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春の一日 11

11


この部屋から追い出す理由をいろいろ考えていたが、やっぱり無理だ。
こんな素直に泣かれてしまっては。

「そんな顔、あんまり人に見せるものじゃないよ」

「……他の人の、まえで、泣かないもん……」

「泣き止んだら一度石川のマンションに行こう。
 携帯も置きっ放しだし、着替えも必要だろう?」

「いいの?」

「うん、さっきはごめん。ちょっと意地悪したくなっただけ」

頭を撫でるとまたぼろぼろ泣いた。

「あー、ごめんごめん、結構キツイこと言った」

「ううん、違う……私が悪いんだから……」

自己肯定が少し低いと普段の行動を見て分かっているけど、
何においても「私が悪い」の言葉で片付けてしまう癖は、あまり良くない。
何度かそのことを言っているが、今のところ治る気配はない。

「まだ8時過ぎたとこだから、その辺の店も開いてるだろうし、
 テイクアウトしてあとはコンビニでプリン買ってゆっくりテレビでも見よう」

「あした早番じゃない?」

「だったけど遅番と交換してもらったから大丈夫」

「そっか……」

「うん。だから安心しなさい」

「……うん。ありがと」

「おいで、部屋に入ろう」

前もってシフトを有利に交換してもらっていて良かったなんて一瞬思ったけど、
こうなることを予想していたからだ。
確信があった訳じゃないが石川は俺になら甘えてくれると心のどこかで思っていたし、
彼女の為になら貴重な時間を削っても構わないと思える。

家族以外の誰かのために時間を割くことを、
マイナスに考えないでいられる相手は石川が初めてだった。

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| 「僕の一日」  | 12:15 │Comments0 | Trackbacks0編集

春の一日 10

10

1時間程度の睡眠をとって、完璧な寝不足のまま出社し、
頭痛に悩まされながらもなんとか仕事を終え家路を急いだ。

マンションの地下駐車場に車を停めてエレベーターへ乗り込む。
思っていたより仕事が忙しくて帰って来るのが遅れてしまったが、
このまま石川を帰そう。
着替えもないし、携帯も持ってきていない。
このまま俺の部屋に泊まるにせよ、
一度は部屋に戻らないと、なんともならない状態だ。

急ぎ足でエレベーターから降り、503号室のドアにカードキーをさして鍵を開けた。

「ただいま」

家のドアを開けてふいに出た言葉に、自分で驚く。

誰かがいる部屋に帰るのは久しぶりだ。
このマンションに引っ越してきてからは、ほとんど実家に帰っていないし、
誰かを泊めたことも数えるほどしかなかった。

「おかえりなさい」

ぶかぶかの俺のパーカーを着て出迎えてくれた彼女を見つめた。
眠たそうだが顔色も良くなって少しは元気になったように見えた。

この足で送ってしまおう。
そうじゃないと……。

「体調はどう?大丈夫そうなら送るよ?」

視線を逸らし、靴を脱ぎながら言葉を続けた。

「明日はもともと休みだから、自分の部屋でゆっくり休んだほうがいい」

ふいに乱暴な言い方になって顔をしかめた。

「いつでもおいで」と言っておきながら、今度は自分の家に帰れと言う。
我ながら勝手だなと思う。

「あさっての出勤が難しいようなら明日の早いうちに連絡くれればいいから。 
 店長も帰って来たし、そんなに大変じゃないから無理しなくていいし」

ほら、口から出るのは冷たい言葉ばかり。
こんな言葉をかけたら石川がどう感じるか分かっているくせに。
俺が大人で余裕のある人なんて、それはみんなが勝手に思っているだけ。
もっともらしいことを堂々と言っているから、そんな風に見えるだけで、
俺はそんなに優しくない。

彼女の眠そうだった表情がみるみる強張っていく。

「うん……迷惑かけてごめんなさい」

袖から見える手は、強くこぶしを握っている。
泣きそうだ。

「いいよ、気にしないで」

立ち尽くすその横を通り過ぎ、ポケットから煙草を取り出しソファーに座った。
背もたれに重い身体を押し付け、煙草をくわえ火を付けようとして、やめた。

「煙草、嫌いだったな」

聞こえてるのかどうか分からないが、返事はない。

なにをイラついているんだ俺は。
たかが寝不足ぐらいで。

「石川」

呼んでみる。
が、反応はない。

手にしていた煙草をテーブルに置いて、廊下前に立つ。

「石川、寒いからこっちにおいで」

大きめの声で呼びかけると、数回首を横に振った。

「ごめ……帰る……」

かすかに聞こえた言葉は、いつもと同じ、いい子の返事。
その肩の震えを感じられるほどの距離まで歩み寄って、もう一度名前を呼んだ。

「石川」

いっぱいの涙をこぼしながら俺の声に振り返った。
それは久しぶりに見た本当の彼女。


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| 「僕の一日」  | 02:33 │Comments0 | Trackbacks0編集

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