僕の一日  9

目的地の駅に着き、人混みの中を歩いて改札口をでる。
病院まで歩いて10分。
そんなに有名な病院でもないし、大きくもない。
開業してまだ間もないようで、病院が入っているビルは新しい。
この病院を選んだ理由はとても簡単で、予約しなくても診てくれるということ。

もうひとつは自分にとって心地良い空気をまとう医者だったから。

病院に着くと、いつもの受付の人が「こんにちわ」と笑顔で挨拶をしてきた。
感情のこもってない挨拶を返し、診察券を渡した。
思いのほか空いていて、20分と経たないうちに「どうぞ」と受付の人に呼ばれた。

診察室に入った瞬間、その空気の強さに泣いてしまいそうになった。
この小さな診察室が目の前にいる医者一人の空気で満ちている。
これだけ空気を平然と背負っている人を、ほかに知らない。
胸の中に手を無造作に入れられたような感覚に陥る。
それでも嫌な感じは一切しない。
むしろ気持ち良いとさえ思う。

「珍しく早い時間に来ましたね。どうしましたか?」

俺を椅子に座るよう促しながら言った。
おそらくまだ30代半ば。若い医者だ。
同じ30代男性でこうも違うものかと、電車内での出来事を思い出す。

『はい。朝方、発作を起こしてしまって』

椅子に座りながら答えた。

「薬は飲ましたか?」

『・・・薬は無くて、それで今日もらいに来ました』

カルテに視線をおとすと、ほんの少しだけ表情を硬くして医者は言った。

「薬はこのまえ来た時に、ちゃんと処方したはずですよね。
 しかもまだ残っているはずです。どうしたんですか?」

一番聞かれたくないことを的確についてくる。
分かっているんだ。俺自身も。何を言われているのか。
だからこそ返答が出来ない。

「あれほど駄目だと言いましたよね?どの位、飲んだんですか?」

『・・・15錠ほど・・・』

「二度としないで下さいね。過剰に飲んでも逆に具合が悪くなるだけですよ」

『はい』

優しく注意をする。
別に珍しいことでもない。
こんな馬鹿なことをしている人間は。

「いま何を思っていますか?」

『え?・・・・特に何も』

不意をつかれた。
唐突な質問。

「自分を責める事はないですよ。
 あなたに今日、会えた人はラッキーかもしれないですね」

笑いながら医者は言った。

『何故ですか?』

「とても穏やかな顔をしているからです。発作を起こした後には見えないくらい」

『・・・・・』

無意識に左腕を掴んでいた。

「それから、なるべく自分を傷つけないで下さいね。大事な自分なんですから」

『・・・はい』

医者は穏やかにまた笑った。


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| 「僕の一日」  | 16:18 │Comments0 | Trackbacks0編集

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