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僕の一日 106

悪い方へ意識が傾いていき、気分が悪くなっていった。
少しの不安が過去の記憶を引っ張り出していく。

涙でにじむ目には携帯を握る左腕が映る。
塞がった傷口はかさぶたになり痒みを伴っていた。

ある程度治ると、どうしてもまた傷口を開きたくなる。

理由はわからない。

言えるのは血を見ると落ち着くというよりも、
傷付けて感じる痛みが、心を軽くしてくれるという事。
その痛みも感覚が鈍っているのかあまり感じず、
痛くてたまらない、ということはない。
注射なんかより、全然痛くない。

でも……やってはいけない。
もうやめようこんなこと。

これ以上傷の範囲を広げたら隠せなくなる。

新しい傷は作っちゃいけない。

やるなら同じとこ。

やるなら少しだけ。


少しだけなら。


テレビボードに片づけたカッターを取ろうと、ソファーから立ち上がり、
引き出しに手をかけてから目を閉じた。


駄目だ。
せっかくかさぶたになったものを、また開くなんて。
薬を飲んで眠れば大丈夫。
明日になれば彼女に会える。

大丈夫だから。
 
携帯を持つ左腕を右手で抑えながら、肺の奥深くまで空気を送り込む。

吐き出す息とともに流れる涙はあたたかく、心をこぼしていった。



大事なものが、中から消えていく。
大事にしたいのに、溢れ出ていく。

誰か、
誰かとめてくれ。



壊れてしまいそうなぐらい強く握っていた携帯が震えた。
ディスプレイに映し出された名前に涙が止まる。

『……はい』

溢れていた涙を拭って、通話ボタンを押した。

「あ、あの!夜分にすみません!」

緊張した高い声が耳に届く。

『……うん、大丈夫だよ』

頭の中に入って来た声は、意識をクリアにしていく。

「おととい会って頂いたばかりなのに、電話なんかして……」

『いいよ。いまは部屋にいるから』

「お休みだったんですか?」

『うん、明日は出るけどね』

「明日……」

言いたいことをなかなか口に出来ない性格だと気づくのに、
たいして時間はかからなかった。
自分の気持ちを口にできないところは、俺と似ていた。

『どうしたの?なにかあった?』

「いえ!そういうわけじゃないんですけど……」

『そっか』

「……」

『歩さん?』

「は、はい!」

『なにか話があるとかそういうことじゃなくて?』

「……あの」

『うん』

「私……」

『うん』

上手く話を切り出せずにいる歩さんの姿が目に浮かんだ。

「……すみません。
 用事があったわけじゃなくて、ただ……」

『……うん』


不思議と心は静まり、いつもと変わらない程度どころか、
心地よいほど穏やかになっていた。


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| 「僕の一日」  | 01:57 │Comments0 | Trackbacks0編集

僕の一日 105

俺と石川さんが体調不良から仕事を休み、
なにかとゴタゴタが続いていたが、
12月になってそれも落ち着いていつも通りのシフトに戻った頃から違和感があった。

彼女にも斉藤さんにも。


斉藤さんに関して言えば、俺が長い間休んで仕事に戻ったあたりから。

単純に考えるなら、
俺が何日も休んで迷惑をかけたから怒っている、という感じだと思うが、
どうにもそういうものじゃない気がした。
合わせて彼女の俺への気持ちが薄れているように感じた。

好意ではなく、優しさという意味で。


俺が雑貨屋で働き始めて間もない頃にリストカットがバレてからというもの、
仕事とは関係のないメールが彼女から送られてくるようになった。
内容と言えば俺の体調が悪そうだとか、無理しないようにだとか、
心配するものがほとんどだったが、
いつも彼女の意識の一部が俺に向けられているようで嬉しかった。
具合が悪いときは何も言わなくても気づいてくれて、
時間をみつけては部屋まで様子を見に来てくれた。

彼女の中で俺は特別なんだと、思っていた。

どんな気持ちであれ、俺へ向けられる彼女の気配は優しかったし、
心地よかった。


だからこそ、それが感じられなくなると、どうしようもなく不安になる。




斉藤さんとの買い物を終え、お店に戻っていつも通りに仕事をして、
定時に上がってマンションに帰り、遅い夕飯を食べてシャワーを浴びた。
買い物に行ったこと以外、特に何も変わらない一日だったけれど。

明日も仕事なのだから早々に休もうと思ったが、どうにも落ち着かない。

髪を乾かしながら仕事用の携帯に目を遠し、
いつものように簡単な短い文をそれぞれ返信した。
すぐに返事が来るものもあるが、
よっぽどでなければ続けてメールは送らないようにしている。
メールのやり取りが日課になっても困るし、
初めからあまり返信をしなければ、
意外と客はそんなものだと思ってくれる。
着信がある人にもメールで済ませている。

