僕の一日  13

「お弁当じゃなくて、何か材料買ってくれば良かったね」

『夕飯、食べたんですか?』

「まだだよ。家に今朝の残りあるから」

そう言いながら彼女は部屋を見渡して、少し安心した表情を見せた。

「ちゃんと掃除したんだね」

『病院帰ってきてから』

「そっか」

部屋の隅にカバンを置きながら、やわらかく返事をする。
彼女が部屋に入っただけで、空気の色が変わった。
優しく穏やかな温かい空気。

「冷蔵庫に何かある?スープぐらいならすぐに作れるけど」

コートを脱いでそっとカバンの上にきれいに置くと、
俺の手から弁当をサッと取って台所に向かった。

『たぶん、たいしたもの入っていないかと』

「自分の冷蔵庫なのに、何が入ってるか分かってないっていうあたりが、
 やっぱり男だよね。仕事とかほかのことはマメなのに」

『仕事に?・・・そうですかね・・・自分ではそんな風に思ってないんですけど』

正直にそう答えると、冷蔵庫にかけた手がピタっと止まった。
意味ありげに俺の方を向く。

『え・・・ほんとに自分では・・・』

なにかマズイことでも言ったか?
焦ってあたふたすると、すこし尖った口調で彼女が言った。

「・・・ねぇ。何でいつも中途半端な敬語なの?気になるんだけど」

『え?中途半端?』

予想外の言葉に、今度はこっちの方の動きが止まる。

「そう。敬語の時とそうじゃない時と、メチャクチャなんだけど」

『そ・・・そう、ですか?あまり気にしては・・・』

「ホラ!タメ口で話してよ。仕事仲間暦も長いし、歳だって1つしか変らないんだから」


ズキッと胸の奥で音がした。

なにを傷ついてる。
ただの年齢差を言われただけ。
彼女が1つ年上というだけじゃないか。
だから何だというんだ。
なにも変わることはないのに。


『・・・そうだよね・・・うん』


自分に納得させるように言った。
その言葉が聞こえているのかいないのか、彼女は冷蔵庫を開けて苦い顔をした。

「・・・ちょっと、食べ物がほとんど入ってないじゃない。調味料だけってどういう事?」

冷蔵庫をまじまじと覗きながら彼女が言った。

『あれ、なんか玉ねぎあたりなかったかな』

わずかな記憶を手繰る。
その言葉とほぼ同時に、彼女が玉ねぎを手にした。

「玉ねぎだけってなに?ごはんどうしてるの?っていうか、食べてるの?」

半分に切られた玉ねぎの状態から、最近調理していないことに気づいているんだろう。

『いつもコンビニとかで・・・』

「嘘。家ではたまにしか食べないんでしょ」

引きつった笑顔で答えると、それをぴしゃりと否定した。
当たっているから言い返せない。


『・・・そうです』

「もう・・・どんな生活送ってんだか」

『・・・すみません』


返す言葉も無い。
食事を抜くことが多いことは確かで、
バイト先でも昼ごはんのときに「食べる量が少ない」と誰かに言われたことがある。
お腹がすいても、あまり食欲がないのが本当のところ。
そんなこと、彼女はなにも聞かずとも気づいているんだろう。

一度ぐらいしか立ったことのないはずの俺の台所で、
手鍋に水を入れるとコンロの上に置いて火をつけた。
慣れた手付きで包丁を取り出し、まな板を用意すると、先ほどの玉ねぎを切り出した。

リズムよく切る音が心地よい。
懐かしさを感じる。


「すぐに出来るから、座ってていいよ」


台所の隅でぼーっと突っ立っている俺に、優しく声をかけてくる。
黙って立っていられても、正直困るところだ。
焦って何かしなきゃと考えるが、なにも出来ることはない。

『あ、買ってきてくれたお弁当、半分にする?』

「せっかく買ってきたのに私が食べてどうするの。
 それより男でお弁当半分だなんて栄養足りないよ」

俺の食に対する意識があまりに軽いことを優しく諭す。
単に面倒だから食べない、そんな安易な理由じゃないことも分かっているんだろう。

「大丈夫。私は家に帰ればちゃんとごはんあるから」

にっこり笑うと、コンロの火を止めた。
いつのまにか、作り終わっていたらしい。
何で味をつけたのだろうか。

「とにかく、ソファーに座って。ちゃんと食べてちゃんと休まないと。ね」

俺の背中を押しながら、ソファーの前まで来るとサッと毛布を畳んだ。
大人しく座った俺を見て、満足そうに笑った。


電子レンジで弁当を温めている間に、作りたてのスープを持ってきてくれた。

『ありがと・・・コレなんのスープ?』

「コンソメ。固形の素があったから、そこに玉ねぎきざんで入れただけだよ」

『へぇー』


よく簡単に思いつくものだと感心する。
まじまじとスープを見ていると、温め終わった弁当を持って彼女がとなりに座った。

「はい。ちゃんと食べる」

そう言って箸をくれた。

『ありがとう。じゃあ、いただきます』

「どうぞ」


自分の部屋で誰かを隣に食事をしたのは、これが初めてだった。



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| 「僕の一日」  | 16:24 │Comments0 | Trackbacks0編集

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