「君の手」 改正 後編




書類をもっていた手は止まり、目が一点だけを捉えた。

『・・・・あ、・・・』

声がまともに出なかった。

彼の顔が見たことのない表情になった。


「・・・あぁ、ごめん。 汚いモノを見せて」

私の表情に気付いて謝った彼の腕は、
今まで見たことのない腕だった。

身体を向きなおし、Yシャツを羽織って言った。

「初めて見る?こういうの」

『あ・・・はい・・・あの・・・』

「そっか、ごめんね。嫌な思いさせちゃって、
 気をつけてはいるんだけど、たまに気が抜けてたりすると、
 ボロがでちゃうんだよね」

俯きながら、少し口元を笑わせてみせた。

ゆっくりと彼に近付いて、彼の隣に立った。
俯いたままのその姿は、
いつも学校で見せている有坂雅哉とはまるで違った。

『どうしたの?その・・・腕・・・』

小さく聞いた。

「・・・・・」

『あ、ごめんなさいっ、あの・・・』

怒らせてしまったと思った。
すると、

「いいよ、こっちこそごめん。
 見たくもないもの見せてしまった」

『ううん、私は平気・・・大丈夫だけど・・・』

彼は、シャツの袖をまくってみせた。

「これはね、タバコの火を押し付けた痕。
 根性焼きとも言うんだけど、
 これは自分でやったわけじゃなくて、
 親に毎日やられていたんだ。小さい頃」

『・・・・』

「とにかく毎日やられてて、もう皮膚が再生出来なくなってしまって、
 こんな状態になってしまったんだ。
 もう、治らないんだよ、手術でもしないかぎり」

『・・・痛くは・・・ないの?』

彼はその言葉に、こっちを見て優しく笑った。

「大丈夫。痛みは感じないんだ、もう。」

『でも・・・』

何だか泣きそうになってしまって、口元を押さえた。

「慣れたよ、虐待も言葉の暴力も。もう慣れた」

『そんな・・・簡単に思えないよ・・・・』

ぱたっ、と涙があふれて落ちた。
彼はそれを驚いて見た。

『だって、痛いじゃない・・・・』

「何で泣くんだよ。阿部さんは悪くないのに。」

『だって・・・』

もう言葉にならなかった。



彼はそのカチカチになった皮膚で覆われた両腕を、
他人の目から隠し続けて生きてきた。
それは他人の目に映ることが、迷惑と考えて。
気持ち悪いものをみせるかのように、申し訳なさそうに、
まるで自分が悪いかのように。


彼は立ち上がって、私の頭に左手を置いた。

「ごめん、阿部さんは優しい人なんだね。
 そういう人に見せてしまうと、
 その人はその痛みを感じてしまう。
 だから人前に出さないようにしてるんだ。
 別にこのコト自体を隠すつもりはないんだけど。
 もう、気にしないで。
 今はされてないし、大丈夫だから。
 帰ろう。家に。」

『・・・・』

彼の言葉は優しくて、
ますます涙が溢れてきて、
どうしようもなく、悲しくなって切なくなって。
頭にある左手は冷たくて。

「さぁ、帰ろう」

ゆっくりと頭から手を離して、
私の手をとった。
驚いて顔をあげた。

「阿部さんの手は大丈夫。
 優しい手だよ。こんなことしない。」

ただ、彼を見た。

「ありがとう、泣いてくれて。」

『っ・・・・』

彼の左手を握ったまま、ぼろぼろと泣いた。





下駄箱を閉める音が、響きわたる。
多分、校舎には先生たちしかいない。

「うわ、今日は星がすごい」

空を見上げて彼は言った。

『・・・・』

確かに星はたくさん出ていて、とてもきれい。
でも、それ以上なにも感じなかった。

無言で空を見上げている私に声をかけてくれた。

「負い目を感じる必要はないよ 
 逆に俺が悪かったんだ。
 もう少し、気をつけてれば、こんな思いもさせずに済んだ」

『違!私は、・・・・
 私は、なんで泣いてるのかすら分からない・・・・』

「そんなものだよ。
 意味なんてなくていいよ。
 同情や慰めの言葉が欲しいわけでもない。
 最も、“かわいそう”とか“大変だね”
 なんて言われた日には、こっちが泣きたくなるけどね」

