僕の一日  4

ピーンポーン。

ボタンを押している時間と間隔で音の鳴り方が変わる機械式チャイム。
だから分かる。
そこに誰が立っているのか。

ピーンポーン。

また同じようにチャイムが鳴る。

玄関に向かうこともできず、ただテーブルの前で立ち尽くす。
呼んでいるのは分かっているのに、足が動かない。

「入るよ」

玄関の向こうから、近所に注意を払ったような声がした。
ドア越しに聞こえてきた声の主は知っている。


ガチャガチャ、カチャ・・・。


鍵を開ける音を聞いて確信する。
この部屋の合鍵を持っているのは、ただ一人。

静かにドアを開ける音がする。
ゆっくりと入ってくる足音。

「大丈夫?今日、早番なの覚えてる?」

視線だけ足音がした方へ向ける。
玄関にはいつもと変わらない彼女が立っていた。

少し眉をひそめて視線を受け止めた彼女が、靴を脱いで部屋へ入って来た。

体勢も変えず、ただテーブルの前で立っている俺の前まで来て、
持っていたカバンを静かに床に置いた。
酷く散らかった部屋は、彼女の目にどう映っているのだろう。

「・・・薬は?」

驚きもしないで、そう言いながらカバンからティッシュを取り出し、床に落ちた血を拭いた。
すぐそばに落ちていたカッターも拾い、刃を戻しテーブルに置いた。

返答がないのも気にせず、俺の代償の後始末をする。
カバンからハンカチを出して、まだ血が出ている俺の左手首を優しく押えた。

途端に気持ちが緩んだ。

泣きそうな気持ちになっていることに気づく。
きっと情けない顔をしている。
喉の奥が苦しくなっていくのを感じる。

返事も反応もしない事を咎めるでもなく、彼女はただ左手首を押えていた。

「大丈夫」

小さく呟く声を聞いた。
その声に返事をするように、静かに彼女の肩に顔を落とした。



彼女はバイト先の人で、別に自分の恋人でもなんでもない。
ただの仕事仲間。

俺も彼女もそれは分かっている。


「今日の朝は私が変わりに出勤するから、病院に行ってきたら?」

『・・・うん・・・ごめん』

なんとか声をしぼり出す。
彼女の肩に顔を落としたまま動けない。

「いいよ。気にしなくても」

『ごめん・・・』

何とか頭を持ち上げ、体勢を立て直す。
空いている右手で顔を覆った。

「じゃぁ、もう時間だから行くね」

彼女がハンカチはそのままにその手を自分から離す。
カバンを持つと、くるりと振り返り彼女は玄関へと向かう。
彼女が仕事に行く。
うつろな目で彼女の後ろ姿を見つめる。


彼女が行ってしまう。


彼女は靴を履いてドアを開けた。


待って。行かないで。


声にはならなかった。

静かにドアは閉まり、ガチャっと鍵をかける音がした。
足音が遠ざかっていく。

足音が聞こえなくなったのを確認してから、自分の腕にあるハンカチを見つめる。


病院に行かないと。
せっかく代わりにバイトに出勤してくれているんだ。


台所に行って、水道をひねった。
冷たい水が、血を洗い流す。


『寒い・・・』


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| 「僕の一日」  | 16:10 │Comments6 | Trackbacks0編集

コメント

どんな事情が……
こちら、読ませていただいています。
最初から読んでいてかなりつらーい(読むのがつらいのではなく、物語として、主人公の境遇がつらそう、と申しますか、うまく表現できなくてすみません)展開ですが、ハルさんの文章は読みやすいですよね。
物語はつらく苦しい男性の心模様のようですが、すーっと中に入っていけます。

この彼女とはこの先、どうなるのかな、とか。
それより前に、主人公さんにはどんな事情があるのかな、とか。

ゆっくり物語りに浸らせていただきます。

2012.08.25(Sat) 11:26 | URL | あかね|編集

あかねさま
ご訪問ありがとうございます。
来て頂いてるのに読むとイタくてすみません・・・
たまに自分で「はうぅ!なんかイタイ!!!」ってなります。
最初の方は特にそんな感じです。

生きるのことを辛いと感じている主人公がメインですが、周囲の人たちから見た彼も書く予定です。

最近、手の進み具合が悪いというか、思ってるようにいかないというか、
なんというか・・・・むーん、なんでしょうこの感じ。

更新はとにかく遅いですが、続けていきたいと思っているので、
どうぞよろしくお願いします。

2012.09.05(Wed) 23:34 | URL | ハル|編集

こんにちは。
まだ全貌が掴めません。
でも、私はこの方が好き。

良くある、前書きとかは、予断が入って面白くない。

主人公、年齢、性別、職業、性格、特技など・・。
読み続けていれば、分かる事だから。

あまり来れずに、ごめんね。
また来ます。
応援ポチ☆彡☆彡

2012.10.22(Mon) 14:46 | URL | 雫|編集

雫さま 2
続けての訪問ありがとうございますw
いつも思うのはもっとこう、明確に分りやすく!っていう・・・のが出来なくて、
いつも頭を抱えています。

私も前書きが苦手です。
読んでないのに、勝手にキャラを決めつけてしまうので、
それだけは避けようと必死です。
でも、肝心の文章で説明が出来ておらず、ぼやっとした感じになっているのを
どうしたらいいか悩んでいます・・・ガンバリマス!

2012.10.24(Wed) 00:25 | URL | ハル|編集

物語って
どんどん変わりますからね。
自分の気持ちの中で、それが自然だと。

でも、長編って、難しいですね。
何よりも、時間と体調の最低二つが揃わないと続けられないから。

私もひとつ、恋愛の長編を途中まで。
それも、もう10年前?ぐらいから、やっと10分の一ぐらい。遅!!
でも、不思議、最後は書けているんですww
また時間があれば、来ますね。。
応援ポチ☆彡☆彡

2012.10.31(Wed) 00:29 | URL | 雫|編集

雫さま
そうなんですよね!
いつになっても続きが出てきます。
この話もかれこれ6年くらい前のものです。
ふたりを何とか落ち着かせるのが当面の目標です。

忙しい中いつもありがとうございます!

2012.10.31(Wed) 00:46 | URL | ハル|編集

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