春の一日 7

7

石川のマンションから車を走らせること40分。
10階建てのマンションの地下駐車場に車を停める。

「着いたよ」

焦点の合わない目で外を眺めている彼女に声をかけると、
数回まばたきをして、車から降りた。
いつもよりずっとゆっくりと歩く彼女に歩幅を合わせ、
エレベーターに乗り込んだ。

5階の503号室。
コンビニやスーパーが徒歩圏内にあり、
最寄駅も徒歩10分程度というこのマンションを購入したのは4年前。
中古だったが充分すぎる物件だった。

カードキーでドアを開け「入って」と彼女の背を押した。

「適当に座って。眠かったら寝て構わないから」

リビングのソファーに座らせた。
ここのところ忙しかったのもあり、部屋は散らかっている。
とはいっても食べ物や服が散らかっているわけではなく、
仕事で使うパンフレットや書類が散乱してる程度。
ちなみに床掃除はルンバにまかせきりだ。

ただ部屋の一点を見つめる彼女に、
自室のクローゼットからパーカーと持ってきて、着るように言う。
エアコンのスイッチを入れ、テーブルの上を片づけたあと、
ポケットにしまっていた彼女のマンションの部屋の鍵を渡した。

「はい。なくさないでね」

「……うん」

「それじゃぁ俺は近くのコンビニに行って朝ごはんを買ってくるよ。
 すぐに帰って来るから待ってて」

「うん……」

「よし。行ってくる」

玄関のカギを閉めて、近くのコンビニへ歩いて行った。
あの様子だと彼女が眠りにつく頃には仕事に行く準備をしなければならない。

「キツイなぁ……」

一番の問題は石川の分の布団がないことだ。
部屋は余っているが、あいにく布団は俺の分しかない。
いまのベッドにしてからそれまで使っていた敷布団はしまってあるが、
半年以上、干していない……さすがに使えない。
かといって俺の部屋にに入れるわけにもいかないし。

彼女にはソファーに寝てもらって、俺が使っている掛布団を貸せば寒くはないだろう。
仕方ないから俺は毛布とタオルケットで我慢しよう。

そういえば有利はいつもソファーで丸くなって寝ていた。
ベッドを置いても問題ない広さがある部屋なのに、
あるのはソファーにテーブル、テレビ、物干しスタンド程度で、
必要最低限のものしかないようだった。
台所には冷蔵庫とレンジ、小さな食器棚があるだけ。
シンプルというより生活感があまり感じられない部屋で、モノがとにかく少ない。
テレビボードに小物やブレスレットのほかにメガネケースが置いてあったが、
部屋を飾るものは何一つなく、CDや本すら見当たらなかった。
大きいクローゼットがあったから、そこに収納している可能性はあるが、
それにしても寂しい雰囲気が漂う部屋だった。

対して石川の部屋はカーテンやカーペットの色が揃えられており、
所どころに小物が飾ってある、やわらかくかわいい部屋だ。
CDや本はきちんと整頓されて棚に並べられており、
アクセサリー類も収納ケースに片づけられていた。
彼女がこまめに掃除しているのが容易に想像できる、そんな空間。
台所にはこざっぱりしていて、置いてあるキッチン用品や食材は、
常に料理をしていること感じさせるものばかりだった。

俺の部屋といえば、もともと家具が備え付けてあったため、
配置や色調に悩むこともなかったが、
唯一、頭を抱えたのは、何冊あるかわからない大量の本だった。
本棚を自作することも考えたが壊れたりしたら面倒臭いので、
店舗用の什器を購入した。
寝室の壁一面本棚にしても収まりきらず、
物置部屋として使っている部屋にも什器を置くことで、なんとか解消された。


部屋を見るとその人のことが結構分かるのだけど。

「有利は自分のこと以外は信用しないからなぁ」

そんな人間が彼女にだけ心を許したのにはきっと何かあるんだろう。
理屈じゃなく本能的な部分で。

「……親が死んでるとか……」

口にしてからその可能性を考えた自分をいやらしいと思った。

嫌だな。
こういうのは。

細かいことに気づくからこそ、相手に不快な思いをさせずに済むこともあるけれど。
痛みの増す頭を押さえながら、
昼夜問わず煌々と電気のついているコンビニへ入って行った。


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| 「僕の一日」  | 15:43 │Comments0 | Trackbacks0編集

春の一日 6

6

「眠るまでそばにいてね」という石川の手を何も言わず握ると、
安心した様子で程なくして眠りについた。

「ふぅー……」

どっと身体の奥から疲れがあふれてくる。
おととい休んだだけで、それまで毎日オープンからラストまでの勤務に加え、
帰りに有利の部屋に寄って様子を確認する日々。
有利が落ち着いたかと思いきや今度は石川が倒れる。
連鎖的に他のスタッフが倒れなければいいけど……。


日付が変わり夜中の2時過ぎ。
今から帰ってお風呂に入って……布団に入るのは4時を過ぎそうだ。
寝息も立てずに眠る石川を起こさない様にそっと部屋を出た。
この部屋の鍵は常にシューズボックスの上に置いてあるから、
かけたあとにハンカチにくるんでドアポストに入れればいい。

マンションの外階段を降り、集合ポスト前を通り過ぎようとしたとき、
ドアを開ける大きな音が、歩いてきた方から聞こえた。
サンダルを引きずりながら俺の方に歩み寄ってくる姿を見て、
今日、ここに来たことを少しだけ後悔した。

「石……」

言いかけたと同時に声を殺して泣き出す石川の肩を抱きとめてやるしかなかった。
力いっぱい俺の服をつかむ手は、震えていた。

「外は寒いから部屋に戻ろう」

こんな状態でひとり置いていくのも心配たが、今日も仕事なのだ。
ずっと一緒にいるわけにもいかないし、こればかりはどうすることもできない。


マンションの通路を照らす照明がジジッと音を立てながらと点滅を繰り返す。
返事のない彼女の背をさすりながら、外に視線を流した。


こんなこと前にもあったな。
寂しがり屋のくせに、「大丈夫だから」と強がることが多かった。
わがままをいう事もなくて、いつも笑ってて。
でも我慢できずに時々泣いてしまう。

そんな彼女を可愛いと思っていた。

でも、もう。


冷たい風のせいで真っ赤になっている彼女の両耳に手をやると、
反射的に身体をビクつかせた。
いまは塞がってしまっているピアスホールの痕に触れながら言った。

「部屋に戻るのは嫌?」

小さく頷く姿に心の中でため息をついた。
彼女が落ち着くまで部屋着姿のまま外に置いておくなんて出来ないし、
俺もここにいるわけにもいかない。

「わかった。今日は俺の部屋に行こう。それならいいでしょ?」

シャツをつかむ手の力がゆるんだ。
持っていたジャケットを彼女の肩にかけ、近くに止めてある車へと足を進めた。

冷え切った車の後部座席に彼女を座らせ、
部屋に戻りたくないと言う彼女の代わりに鍵をかけに行く。

目の奥が鈍く痛むのを感じながら、懐かしい記憶をたどった。


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| 「僕の一日」  | 02:01 │Comments0 | Trackbacks0編集

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