春の一日 5

5

自分を大切に出来ず、自信も持てず、自分自身のことすら理解できない彼女は、
他者に必要とされることが必要となってしまっている。


自傷行為をやめられない有利の世話をしても、
たとえ彼が好意を寄せたとしても、
彼の病んでしまった心の回復を遅らせているにすぎないのだ。


辛い思いをしている人を助けたり、共感してあげたり。
そんなことを繰り返すことで、いつか自分を許せるときが来ると彼女は信じている。


違うよ、違うんだ。
はじめから誰も責めてはいないんだ。
君の責任じゃないんだよ。


失ってしまったのは君のせいじゃないんだ。


毎年訪れる寒い季節も、真っ白な雪も、君を責めているわけじゃない。

そう言えたらどんなにいいか。



「もう休もう。石川が眠るまでここにいるから」

「ほんとに?」

「うん」


深く息を吸い込み俺の肩に額を押し付けて、「ごめんなさい」とつぶやいた。


にほんブログ村 小説ブログへ
スポンサーサイト

| 「僕の一日」  | 16:48 │Comments0 | Trackbacks0編集

春の一日 4

4

石川の調子が良くないことは分かっていた。

兆候はあったのだ。

有利が飲み会で倒れる前から、様子がおかしいことに気づいていた。
それは他の人は気づかない程の小さな変化だったし、
おそらくそれだけで体調を崩すことはなかったのだと思う。

けれど有利が10日近く休んだのと店長の出張が重なったことで、
その穴を埋めるため俺と石川と相沢3人でお店を回さなければならず、
当然休日などなく、1週間以上続けて働いたことが、
肉体的に大きな負担となってしまったのだ。
身体への負担が大きければそれに比例して精神的にも疲れやすくなる。

「……誰の、せいでもないから……」

苦しそうにかすれた声で吐き出した言葉は、きっと有利に向けてのものだったのだろう。
俺はその言葉に返事はせず、一回だけ彼女の髪をなでた。

そのあとは酷く呼吸が乱れることはなく、ゆっくりと元通りの状態に落ち着いていった。
のどが渇いたという彼女にお茶の入ったマグカップを差し出しながら言った。

「石川は、優しすぎるんだよ」

自分に酔ってるだとか悪い方に受け取る人もいるだろう。
優しさが人を追い詰める時があると有利には言った。
確かにそれもあるが、あくまでそれは彼から見た場合の話だ。

見落としてはいけないのが、彼女自身が無意識に他人へ逃げているということだ。


他人の問題に首を突っ込み、他人の感情を自分のものとして捉え、
相手が起こしたことの責任を取ろうと夢中になり、自分のことはおざなりになってしまう。
相手にありがたがられたり、好意を寄せられるなどの報酬を、
無意識に期待している自分がいることを知らず。


共依存、という言葉を、きっと彼女は知らない。



にほんブログ村 小説ブログへ

| 「僕の一日」  | 01:29 │Comments0 | Trackbacks0編集

春の一日 3

3

石川と一緒に遅い夕飯を食べた。
食べるペースを合わせながら、当たり障りのない話をした。
俺の話に頷くでもなく黙って菓子パンを食べていた。
前もこんな感じだった。
ご飯を食べてしっかり眠れば元に戻るだろう。


彼女が菓子パンとプリンを食べ終えるのを待って帰る準備をした。

「じゃぁ、帰るよ。明日の仕事は大丈夫だから。
 店長も帰って来るし、他のスタッフも出てくれるから」

「有利くん?」

「うん」

「どうだった?」

「大丈夫。元気だったよ」

「そう……良かった」

ホッとした顔をしながらベッドへと横になった。

「石川は……」

言葉を切った俺の顔を見て不思議そうな表情をした。

「いや……なんでもない」

俺がそれを聞く権利はないだろう。
知ったところでどうなるわけでもない。

「なにかあったら連絡くれればすぐ来るから」

「明日は早番?」

「うん。明日は有利くんと俺が早番、
 相沢が遅番で志季が17時に来てくれるよ」

「もしかしてフルで働くの?」

「一応店長が夕方には出張から戻って来れるらしいから、
 そうしたら定時で帰るよ」

「そっか……」

申し訳なさそうな顔をする彼女の額に手をやる。
伝わってくる熱は少し高い。

「熱あるな。何度だった?」

「37度ちょっと……」

「ホントに?」

枕元にある体温計に手を伸ばすと「ダメ」と止められた。

「やっぱり。ホントは何度?」

「……38度」

「ちょっと高いね。顔に出てないから分からなかった。
 明日、病院に送ろうか?
 放っておいて前みたいに長引くとつらくなるんじゃないか?」

「……今回は大丈夫。疲れただけ」

「分かった。明日仕事帰りに寄るから」

テーブルの上のごみを片づけ、ジャケットとカバンを手にし、
「じゃぁ、帰るね」と言って玄関に向かうと、後ろから彼女がついてきた。

「今日はありがとう」

「うん。ゆっくり休んで」


近所迷惑にならないよう静かにドアを開け外に出た。
閉まるドアの隙間から手を振る彼女が見える。
笑って手を振りかえし、そっとドアを閉めた。

足音が響かないよう静かに歩き出し、3部屋隣のドアの前で立ち止まる。

「……」

静まり返った夜の11時。
近くを通る車の音が耳をかすめる。

わずかな時間考えてから、彼女の部屋の前まで戻り、ゆっくりとドアノブを回した。
鍵をかけるために玄関までついて来たと思ったが……。

数センチほど開けた隙間から見えたのは。

「石川!」

玄関前でうずくまっている彼女の姿。
力任せにドアを開けた。

「どうした?大丈夫か?」

ガチャンと音をたてて閉まるドアの音にビクっと肩を震わせた。

「石川?」

呼吸が少し乱れている。
過呼吸だ。

「うん……まずは部屋に入ろう。ほら」

彼女を立たせたあと、肩を支えながら部屋に戻りベッドへ寝かせた。
布団をかけてやり、彼女の手を握り床に腰をおろした。

「ごめん、無理をさせ過ぎた」

俺の言葉に対し首を横に振ると、ぼろぼろと泣き出した。
テーブルの上にあったティッシュを枕元に置いて、状態が落ち着くのを待った。



にほんブログ村 小説ブログへ

| 「僕の一日」  | 02:34 │Comments0 | Trackbacks0編集

| main |

プロフィール

ハル

Author:ハル
  ↓ぽくっと↓

にほんブログ村 小説ブログへ
にほんブログ村
  ↑ぽちっと↑

このサイトに使用されている
画像、文章、その他を無断で掲載、転載、
複製することを禁じさせていただきます。

リンクフリーです

ブログ内検索

QRコード

QR

フリーエリア