『・・・今までそうだった?』

「うん・・・みんな悪気はないのは分かってるんだけどね。
 後から、涙がでてくるんだ。
 別に、そう言った人たちに対しての怒りとかじゃないんだけど。
 何故か我慢ができない」

どんな想いを繰り返してきたんだろう。
家に帰って、自分が思う親はそこには無く、
あるのは恐怖と、消えない傷痕。
それを今は、全部を受け入れられているのだろうか。 
 
『聞いていい?』

「なに?」

『今も、両親と暮らしているの?』

「そうだよ、親二人と3人家族」

『・・・平気なの?』

「父親は最近じゃ、家に居ることのほうが少ない。
 母親は俺へ八つ当たりをするけど、
 もう俺の方が力が強くなったから、
 殆ど、泣きわめいて終わるかな。」

『・・・・』

「結局、母は父の暴力に耐えられず、
 俺へ怒りや悲しみをぶつけることで、
 自分を保っていたんだろう。
 でも、今じゃ下手に俺に手を出して、
 俺が怒ったりしたら、 逆にやられてしまうことを、
 父親を見てよく分かっている。
 だからもう、そんな酷いコトはないんだよ」

校舎を背に歩く二人の空気は、
とても冷たかった。

『高校生になって、逃げようって、思わなかった?』

その問いに、少し顔がこわばった。

「・・・何度も思ったよ。
 自分でお金も稼げる。
 高校へ行かなくても生きていける。
 一人で働いて、一人で暮らして・・・でも」

『でも?』

「残された母はどうする?」

思いもよらぬ質問がきた。

『どうするって・・・だって・・・それに苦しんで・・・』

「確かにそうだよ。でも、本当に俺が憎くて暴力をふるっていたのなら、
 何故、高校へ入れてくれたんだろう」

『・・・・』

「父親がほとんど家へ戻らなくなって、
 生活費さえ、まともに入れてくれなくなって、
 生活するのも必死な状態で、
 何故、俺を高校へと行かせたんだろうって思った。
 別に無理に行かせる必要なんてない。
 自分が苦労してパートに行くより、
 俺へ、“働け”と言えばそれまでだった。
 でもそんなことは一言も言わなかった。
 母の、俺への愛情だと思えた。
 謝罪にも感じられた。
 そういう形だけでしか、表現できないと。
 だから・・・・」

話を続けようとして、止めた。

「だから阿部さんが泣く必要はないんだよ」

立ち止まって、その身をかがめ、
私の視線よりも下からのぞいて言った。

「阿部さん、俺が見える?」

顔を覆っていた両手を少し離した。
そこには彼の笑顔があった。

「俺はね、笑えるようになったんだ。
 幼い頃は笑顔なんて知らなかった。
 そんなもの無いと思っていた。
 でも、今は笑えるんだよ。
 泣くことと憎むことしか知らなかった俺が」

『・・・本当に笑えてる?』

しゃくり声で聞いた。

「ホント」

にっこりと笑ってみせた。

『じゃぁ、どうしていつも同じ笑顔なの?
 何で一人で居るときとは違う表情なの?』

明らかに、彼の表情が固まった。
ゆっくりとしゃがんで、そのままうな垂れて言った。

「はは・・見抜かれてた?
 阿部さんてすごいね。
 兄弟いる?」

『妹と弟が一人ずつ』

「・・・そっか、だからかな。
 何か面倒見が良いって感じがする」

髪をかきあげながら言った。

「二人になつかれてたりするでしょ?」

『うん、結構歳が離れてるせいもあると思うけど』

「・・・へー、いいお姉ちゃんだね。
 俺も兄弟欲しかったなぁ・・・・
 楽しいんだろうな、家が・・・・」

彼の言葉が途切れた。

『あの、大丈夫?・・・あり・・・』

遮るように言った。

「何でだよ!!何で俺だけこんな目に合わなきゃなんねーんだよ!!
 俺が何したっていうんだよ!!
 俺だって当たり前に親に甘えたかったよ!!
 両親と手つないで、どこか旅行に行ったり、
 遊んだり!!
 良いことしたら、褒められたりしたかったよ!!!
 なんで!!誰か教えろよ!!!」

