僕の一日  11

マンションの玄関の前に立ちポケットに手を入れ、鍵取り出す。
鈍い音とともに、ドアが開く。
ドアを境に暗い世界が口を開けている。
部屋は散らかったまま、数時間前をそのままに残していた。

片付けないと。

部屋へ入り、ゆっくりソファーに座る。
コンビニで買ったヨーグルトを開けた。
袋に一緒に入っているスプーンを取り出して手が止まる。

なんとも、ものを食べる気になれない。
いっそこのまま薬を飲んでしまおうか。
別にこのまま胃に入れたところで、どうにかなるほど敏感でもなければ、
この手の薬に慣れていないわけじゃない。
さっきサンドウィッチも食べたことだし。
ただ決まりとして「食後」というだけのこと。

でも。

誰のおかげでこうして薬をもらってこれたのか。
それを考えると、安易な考えしか浮かばない自分がつくづくバカだと思う。
自分への叱咤の意味も込めて小さいため息をついたあと、ヨーグルトを食べ薬を飲んだ。

太陽の日差しが一番高いところにあることに気づいたのは、
薬を飲み終え部屋の片づけをしようとしたとき。
カーテンの隙間から強い光が差し込んでいるのに、この部屋の空気が澱んでいる。
それは自分のせいだと分かっている。

カーテンを開け窓を全開にし、サッシに寄り掛かりながら外を眺めた。
隣接するマンションやアパートのベランダには、この快晴を大いに喜んでいる人たちの様子が、
ベランダに干してある布団や洗濯物でよく分かった。
天気が良ければ、気分的にも気持ちがいいものだ。
そんな風に感じることがある自分がいることも知っている。

でも今はそう感じられない。
なにもかもがどうでもよく感じられてしまう。
それはいけないと分かっているんだけれど。

まぶたを閉じて耳に意識を集中させる。
これだけの天気なのに、優しい音がほとんどしない。
今の自分に聞くことができない。

『別に、いいんだけど』

心が塞いでしまっているからこんな気分なのも、優しい音を聞けないのも、
誰が言うまでもなく分かっている。
分かっている。
だからこそ休養が必要なことも。

そのために彼女がいま俺の代わりをしてくれている。


窓に背を向け部屋の片づけを始めたのは、病院から帰ってきて1時間後のことだった。
思いのほか早く片付け終わったので、早々に身体を休めようと毛布を引っ張ってソファーへ座った。
羽織ったままのジャケットを脱いだとき、ポケットからカサッと小さい音がした。

彼女の手紙。

テーブルにそれを置いてソファーの上で横になった。

クッションを枕に天井を見上げる。
だんだんとぼやけてくる焦点。
見ているようで、見ていない。
見えているようで、見えていない。
そんな感覚はラクで、ずっとこのままぼんやりと天井を見ていたいと思った。

でも眠ることが必要。そのための時間。

ゆっくりと目を閉じる。

何も見えなければ良いと願いながら。


いつも見てしまうから。


恐くて。


いつまで経っても。


忘れられないんだ。


あの曖昧な記憶でさえ。



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| 「僕の一日」  | 16:20 │Comments0 | Trackbacks0編集

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