春の一日 14

14

「どう?仕事は慣れてきた?」

「え?」

食べ終わるタイミングを見計らって、
文具店での話から本題へと話を切り替えた。
途端に困った表情を浮かべる。

「俺も店長も忙しさにかまけて、
 あまり石川さんのことフォロー出来ないでいるんだけど、
 なにか困ってることはない?」

誰だって新しい仕事を初めて間もないうちは、緊張や戸惑いがある。
慣れるまで仕方のないことなのだが。

「私……高校卒業して就職しないで近所のスーパーでレジをしていたんです。
 それ以外の仕事をしたことがなかったので、
 こうやって毎日違う作業したりいろんなモノを覚えるのが大変で……。
 なかなか覚えない私に相沢さんは丁寧に教えてくれて、
 本当に申し訳ないなぁって思うのと、
 思うように仕事が出来ない自分が情けないっていうか……」

だいたい想像していた通りの返事だった。

「もし俺が石川さんが勤めてたスーパーに、
 レジ担当のスタッフとして働き始めたとするよね?
 石川さんが先輩で俺の教育担当だったとして、
 働き始めて2週間経って俺がひとりでちゃんとレジできなくて、
 誰か隣についてくれてないと不安だと言ったら、
 石川さんは俺のこと、面倒くさいとか使えないヤツって思う?」

「……思わないです」

「でしょ?それと同じだよ。
 慣れない仕事ならなおさらだし、
 この仕事は細かくて覚えなきゃいけないことがたくさんある。
 商品も一定じゃないし、次々と新しいものが入ってくる。
 それに対応できるようになるにはそれなりに時間がかかるんだよ。
 俺らはそれを身をもって分かってるから、
 たかだか2週間で一人前になるなんて思っていない。
 むしろ分かったフリをされてミスされる方があとで面倒だ。
 分からないことは分からないと言ってくれていい。
 不安なら不安だと口にしてくれれば、俺たちは出来る限りフォローするし、
 それを解消出来るように対応するよ。
 何も言わなきゃ大丈夫なんだと思ってしまうから、
 正直に言ってほしいんだ。わかる?」


初めて働く場所だったら誰だって抱える不安や悩みを、
極端に大きく考えすぎてしまうのタイプなのだろう。
押しつぶされそうになっていたのかもしれない。

「迷惑に……邪魔にしかなっていないんじゃないかって……」

うつむきがちに話す声は震えていて、いまにも泣き出しそうだ。

「大丈夫だよ。
 少しずつ慣れていけばいい。
 君が思っているより、君はちゃんと仕事をこなしているよ。
 心配しなくても大丈夫」

「……はい」

「うん。大丈夫」


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| 「僕の一日」  | 00:49 │Comments0 | Trackbacks0編集

春の一日 13

13

今どき珍しく髪を染めたことがなく、化粧も最低限しかしていない。
格好もダサイわけじゃないがオシャレともいえない。
いたって普通。悪く言えば地味。
一般的に可愛いと言われる顔ではないが、だからと言って悪い顔でもない。
あくまで普通。

家事全般が得意で料理も掃除も好き。
年配の人に好かれるタイプ。
人見知りが酷いわけじゃないけれど、
初めて会った人と誰とでも仲良くなれるほど社交的でもなく。


9歳年上の俺から見れば、
石川はどこまでも普通でクラスに1人はいるような女の子だった。



初めてふたりで出かけたのは、店長におつかいを頼まれたときのこと。

「明日、出社前に斉藤と石川ふたりで、
 新しいラッピング用のリボンや包装をいくつか買ってきて欲しい」

というものだった。

アルバイトとして働き始めて間もない彼女が、
上手く仕事を出来なくて悩んでいるようだから話を聞いてみて欲しいというのが、
店長の本当の狙いだった。


翌日、大型文具店の開店に合わせて近くの駅で待ち合わせをした。
彼女は約束の時間よりも早く駅で待っていた。
いつも通りの姿で。

女性が俺とふたりで歩くとき、必ずと言っていいほどオシャレをしてきた。
デートとなればそれは当然なんだと思う。
石川とふたりで出かけるのは、店長に頼まれたものを買いに行くためであって、
デートではないのだからいつも通りで何もおかしくない。
いつも通りでいいし普通なのに、
それがなぜか嬉しくなって彼女をみつけるなり笑ってしまった。

「え?なに?どうしたんですか?」とおろおろする姿が可愛くて、
頼まれている買い物を後回しにして最初に話を聞こうと思い、
早めのお昼ご飯を食べに行こうと言うと、
「え?今から食べるんですか?
 買い物終わったらすぐに出社だと思って、お弁当作ってきちゃいました」
と、カバンを指さした。

