俺はまだよく知らないでいる。
いままでそれを必死に避けてきたから。

「どういたしまして」

彼女は静かに笑った。


その言葉を最後に、会話は途切れた。
けれどその空気が重いとは感じなかった。
逆に心地良かった。

静かな駅までの夜の道は、とても優しかった。


「ありがとう ここで大丈夫だよ」

駅前まで着いて彼女が笑った。

『本当にありがとう』

何も言わずに、彼女は笑った。

「じゃあね。おやすみ」

『うん。おやすみなさい』

手を振りながら彼女はホームの中へと向かった。
俺はただその姿を眺めていた。

彼女の姿が見えなくなっても帰れずに、ホームを眺めていた。

やがて電車が来る。
それに乗って彼女は帰る。
そんな、当たり前のことを。

どうしてこんなに辛く思うのだろう。


最終電車がホームに到着し、あたりまえに人を乗せて発車した。
遠く見えなくなるまで目で追いかけて、小さくため息をついた。
改札口からは疲れきった様子の会社帰りの人たちが、ぞろぞろと流れてきた。

それらから視線をそらし、来た道を逆戻りした。
もうここには優しい空気がない。


家に着き玄関の鍵を閉める頃には、いつもの目つきに戻っている自分がいた。


濁った目をしていることを、自分自身分かっている。
仕事場で見せる顔と、周囲に誰もいないときの顔。
ふたつの顔のうち後者が本当の自分。

いまの本当を押し殺し、笑う。
人前では笑顔で。

そうやって生きてきたんだ。


にほんブログ村 小説ブログへ
スポンサーサイト

| 「僕の一日」  | 16:24 │Comments0 | Trackbacks0編集

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://harl.blog40.fc2.com/tb.php/591-4bdb272c

| main |

プロフィール

ハル

Author:ハル
  ↓ぽくっと↓

にほんブログ村 小説ブログへ
にほんブログ村
  ↑ぽちっと↑

このサイトに使用されている
画像、文章、その他を無断で掲載、転載、
複製することを禁じさせていただきます。

リンクフリーです

ブログ内検索

QRコード

QR

フリーエリア