太客や一部を除いて、店の外での俺の対応は冷たいものだ。
それでお店に来なくなるならそれで仕方ないと割り切っている。
ある程度稼げていればそれでいい。


そう決めたのは2年前。


結構な額のお金も貯まったし、あとは月30万もあれば大丈夫だろうと、
ホストクラブで働く日数を減らして今の雑貨屋のアルバイトを始めた。

当然、金額的にはホストの方がいい。
だけど日中に普通に働けるのが嬉しかった。
朝起きて、夜帰って寝る。
ずっと憧れていた、普通の生活。
一緒に働いてる人たちもみんないい人で、特に彼女は優しかった。

だから……。


『俺のものじゃないのに』


いまはフリーでもそのうち誰かと付き合ったり結婚したら、
俺と連絡を取り合うこともなくなっていくんだろう。

そうなったらまた、ひとりになるんだろう。

寂しくないと言ったら嘘だけれど、たぶん大丈夫。
もう慣れたこと。
とっくに、ずっとずっと前から、寂しさや辛さを我慢することなんて。

見えている世界も感じている空気も共有できないのだから。


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| 「僕の一日」  | 03:09 │Comments0 | Trackbacks0編集

春の一日 22

22

有利くんとおつかいを済ませて店に戻ると、
「今日はもう帰っていいよ」と店長が言った。

俺がいない間さんざん迷惑かけたし、
かなり残業したりみんなの面倒みてもらってたから、
少しの時間だけど今日は早く帰って休んでくれ、ということだった。

寝不足だったし疲れていたのもあって、お言葉に甘えた。


「ただいま」

買い物はせずにマンションに帰ると、
驚いた顔で石川が玄関まで迎えに来た。

「びっくりした。遅番だよね?」

「うん、店長が帰っていいって。
 出張中に迷惑かけたからってさ。
 迷惑なんて思ってないし、仕事だから当然なんだけど、
 今日は人数間に合ってるし、あとは年明けまで忙しいから甘えさせてもらったよ」

「そっか」

靴を脱いで整えてあったスリッパを履くと、
彼女が慌ててキッチンに戻って行った。

「ごめん!いつも通りだと思って、やっと準備しだしたところだった!」

「いいよ、気にしないで。俺も手伝うから」

「そんな時間かからないから大丈夫。
 せっかく早く帰ってきたんだからゆっくり休んでてよ。
 あ、洗濯物乾いたから持って行ってね」

リビングのソファーにきっちり洗濯物がたたまれてある。

「なぁ」

「え?」

「毎食作って掃除やら洗濯までして、大変じゃない?」

「特に大変じゃないけど?なんで?」

「あー……いや、なんだか申し訳なくなるっていうか」

「どうして?お世話になってるのは私だよ」

「まぁ、部屋は貸してるし、料理は1人も2人も同じだろうけど、
 洗濯や掃除は大変だろう?」

「別に大変じゃないよ?
 掃除は簡単にクイックルワイパーで終わらせてるし、ルンバもあるし、
 洗濯だって突っ込んじゃえばあとは干すだけで、1回で終わるし」

「……え?なにお前……」

当たり前のように話しているが、最後の方がおかしい。
火加減を調節する彼女のそばに行って確認した。

「もしかして俺のと一緒に洗濯してる?」

「え?うん。どうして?なにかマズかった?」

呆気にとられる俺をよそに、野菜室からレタスとトマトを取り出して洗い始める。

「いや、俺は別にかまわないけど、嫌じゃないのか?
 おっさんのと一緒に洗って」

「特に気にならないけど……ずっとお父さんのと一緒に洗ってたし、
 別々に洗うと水道代もったいないでしょ?
 浴室の乾燥機だって無駄に使わずにすむし」

確かに浴室の暖房乾燥機を使っていいと言ったけれど……。
それはいま石川が使っている部屋に暖房はないから。

洗濯物はリビングのエアコンで乾かすしかなくて、
でもさすがにリビングに下着は干せないだろうと、
浴室の暖房乾燥機を使っていいと言ったわけであって。

なにも俺のまでキッチリ乾かしてたたまなくても、
寝室のエアコンで乾かせるのに。

しかもちゃんとリビングのエアコンの前にはバスタオルが干してあるし。

まったくの無駄がないというか、なんというか。

「うん、石川が嫌じゃないならいいんだけど、
 無理におっさんのパンツ洗わなくてもいいからね」

「平気だよー。
 そもそも斉藤さんはおっさんじゃないよ。
 その歳でおっさんとは言わないよ」

無駄なお金や時間をかけず家事をするとか、
そういったところしか考えていないのだろう。
俺が言っている言葉の意味も気づいていない。

その辺は相変わらず…。

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| 「僕の一日」  | 16:43 │Comments0 | Trackbacks0編集

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