僕の一日 84

俺はミルクティーを、歩さんはカルピスを手に席に戻り、
運ばれてきたサラダを半分取り分けて、歩さんの前に置いた。

『食べられないなら残していいから』

「いえ!いただきます」

箸を持つ手が緊張しているのが分かった。
俺の前で食事をすること自体がとても神経を使うことなのかもしれない。
話せるとはいえ、俺も男なわけだから。

『もしかして学校帰りにそのままお店に来た?』

歩さんの食べるペースに合わて、ゆっくりとサラダを食べた。

「はい、今日は5時半まで講義でした」

この近辺に大学があるとは聞いたことがない。
どのあたりに住んでいるのだろう。

『家に帰らなくて大丈夫?親に怒られたりしない?』

「ひとり暮らしなので、その辺は大丈夫です」

『終電時間過ぎたけど平気?』

「タクシーで帰ろうと思っているんですが、結構かかりそうでちょっと怖いです」

箸を止めて心配そうに外を見た。
いまならタクシーは駅に行けばいるだろうけど、
それも時間が遅くなれば話は別になる。

『もしかして遠いの?』

「少しだけ、電車で40分ぐらいかかります」

『……もしかして、S大学?』

「そうです」

強張った表情を、一瞬をしてしまった。
S大学はこの間痴漢に襲われていた人が通っていた大学と同じだ。
あの近辺に住んでいるのか。
となるとバッタリ会う可能性も少なくない。

『どうしてこんな遠くに?
 あの辺にもホストクラブがあるはずだけど』

「近くだと同じ学校の人に見られる可能性があるから、
 遠くに来ればいいかなって思って……」

『そっか、そういうのは気になるよね』

確かに大学生がホストクラブに通っているというのが噂になったりしたら、
面倒なことになるかもしれない。

俺があの部屋に引っ越したのは、時間をかけて来ることで、
その間に意識をうまく切り替えられれば、という事を考えてのことだったが、
知ってる人になるべく会わないようにするためでもある。

誰だって同じことを考える。
とても単純なこと。


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| 「僕の一日」  | 01:21 │Comments2 | Trackbacks0編集

僕の一日 83


もうすぐ閉店という時間になり、自分の客が全員帰ったのを確認したところで、
「外でお客と会う約束をしている」という理由で、先に帰らせてもらうことにした。

お店を出て歩きながらポケットに入れていたメモを取り出し、
可愛らしい文字で書かれた番号に184をつけて電話をかけた。

「はいっ、もしもし!」

2コール目でつなるがる。

『すみません、お待たせして。
 いま終わったんですが、どこにいますか?』

「あ、あの、駅前のファミレスにいます」

『わかりました。10分くらいで着くと思うので、もう少しだけ待っていてください』

「はい」

『じゃぁ、切りますね』

駅前のファミレスなら午前2時まで営業している。
でも歩さんの家はどこなのだろう。
歩いて帰れる距離だというならいいが、
電車で来ているというなら帰れなくなる。

まぁ、子供じゃないんだからその辺はちゃんと考えているだろうけど。

ほどなく駅前のファミレスに着き店内に入ると、
奥の席でぽつんとひとりで寂しそうに座っている歩さんがいた。

『すみません、お待たせしました』

俺の姿を見て、ホッとした表情をみせた。
歩さんとは反対側の席にコートを脱いで座り、水を持って来た店員に、
『ドリンクバーで』とメニューも開かずに注文した。

店員がいなくなってから、『なにか食べませんか?』と、
歩さんへ向けてメニューを開いた。
テーブルにはティーカップが1つあるだけ。
夕飯分を食べたにしてもお腹が空いてくる時間だ。

「あ、いえ、私はもう夕飯食べたので平気です」

顔を真っ赤にして慌てた様子で返事をする姿に、
昨日とは違った空気を感じた。
数時間前もこんな感じではあったが。

伝票立てに入っている用紙に視線を落とすと、
ドリンクバーしか頼んでいないことが分かった。
卓上ベルを押し、メニューをしまいながら質問をした。

『好き嫌いありますか?』

「え?特には……」

『サラダなら夜食べても大丈夫ですよね?』

「え、っと、はい」

『じゃぁ、はんぶんこで』


ハンディ端末を手に元気よく「ご注文をお伺いいたします」と笑顔で接客する店員に、
シーザーサラダを注文した。

「夕飯は食べたんですか?」

店員がレジへと向かったのを確認してから、
大きく深呼吸をした歩さんが話しかけてきた。

『いえ、食べてないんですがお酒を飲んでいるので、
 そんなにお腹は空いてないんです。
 とはいえ何も食べないのも身体によくないので、あっさりしたものをと思って』

静かに席を立ちあがり、テーブルの上にあった空のカップに手を伸ばすと、
慌てた様子で「自分で行きます!」と歩さんが立ち上がった。

「いまは仕事中じゃないんです。だから気を遣わないでください」

発せられた言葉に自分が仕事で客を相手にしているときの口調だったことに気づく。
普通に話してほしいと言われていたこと、
いまはホストとしての仕事ではないことを忘れていた。

『ごめん……そうだよね。
 一緒にドリンクをとりに行こう。
 サラダはちょっと量が多いから少し食べてもらえるかな?』

「はい」

一緒にコンビニに行った時のような声で話しかけると、
目を細めて嬉しそうな声で返事をした。


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| 「僕の一日」  | 02:19 │Comments2 | Trackbacks0編集

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