春の一日 30

30

映画に集中していた石川の身体が揺れ始めたのは、1時間を過ぎたあたりだ。
力を失くしてカクンと前に倒れそうになる。

子供がアニメを見てる途中で落ちる姿とまったく一緒。

そのままソファーに寝かせて、彼女の部屋から布団を持ってきてかけてやった。


7時まであと1時間半、俺も眠ろう。

「ふぅ……」

こんな生活がいつまで続くのか。
俺自身、この生活を続けたいのか。

自分でもよくわからない。


ただ、手放したら何かしらの後悔はする気はする。


慌ただしくも俺に見合った生活があって、
万年寝不足の身体を引きずって働くことも悪くない。
そのうち、そうなっていく。

こんなことしていられるのは今だけだ。


寝息も立てずに眠る女を眺めながら、
仕事漬けになる日々を考えるなんて、不健康すぎる。

石川の耳にはピアスホールの痕が残っていた。
綺麗に治らなかったか。

「……また開けてやろうか」

髪の隙間から見える耳に触れる。
冷たい。

「……ん……」

「悪い、起こしたか」

「あれ……」

うっすら目を開けテレビの方を見つめる。

「進んでる」

「そりゃあね、続きはまたあとで。いまは寝なさい」

「……はい」


大人しく目を閉じる彼女の頭を撫でながら、
深い眠りにつくまで隣で映画を見た。


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| 「僕の一日」  | 17:06 │Comments0 | Trackbacks0編集

春の一日 29

29

振り向いた石川の目が大きく開いた。

視線を合わせるように首を傾けると、
彼女が怯えるように顔を逸らした。

「ふきこぼれる」

ぽつんと石川が言った。

「え?」

「牛乳」

「うわっ」

慌てて火を止める。

「やっぱり見えてない?」

メガネ部屋に置きっ放しだった。
極端に悪いわけではないが、こういうのは見えにくい。

とはいえ目の前にある顔の表情ぐらい読み取れる。

緊張を振りほどくように自分の頬を触りながら俺から一歩離れて、
温めたマグカップにココアを入れ、均等に牛乳を注いだ。

「俺が飲む?って聞いたのに」

「だって私が起きてたからでしょ?」

「そうだけど」


マグカップを持ってリビングのソファーに腰をおろし、
彼女がくるまっていた毛布を互いの足にかけた。

「寝なくて大丈夫?」

心配そうに彼女が聞く。

「大丈夫だよ、それより石川は平気なの?」

「あ……うん……ごめん」

「いや責めてるわけじゃないんだ」

「……寝ようと布団に入ると、目が覚めちゃうの。
 そのまま眠ろうとするんだけど全然ダメで」

「それは辛いな」


そういうのは酷くなる前になんとかした方がいいが…。


「雑音があると落ち着くっていうか、
 適当にテレビを見てると眠くなることがあるから」

「たぶん意識がテレビに向くことで
 頭の中で混乱しているのが幾分落ち着くんだろう。
 完全に止められなくても、
 ある程度紛らわすことが出来れば眠れるようになるんだろうけどね」

「そうかも」

「じゃあ、眠くなるまで映画でも見るか」

「え?いいの?」

「いいよ。言わなかった?好きに見ていいって」

プレーヤーの電源を入れ、テレビボードにしまってあるDVDを取り出した。

「なにがいい?洋画が多いけど」

「ほんわかするのがいいな」

「ほんわか?……うーん、ちょっとそういうのは……」


テレビの前で一枚一枚ジャケットを確認していると、
「見てもいい?」と一緒に探し出した。

「あんまりそういうのはないんだよなぁ」

「あ、これが良い」

「ん?どれ」

手にしているのはジブリのもののけ姫。
あまりアニメは見ないけれどジブリ作品は好きで購入している。

「いいけど、もののけってほんわか?
 だったら魔女の宅急便がいいんじゃないか?」

「え?!あるの?!見たい!」

「あるよ、ちょっと待ってね……えーと、あ、あった」

ディスクをプレーヤーに入れて再生させると、嬉しそうに笑った。

「メガネと毛布とってくるから」

「うん!」

ソファーの上で毛布にくるまり、
わくわくした顔で画面を見つめる姿をみて小さく笑った。

石川の場合、少し意識を変えさせれば大丈夫なんだろうけど、
それを自分の中でうまく出来ずにいるから苦しいのだろう。


自分の部屋に入って机の上に置いておいたメガネをかけ、
携帯と毛布を持ってすぐにリビングに戻ろうとドアを閉めてから、
慌てて部屋に引き返し、この部屋の鍵を手にした。



俺はどこまで気を抜いている。

疲れているだけ?
眠いだけ?