一気に感情があふれ出て、
一気に怒りがこみ上げてきて、
一気に悲しくなった。

しゃがんで、俯いたまま、

泣いていた。

『・・・・』

掛けてあげる言葉が見つからず、
ただ立ち尽くすしかなかった。




それから、時々、一緒に帰るようになった。
他愛もない話をした。
あの話はしなかった。
お互いにそれがいいと思っていた。

「ずっと疑問だったんだけど」

彼が言った。

『何が?』

「なんか、自惚れてるとか思われたくないんだけど」

『うん』

「なんで、女子は俺なんかに騒ぐんだろう」

思いもよらぬ疑問がきた。

『何でって・・・』

「別に俺じゃなくても、他にいるし・・・」

『うーん・・・難しい質問を・・・』

「だって俺はさ・・・」

言いかけて、俯いた。

『・・・・・』

「みんな、俺の本当のコトなんて・・・」

『本当のことは、話してくれないと分からないよ』

彼がこっちを向いた。

『だけど、みんなに優しいじゃない。
 多分、そういうとこ見てると思うよ。
 あとはカッコいいからかな』

「かっこいい?俺が?」

『え?言われたことない?』

「いや、あるけど・・・何か、よく分かんない」

『いいんじゃない?分かんなくて。
 逆に分かってて言ってたら、それって嫌味っぽい』

「・・・そうだね」

彼は笑った。
私も笑った。

「ありがとう」

優しい笑顔だった。

『・・・少し、やわらかくなったね』


ぽつりと言った。


「え?何が?」

『笑顔が』


彼の足が止まった。


「そう?」

『うん』

「そっか・・・きっと阿部さんのおかげだよ」

『え?』

「あの日、阿部さんが泣いてくれたから」

『・・・・』

「ありがとう」


彼は静かに、私の頭に左手を置いた。


「俺が他人に歩み寄ることを知ったのは、
 阿部さんがいたから」

「本当に感謝してるんだ。
 あの時、俺はラクになれた。
 重石が取れたように。
 軽くなったんだ。
 今まで、そんなこと無かったけど」

『・・・役に立てたのかな』

「もちろん。とても感謝してる。
 俺の話なんか聞いてくれて、思ってくれて」

『ううん、気になっていたから。
 いつも一人のとき俯いている姿が』

「・・・・うん、ありがとう」

二人で笑った。

私の頭の上にあった手が、ゆっくりと離れた。

大きな彼の左手に、
すっぽりと私の手が納まった。


にほんブログ村 小説ブログ 短編小説へ
スポンサーサイト

| 「君の手」 08.6.8 完 | 19:03 │Comments8 | Trackbacks0編集

コメント

いい物語ですね。
心が癒されていきました。

誰しも、秘密があるから。
どこかに瑕を持っているから。
それを受け止めてくれたとき
初めて、瑕が瑕で無くなる。。

>いつも一人のとき俯いている姿が

困った事に、私のが好きになる女性は
こんなタイプww
笑顔が素敵なのに、ふっと見せる孤独な
横顔。
気になってね。
そして、いい子よりも、悪い子が。
素直な子よりも、ひねくれ者が。
大人しくなくて、問題児が・・良くて。

