春の一日 24

24


俺から微妙な距離をとってソファーに座った。
身を細め、両手は膝の上で握られていた。

「……石川」

「はいっ」

身体をわずかに硬直させ、こちらに目も向けず強張った声で返事をした。

手にしていた湯呑をテーブルに置いて彼女の頭に手を置いた。

「邪魔だなんて思ってないよ」

俺の言葉に顔を上げる。

「出ていって欲しかったらそう言ってるよ。
 ホントに迷惑だとは思ってない。
 石川は周囲に気を遣いすぎるから、
 他人の家にいると余計に疲れるんじゃないかと気になるんだ。
 具合悪くて買い物も行けないような状態じゃなくなったなら、
 自分の家に戻った方が精神的にも楽なんじゃないかと思うんだ。
 そのあたりはどう?」

わずかな沈黙ののち、口を開いた。


「……ここに居るのは平気。ホッとする」

「うん、わかった」


頭に置いていた手を離して湯呑に手を伸ばした。


「居ていいよ。いまは特に問題ないし、
 正直なところ、家事の一切やってくれてるから助かるんだ」 

「……ほんと?」

「うん。帰ってくれば食事が用意されていて部屋は綺麗で、
 洗濯にお風呂掃除もしてある。
 それってかなり助かることだよ、特に男はね」

「そう?」

「石川は家事が好きだから感じないだろうけど、
 大半の人は家事なんて面倒くさいものだからね。
 特に料理は1人分だけ作るのってなんだかね。
 だから……あ……」

「え?」

「そうそう、今日の食材。自分で買ったよね?
 いくらかかった?返すから」

「い、いらないよ!そんな!」

すっかり忘れていたお金のことを思い出し、
財布を取りに部屋に行こうとすると、慌てた様子で制止されえる。

「私が泊めてもらってるのに、そんないいよ!」

「石川の分余計に家賃払ってるわけでもないし、
 家事の一切してもらって食材まで買わせるわけにいかないよ」

「だって光熱費かかってるし!」

「たいして変わんないよ。
 普段はお互い家にいないし、
 洗濯だってお風呂の残り水使って俺のとまとめて洗ってるんだろ?
 石川がそういうの気にして無駄遣いしないようにしてるの分かってるから」

ムキになって拒んでいたが、頬を赤らめながら大人しくなる。

「自分のとこの家賃や光熱費を払ってるんだ。
 俺のところまで気にしなくても大丈夫。
 石川くらい節約上手な人がひとり増えたって、たいして変わらないよ。
 食材はお互い様っていうかもしれないけど、
 作ってくれてるのは石川だし、家事のお礼も込みで俺が払うよ。
 正直なところひとりでお弁当を買ってるときより安く済んでるから、
 逆に助かってるんだよ」

「はい……」

戦意喪失といった感じで脱力する姿を見て、つい笑ってしまった。

「え?!なんで?なにか可笑しい?!」

「いやいや、なんとか阻止しようとしたけど駄目だった感がね、おもしろい」

「だって!迷惑かけてるのにお金もらって買い物するって、なんか……」

「じゃぁ毎回一緒に行って会計のとき俺が毎回払う?」

「っ……」

「それも嫌でしょ?毎回付き合わせるわけにいかない、とか思ってるだろうし、
 食材買って男の人がお会計するっていうのも、ちょっと違和感あるんでしょ?」

「な、なんでわかるの?!」

顔を真っ赤にして困惑する姿が、
なぜかツボにハマってしまい、大笑いしてしまった。

「あははははは!」

俺をバシバシ叩きながら、
「笑わないで!」と叫ぶとこもまたおもしろくて、
数分の間どうでもいい攻防が続いた。


「ははははぁ、はぁ~……ウケる……。
 笑い泣きしたの久しぶりだ」

「もう、すごいこっちは気にしてるのにー」

ふくれっ面でにらみ返される。

「いや、だから気にするなって」

「うーん、だってー」

「そのくらい男に払わせろっていうこと」

「だって申し訳ないと思わない?」

「いやー、普通はラッキー!ついでに何か買って貰っちゃえ!
 ぐらいの女性が多いと思うけどね」

「え?!そうなの?!無理無理!
 そんなお金使わせるなんて、逆に疲れちゃう!」

想像通りの反応に胸の奥で安心しながら、
財布を取りに部屋に行こうとすると石川が後ろからついてきた。


「…………ドサクサに紛れて俺の部屋に入ろうとしてるだろ?」


俺の後ろにぴたりとはりつく彼女が、
鍵を開けようとしていた俺の服を引っ張った。

「なに?」

振り返るとさっきまでのテンションが嘘みたいな真面目な目を向けていた。

「名前……封筒に書いてある名前が、変だった。
 カード会社が間違って名前を登録しているとは思えない」

ついにきたか。

「いま説明するから、リビングで待っててくれる?」

背中を押して戻るよう促すと、
言うとおりにリビングへ入って行く。
それを確認してから鍵を開けて部屋に入った。

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| 「僕の一日」  | 00:57 │Comments0 | Trackbacks0編集