この程度、昔に比べればどうってことない。
まだ平気だ。

「……」

まだまだ、だ。


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| 「僕の一日」  | 04:00 │Comments0 | Trackbacks0編集

春の一日 28

28


お風呂から上がるとだいぶ落ち着いた表情をみせた石川は、
「今日はこのまま休む」と言って部屋に入って行った。

俺がお風呂から上がるのを待って話を聞いてほしいなんて言われたら、
正直、キツかっただろう。
あとで話聞くからなんて言っておいて、実際は体力の限界。

さっさと入ってさっさと寝ないと。

誰かと話したり立っているなら眠らずにいられる。
でもひとりでソファーに寄りかかってたら、もうアウト。


目覚ましに煙草を吸いたいが、
石川が泊まるようになってからは吸わないよにしている。
カバンに入れっぱなしだ。

バスラックのすみに置いてある小さなボトルに入ったシャンプーやリンスを見る限り、
明日にでも彼女のマンションに行かないと、色んなものが足りなくなる。
本人も1週間程度と考えてたんだろう。
まさかそれ以上ここに居ることになるなんて、
俺だって思ってもみなかった。
クリスマス前までには体調を戻してもらわないと仕事が回らなくなってしまうからと、
スタッフの健康管理を店長から任されていたけれど、
本来ならここまでする必要はないんだろう。


有利くんのところにもお弁当を買って持って通ったり、
病院に連れて行ったり。
俺は根っからの世話好きなのだろうか。

というより体調が悪いのを放っておけないというのが正しいか。



ベッドに倒れ込むように寝たのは日付が変わって夜中の1時半。
今日は俺も石川も早番で7時に起きれば十分に間に合うと、
携帯電話のアラームをかけたはずだったが……。


ブーブーとと勢いよく震えるバイブ音にたたき起こされる。
充電器に差し込んでサイドテーブルに置いておいたスマホを乱暴に取り上げた。

「……はい……うん、いや家……寝てた」

相手は父親だ。

「うん……うん、今から?
 それはちょっと……はい、キツイです勘弁してください……」

スマホで話しながら枕元にある携帯電話を開くと時刻は午前4時過ぎ。

「今日は早番で残業なければ18時までだけど……。
 そのあともちょっと用事がありまして」

石川の部屋に行って持ってくるもの持って、
遠赤ヒーターを買いに行く予定なんだけれど。

「あー……えーと、ちょっと……うーん、難しいかな……ごめん」

というのは言い訳で、単純に今は寝たいだけだし、
今日の夕方は石川のことをやらなきゃいけないだけなんだが。

「年明けまでは難しいよ……店が忙しくて残業続きだから。
 うん、うん……うん、分かった。
 どうしてもっていうときはスマホじゃなくて携帯の方にかけてきて。
 うん……じゃぁお疲れ様です」

通話を切りそのまま電源を落とそうとして、やめた。
そんなことしても、緊急時に困るだけだ。
そもそも俺の寝不足なんて大したことない。

「はぁぁぁぁ……」

深いため息をついてスマホと携帯を枕元に置いた。
布団を引っ張って肩まですっぽりと入り、
もう一度深い眠りにつこうと目をつぶった。


「……ん?」

寝直そうと布団にもぐり込もうとしたとき、
リビングの方から音が聞こえた気がした。

いま何か…。


部屋の鍵をはずして静かにドアを開けると、
リビングの方から光が漏れているのが見えた。

「……ふぅ」

眠れないのか。

「どうした?」

真っ暗な部屋の中、石川が毛布にくるまりテレビを見ていた。

「ごめんなさい、起こした?」

部屋の灯りをつけた。

「いや、石川のせいじゃないよ」

「テレビ見ててもいい?」

「いいけどこんな時間におもしろいのなんてないだろ?」

ダイエット効果を謳った食品の説明が、
軽快な音楽と一緒にテレビから聞こえてくる。

「うん、でも気は紛れるから」

寒いだろうとエアコンのスイッチを入れた。

「あ、大丈夫だよ」

「何言ってんの、身体冷えるよ」

「寝てていいよ、私が勝手に寝ないだけなんだし」

「そうはいかないよ、話を聞くって言ったしね。ココアでいい?」


そう言って返事を聞く前にキッチンに向かった。
後ろをついて来た彼女が冷蔵庫から牛乳を取り出し、
2人分を片手鍋に注いで火にかけた。

「ごめんなさい。なんだか頭がぐちゃぐちゃで……」

「うん、大丈夫だよ」

「大丈夫って……昨日だってほとんど寝てないでしょ?」

「ん?あ、俺?うーん、そうだね、でも今さっきまで寝てたし」

てっきりお風呂上りにしようとしていた話をするのかと思った。

「たった2時間半?」

「あら、バレてる?」

「だって鍵を閉める音聞こえるもん」

「そっか、そうだね、そういうのは響くもんね。
 ひとりでいるとそういうの気づかないから」

マグカップにココアを入れようとしたら「待って」と止められた。

「少しカップ温めるから」

「あ、そっか。うん、石川はいつもそういうとこ気を遣ってくれてるよね」

「そんなこと……」


恥ずかしそうに横を向く彼女の髪を一房つかんだ。


「石川はもっと自分がすごいってことを知らないとね」

「え?」

「ん?俺には真似できないことばかりしてるから」

「どういうこと?」

「言葉通りの意味だよ」


日本人らしいその黒髪を指に絡ませながら呟く。
どこまでも無防備で隙ばかりみせる。
信頼を寄せてくれるのは嬉しいけれど。


「斉藤さ……」


それを握りつぶしてみたくなる程度に、
俺は普通の男なんだと教えてやりたい。


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| 「僕の一日」  | 04:03 │Comments0 | Trackbacks0編集

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