僕の一日 82

間もなくオープンという時間に、あわてた様子で斯波くんが走って来た。

「あの!外にっ……」

『ん?俺のお客さん?』

「昨日の……」

『……え』

まさか。

裏口から走って店の入り口に向かうと、他の店のホストに話しかけられている歩さんがいた。
細く華奢な体に不釣り合いな大きいトートバックをバリケードのように胸元で強く抱き、
肩までの黒髪を揺らしながら必死に首を横に振っていた。

『その人は僕のお客様です』

俺の声に振り返った歩さんが、そのきれいな目に涙を浮かべて駆け寄ってきた。

「っだよ、言えよっ!どーもスイマセンでしたー」

金髪の長い前髪をかき上げながら俺へ向かって軽く頭を下げ、
舌打ちをしつつも一応謝罪の言葉を口にし、
ズルズルと先の尖った靴を引きずりながら去って行った。

『どうして……こんなとこひとりで歩いてたら、
 ああいうホストに声かけられて当然ですよ?
 なんで来たんですか?
 あれほどやめた方がいいって言ったのに!』

俺の背に隠れる歩さんに、つい責めるような言葉を吐いてしまう。

「ご、ごめんなさいっ……でも私……」

そこまで言うとうつむいて黙り込んでしまった。
厄介なことはお断りだし、学生に客になって欲しくない。

ここで突き放してしまえばいい。
……でも。

なんとなく放っておけない、何とかしてあげたいと思う気持ちがあった。
この気持ちはたぶん、斯波くんに感じたものに近い。

自分と同じ、心に傷のある人。

目線の高さが合うように身体をかがめた。

『歩さん。
 歩さんがどうしてもうちの店に入りたいっていうなら止めないけど、
 昨日みたいに対応するのは難しいし、特別扱いできないよ?
 僕が席をはずしている時、ひとりで大丈夫っていうならいいけど、
 たぶん無理だよね?』

上目使いで俺の顔色をうかがいながら小さく首を縦に振った。

『お店が24時までだから、そのあとなら時間を作れると思う。
 たぶんアフターもないと思うし。
 それまでどこかでひとりで待っていられる?』

大きな目を潤ませながら「待ってます」と小さな声で返事をした。
なんとなく歩さんの話の内容は想像できるけれど、
この場で「はい、そうですか」と言っていいものじゃない。

『じゃぁ、携帯の番号教えてもらえる?終わったら連絡するから』

その言葉に顔を赤らめ、カバンの中から手帳を取り出し、
番号を書いたメモを渡してくれた。

『この界隈はほとんど飲み屋だから、あまりうろつかないこと。
 さっきみたいに声かけられるから。わかった?』

「はい」

『じゃぁ、5時間後に』

番号の書かれたメモをポケットにしまい、店の中に戻った。

1時間くらい相手にすれば歩さんも満足してくれるだろうし、
それ以上は丁寧にお断りすればいい。
歩さんの中にある感情を本人はどう認識しているか分からないが、
刷り込みに近いようなものだろうから、時間が立てば俺への感情も薄れていくだろう。


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| 「僕の一日」  | 01:36 │Comments2 | Trackbacks0編集

僕の一日 81

スナックやバー、高級クラブがひしめき合う歓楽街を歩いていると、
自然と別の自分が顔を出す。
心の中がスーッと冷めていって、「あくまで仕事」と冷静に判断できるようになる。
そのせいか雑貨屋で働いているときのように、ちょっとしたミスでへこんだり、
突発的なことに慌てたりすることもない。
携帯を破壊された時ですら、「あぁ、買い直すの面倒くさいなぁ」と思ったぐらいだった。
これが普段だったら軽くパニックになっただろう。

「有利さん、お疲れ様です」

勤めているお店が入っているビルの狭い階段を上ろうとしたところに、
後ろから声をかけられた。

『斯波くん。お疲れ様、学校は?』

「今日は3時で終わりだったんで」

『そっか、じゃぁ今日もなにかあったらよろしくお願いします』

「はい。わかってます」

内勤の斯波くんには色々お世話になっている。

大学生である彼と出会ったのは7月。
電車の中で具合が悪くて倒れそうになっていたところを、
俺が助けたのがきっかけだった。

その日は雑貨屋の仕事もホストの仕事も休みで、
体調も良かったので精神科に行って薬をもらった後、
映画でも見に行こうと考えていた。
満員電車の中、運よく座ることが出来ていた俺の目の前に立ち、
真っ白な顔でつり革につかまっていたのが彼、斯波隆之だった。

乗って間もなく目を閉じ苦しそうな顔をし始めたため、
席を譲ろうと立ち上がると、突然俺の方に倒れ込んできた。
「大丈夫です」と言いながらも足元がふらつかせているのを見て、
放っておくわけにもいかず次の駅で一緒に降りた。

落ち着く間だけそばにいるつもりが、
急に眠りに落ちた彼のそばを離れるのも気が引けて、
2時間近く立ちっ放しで待った。
座って待っていたら自分も寝てしまう気がして立っていたが、
30度を軽く超える蒸し暑さに今度は自分がやられてしまい、
彼を連れて駅構内にあるコーヒーショップでひと休みした。

彼とはそのまま店内で別れたのだが、お礼がしたいと走って追いかけてきてくれた。
けれど病院の午前の受付時間が迫っていたため、あとで連絡してくださいと、
仕事用の携帯番号を教える。

家に帰って仕事用の携帯を開けると、彼からメールが来ていた。
「今日のお礼になにかおごります」という内容に、「それじゃぁ飲みますか」と返事をし、
数日後、居酒屋で再会した。

あまりお酒は得意じゃないけれど、暑い日のビールは美味しい。
俺は一杯だけ飲んであとはソフトドリンクを飲みながら、
彼の他愛もない話に耳を傾けた。
どことなく影のある雰囲気と周囲に馴染もうとしないところが自分と似ている気がして、
不思議と一緒にいるのが心地よく感じ、その後も連絡を取り合った。

ある日「割のいいバイト探してるんですけど、何か知らないですか?」
という彼に、そのとき募集をしていたホストクラブの内勤の仕事を話した。
俺がホストクラブで働いていることにかなり驚いていたが、
「でも納得できる」と笑った。
店の方に連絡を入れるとすぐに面接をするから連れてきてほしいと言われたので、
そのまま1時間かけて店まで行った。

翌日より彼は「貴紘」という源氏名でホストクラブの内勤として働きだす。


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| 「僕の一日」  | 02:24 │Comments4 | Trackbacks0編集

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