みんなどこかに、瑕w持っている。
でも、その瑕が分かるのは
実は、私も同じような瑕をもっていたから
かもしれない。

だから、いいお話だなと。

コメントありがとうございました。
ブログは閉鎖します。

でも、時々時間が出来たら、
来て、読んで、踏み踏みして帰ります。

いままで、ありがとう。
写真も本当に、心で撮ったものだと
分かったから、使わせてもらいました。

では、また。★★

2008.06.16(Mon) 02:08 | URL | 雫|編集

きっと、何かしらの経験をつなぎ合わせてるのかもしれないですね。

私は秘密がありすぎるかもしれませんが・・・・
時々、
「いいのか自分・・・」
とか思います。


なんて自分の事はどうでもいいのです。
寂しいでございます。。

でも無理だけはしないで下さいね。
絶対に。

ではでは、また☆☆

2008.06.17(Tue) 17:54 | URL | ハル|編集

再び読ませていただきました~~。
やっぱりハル様の書かれる話は独特な雰囲気があって凄い好きなんですよね~~。
表現すると『ピュアな痛み』……みたいな感じですね、純粋でなおかつ痛い文章ですごくいいんですよね~~。読ませていただいてありがとうございます。
自分も感動してますので、自分のブログにもこのサイトを紹介したいな~~と思っているのですがよろしいでしょうか?

2009.06.14(Sun) 08:46 | URL | 才条 蓮|編集

Re: タイトルなし
再度のご訪問、本当にありがとうございます。。
リンクはぜひぜひ・です。

こんなへんちくりんなところですが、気が向きましたら、
どうぞ遊びに来てくださいませ。。

2009.06.15(Mon) 23:02 | URL | ハル|編集

切なすぎて
じわじわーと涙が出てきました。
私なんかは年も年ですし、かなりすれてきてますから、こんなストーリィ、書けません。
どなたかがご感想に書いておられた、ピュアな痛み、その通りですね。

ハルさんのストーリィ、好きです。
リンクさせていただいてもよろしいでしょうか?

2012.05.18(Fri) 17:15 | URL | あかね|編集

あかね様
そんな言葉を言って頂けるなんて・・・ホントに嬉しいです。
こちらこそ是非、リンクさせて下さい。
こっそりと読みに行きますので、これからも宜しくお願いします。

2012.05.22(Tue) 17:21 | URL | ハル|編集

それは他人の目に映ることが、迷惑と考えて
↑これ、ものすごくよく分かります。
ナメクジやゲジゲジや・・・とにかく、fateがぎゃあああっ! と感じるもの。それは、それ自体に罪はないんだけど、否応なく嫌悪を感じてしまう。その姿が醜悪だってだけで。
そして、醜いもの、おぞましい姿を怖いと思うのは、それは‘死’を連想させるからであろうと思う。
生き物は、・・・つまり、肉体を持って生まれてきた生き物は、魂がその肉体を離れた瞬間、形あったものとして朽ちて溶けて醜悪なものをさらしてしまう。
きっと、‘死’を恐ろしいものとして捉えている限り、それは変わらない。

自らの姿って、自分には見えない。だけど、相手の目にさらすことを悪い・・・と感じる。
気持ち悪いものに嫌悪を感じるのは、仕方のないことだから、と。

そして、この虐待というテーマ。
そして、涙の浄化。

ああ、だから何か近いモノを感じて、そして、ハルさんも樹と優ちゃんに反応してくれたんだ・・・と今更気づきました。

闇という氷が溶ける瞬間。
それは本当に些細なことで、心と心が触れ合っただけで成し遂げられるものなんだろうな、と感じました。

やはり、和の音楽が静かに旋律を奏でているような素敵な世界でした。

2012.06.27(Wed) 17:07 | URL | fate|編集

そう!蛾に罪はない!しかし私には絶対無理!!!!
どんなに小さくても見た瞬間、ダッシュで逃げる!!

人と違うものを隠してしまうことは、当然誰だってあると思っています。
良いものも悪いものも、他人と違うという意味で。
悪いもの、と思ってしまえば負い目を感じたり、
他人にどう見られるか怖かったり。

人間、その辺は正直ですよね。

昔は結構暗い話を書いておりました。
なんていうか、・・・・・・色で言うと黒に近いグレー?

2012.06.30(Sat) 01:52 | URL | ハル|編集

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://harl.blog40.fc2.com/tb.php/333-d88cff96

| main |

プロフィール

ハル

Author:ハル
  ↓ぽくっと↓

にほんブログ村 小説ブログへ
にほんブログ村
  ↑ぽちっと↑

このサイトに使用されている
画像、文章、その他を無断で掲載、転載、
複製することを禁じさせていただきます。

リンクフリーです

ブログ内検索

QRコード

QR

フリーエリア