春の一日 23

23

夕食を終え、リビングで休憩しようとすると、
「お茶入れるね」と石川が言った。

俺のところに来て5日。
体調は思っていたより早く良くなったし、
今のところ「ぶり返し」はない。
仕事も家事も問題なくこなしているところを見ると、
すっかり落ち着いているように思えるが、
一向に自分のマンションに帰ろうとしない。

正座をして手際よくお茶を入れ、
ソファーにもたれ掛かっている俺に湯呑を差し出してきた。

「はいどうぞ」

「ありがとう」

出されたお茶を一口飲んだ。

「石川」

発した声はいつもより低かった。

「うん?」

何かに気づいて手にしていた湯呑をテーブルに置いた。

「体調はどう?元に戻った感じ?」

「……うん、一応」

「落ち着いたなら自分のマンションに戻れっていうことじゃなく、
 俺のとこにいて余計に疲れたりしないか気になってね。
 家事の一切をやってもらってるし、
 慣れない場所なら当然、疲れやすいと思って」

「そんなこと、ないけど」

不安そうな声で答えた。

「自分のところに戻らなくていいの?」


着替えも上着に関しては2日分しか持ってきてないと言っていたし、
洗濯しているから足りなくなることはなくても、
同じ格好ばかりでは仕事場のみんなに変だと思われる可能性もある。

長く居いれば他に必要なモノも出てくるだろう。

「……」

うつむく彼女から返事はない。
ということは、自分の部屋に帰りたいわけじゃないということか。


「石川」

名前を呼ぶと何か言いたげな視線を向けるが、返事はない。

「ここに居たいのならそれで構わないよ。
 ただ長期間居るとなると他にも必要となるものもあるだろうし、
 食料品も石川に買い出しに行ってもらう日もあるかもしれない。
 金銭的なこともあるから、ハッキリ言って欲しいんだ」


大事なこと、特に彼女自身の本音の部分になると言葉を詰まらせることが多い。
言いたいのに言えない。
言いたそうな表情も見せるが、口は開かない。

そうやって昔から自分を抑えてきたんだろう。
突然変わったりしない。


「石川」

手招きをして、隣に座るよう促した。


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| 「僕の一日」  | 00:29 │Comments0 | Trackbacks0編集

僕の一日 107

話が進まない歩さんの言葉に相槌を打ちながらお茶を入れ、
乾いていた喉を潤した。


『歩さんは……』

「あ、はい」

『お茶飲む?緑茶』

「飲みます。パックですけど」

『紅茶もおいしいけど、緑茶もおいしいよね』

「はい」

『こんな話で平気?それとも何かある?』

携帯越しに感じられる空気が緊張したのが分かった。

『無理にとは言わないけど話したいなら聞くよ』

「…………」


会話が完全に途切れ、沈黙が続いた。

大事なことを言おうとしているのは伝わってくるものの、
顔を見て話していないぶん、相手の状態がよくわからい。
何か言おうとしたところに、俺が口を挟んでしまうのは少し怖かったが、
あまり長い沈黙も負担だと思い、話題を変えた。

『歩さん、俺ね』

「はいっ」

ビックリした声がした。

『緊張しないで聞いてくれていいから』

「はい」

『さっき、歩さんから電話がかかって来る前ね、ちょっと滅入ってた』

「滅入ってた?」

『うん。いろいろあってね、考えてるうちにどんどん悪い方向に考えちゃって、
 駄目な方に気持ちが向いてた』

「大丈夫ですか?」

『もう大丈夫。
 歩さんが電話をかけてきてくれてよかった』


この電話がなかったら、多分、やってた。


『ありがとう』


歩さんの声を聞いた途端、頭の中にあったもやが消え、
ついさっきまでの自分が嘘みたいに心が軽くなった。


『ほんとに、ありがと』


こうやって素直に言えるのも、相手が歩さんだから。


『歩さん、聞こえてる?』

「……はい、聞こえてます」

声が震えていた。

『……なんで泣いてるの?』

「どうして、かな……嬉しかったから?」

『嬉しかった?』

「迷惑ばっかりかけて、なにも出来ないのに、
 そんなふうに言ってもらえるなんて、思っていなくて……だから、嬉しい」

『……ねえ、歩さん』

「はい」

『俺たちは似てるね』


数秒の間のあとに、「うん」と小さく呟いた声は、喜びと愁いを帯びていた。


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| 「僕の一日」  | 01:51 │Comments0 | Trackbacks0編集

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