恋人同士じゃなくてもふたりで出かけたりすると、
一緒にいる時間を少しでも伸ばそうと、
あの手この手を使ってくる女性が多かった中、
どこまでも俺の予想を裏切る石川の反応が新鮮で面白かった。


結局その日は食事はせず、店長に頼まれていたものを購入後、そのまま出社した。
俺たちの姿を見つけた店長が、
「もっと遅いと思って他のスタッフに出勤してもらってるから、
 そのまま社食でお昼食べながら休んでていいよ」と、気を利かせてくれた。

ふたりで社食に行ったことは一度もない。
新人だった石川の教育担当は相沢だったから、
そのままふたり一緒に休憩に行くことが多かったし、
基本的に休憩は1人ずつ行くようにしないと売り場が回らなくなるため、
休憩がかぶることがほとんどなかった。

「今日はいつものとこのお弁当じゃないんですか?」

カバンから財布を取り出し食券を買うと、めずらしそうに石川が言った。

「たまに社食の野菜炒め定食が食べたくなるんだよ。
 食べたことある?すごいおいしいよ」

「本当ですか?今度食べてみます!」

目を輝かせながら嬉しそうに笑うと、
「先に席についてます」と軽く会釈をして俺のそばを離れていった。
注文する列に並んでる間、彼女を眺めていると、
テーブルを拭いてから2人分の水を用意して、
そのあとはお弁当を広げず俺のことを待っていた。
携帯を開いたのもわずかな間。
すぐにカバンにしまった。
純朴そうな子だなぁ、と心底思った。


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| 「僕の一日」  | 01:35 │Comments0 | Trackbacks0編集

春の一日 12

12


人との付き合いは面倒なことが多いし、特に恋人関係になると厄介でしかない。
告白されてなんとなく付き合って、でもやっぱり面倒になって別れるの繰り返し。
相手を本当に好きだと思ったこともない。

相手も相手で目当ては俺の顔というのが多く、
人間関係に淡白なことなど気づきもせずに、
メールを毎日しなかったり週1でデートに誘わないと、
文句を言う女性が多かった。
俺の性格など知りもしないで好きだと言ってくるのだ。
仮に一目惚れで性格を知らなかったとしても、
好きな相手にある程度はペースを合わせたりするものじゃないのかと言いたくなる。

友達に「なんで女はあぁも面倒くさいのか」と聞くと、
「そりゃ、お前程の高物件を放置してたら誰に盗られるかわかんねーから、
 首輪をつけておきたいんだよ」と言われた。
「たまにメールしたりデートしたりするだけで満足する女はいないのか」と聞けば、
「そういう控えめな女が、派手で美人な女に囲まれてるイケメンに手を出すかよ。
 好きだと思っても告白する前に女どもにボコられるのが怖いんだよ」と、
目から鱗の回答をもらった。

確かに俺のことを好きだと告白してくる女性は、
綺麗で自分に自信あって飾りたてる人が多かった。

「女は化粧してオシャレするのが当たり前」と言われればそうなのだが、
それがあまり好きではなかった。
「じゃぁ地味でダサい女がいいのか?」と言われればそういうわけでもない。
「結局どっちなんだよ」という話になるが、
見た目を飾るのはいいが、中身まで飾られると嘘をつかれているようで嫌なのだ。

オシャレ=猫をかぶっている、と思っているわけじゃない。
けれど俺の彼女でいるために必死にメイクをして髪を整えて、
高価な服やバッグを身に着けて、見た目ばかりか性格そのものまで飾って、
変な女らしさをアピールする人が多かった。

俺の為に努力をしてくれていたのかもしれない。

でも俺は一度だってそれを求めたことはない。
俺の彼女として一緒にいて恥ずかしくない格好をしろだとか、
雑誌のモデルみたいにオシャレしろとか言ったことなどない。
なのに見た目に手を抜いたり、
女らしさが足りないと思われたらような行動をとったら、
その瞬間、俺が別れを切り出すんじゃないかと思っているらしく、
「世の男がいう理想の女」になろうと必死に繕っている女性ばかりだった。

繕うという事は、俺の前では素顔を見せていないということ。
だったら俺の彼女じゃなくてもいいだろう。

欲しいのは「斉藤葵」という彼氏。
自分の価値を上げるため、俺の彼女という立場が欲しいだけ。

今まで付き合った女性が全員そんな風に考えていたと思っているわけじゃないが、
そういう風に感じられる人が多かったから、
いつの間にか決まった女性を特別扱いするのが億劫になっていた。


そんな中、石川は俺にとって珍しいタイプの人間だった。



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| 「僕の一日」  | 03:49 │Comments0 | Trackbacks0編集

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