僕の一日 80

16時でバイトを切り上げ、店長やスタッフみんなに挨拶をして、
急いでマンションに帰りシャワーを浴びたあと、次の仕事への身支度を整える。
彼女からの返事はまだなく、着信があるのは仕事用の携帯だけ。

本当に大丈夫なのだろうか?
結局、斉藤さんに何も聞けずに帰ってきてしまったけれど、
店長もなにも言わなかったし……。

もう一度メールをしてみようと携帯に手を伸ばしたとき、タイミングよく携帯が震えた。
ディスプレイに表示されている名前は斉藤さんだった。

『もしもし?』

「あ、ごめん、今大丈夫?」

『大丈夫ですけど、どうかしましたか?』

「有利くん、明日遅番だよね?
 早番で出てもらうことってできるかな?」

『早番ですか?』

「うん、本当は俺が早番なんだけど、代わってもらえないかな』

ホストの仕事があるときは、営業終了後に片づけや掃除などもろもろの仕事があるため、
最終電車には間に合わないので始発の電車で帰っている。
部屋に着くのは早くても6時半を過ぎる。
早番は9時半出社だから、1時間程度しか寝られないのだ。
掃除や片づけをしなければ終電に間に合うけれど、
他の先輩ホストと違って、出社時間や休みなどを好きにさせてもらっているのだから、
普通に働けるときは最後まで仕事をしなければ、さすがに他のホストに申し訳ない。
いくら社長が自由にしていいと言ってくれているといったって、
やはりそこはきちんとしなければならない。

とはいえ斉藤さんにはものすごい迷惑をかけたのも事実。
病院に連れいて行ってもらったり、お弁当を買ってもらったり。
もしかしたら俺のせいで予定が狂ってしまったのかもしれない。

『分かりました。じゃぁ明日早番で出社しますね』

「助かるよ。ありがとうー。じゃぁ、明日よろしくね」

通話が終わった携帯を充電器に差し込んで、
コートを羽織りポケットに財布と仕事用の携帯を入れ部屋を出た。
今日はタクシーで帰ろう。
結構な金額になるだろうが仕方ない。

斉藤さんがシフトを代わって欲しい理由は、きっと彼女のことだろう。
お店に連絡が入ったのか斉藤さんの携帯に直接あったのか分からないが、
突然シフトを交換して欲しいなんて、それしか考えられない。
明日の彼女のシフトはもともと休みになっているから、
特にシフト変更はしなくていいはずだし。

斉藤さんは彼女のこと、どう思ってるんだろう。
お店では特に変わりはないけど、誰にも言わず付き合っていてもおかしくない。
性格も見た目もカッコイイ人と一緒に働いていて優しくされたら、
誰だって好きになるだろう。
付き合ってなくても彼女は好きかもしれない。
彼のことを。

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| 「僕の一日」  | 01:10 │Comments2 | Trackbacks0編集

僕の一日 79

彼女が休んだ翌日、言われた通り早番で出社すると、
レジ横にあるパソコンで作業している斉藤さんがいた。

『おはうございます』

「んー、おはよう」

パソコンから視線を離さず返事をする斉藤さんの目がいつもより鋭い気がした。
全体的に覇気もなくどんよりとした雰囲気が漂っている。
なんだろう、いつもと違う気がする。

『大丈夫ですか?……なんか……』

俺の声にキーボードを打つ手を止め、メガネをはずした。

「うーん、寝不足なんだ。眠くて耐えられそうにないから早めに出社した」

『え?寝てないんですか?』

「1時間ぐらいは寝たと思うんだけど、さすがにそれだけじゃ足りなくてね」

『1時間?!なんかあったんですか?』

「ちょっとね」

目をこすりながらあくびをし、大きく首を回した後に背伸びをした。

「さすがにこの歳になると、徹夜っぽいのはキツイんだよねぇ。
 しっかり寝ないとあとで大変なんだよ」

笑いながら眼鏡をかけ直す。

『……斉藤さんて今年で何歳ですか?』

そんなに年上だったっけ?

「あれ?知らない?言ってなかったかな?今年で32だよ」

『え?!』

「なにその顔は。有利くんより一回り上だよ」

あまりの衝撃にあんぐり口を開けてしまった。
あわてて手で押さえたが、その顔はバッチリと見られてしまった。

『そ、そんな上にみえないですよ……ビックリした……。
 でも誰かに28歳って聞いた気がする……』

「それって俺がここで働きだした年齢じゃない?」

『あ…そうかも……店長に聞いたような……』

「まあ、それだけ年上ってこと。
 有利クンが俺を落ち着いた余裕のある大人な人、と思う部分があるなら、
 それは間違いなく年齢的なものだと思うよ」

確かに10歳も離れていれば、斉藤さんから見た俺は子供っぽいんだろうけど、
それだけじゃないと思う。
この人が持っている雰囲気や相手を落ち着かせる空気の理由は。

「じゃぁ、俺はこのまま返品作業しながら店内の掃除するから、
 レジの準備お願いしていいかな?」

『はい』

言われた通りすぐさまカバンをロッカーにしまい、
テナント全店舗の金庫がある1階の事務室に向かった。
本当は彼女のことを聞こうと思っていたが、なんだか聞けずに終わってしまった。

“寝不足なんだよね……1時間くらいは……”

『まさか……』

いや、まさか。

そんなの、あるわけない。

ない、絶対ない。

斉藤さんの寝不足は個人的なことが理由で彼女は関係ない。
きっとそうだ。
っていうか、聞いてみればいいんだ。

『・・・・・・』

いや、聞けない。

でもまぁ、聞けたとしてもと彼女が絡んでたらうまくごまかすだろう。
いつも肝心なところは知らずに終わっている。

彼女が何を無理しているのかとか、俺の弱さに気づいたとはどれことなのかとか。

大事なことは全然。
それに気づけない自分自身が情けない。

斉藤さんのような人になりたいなんて、無理にきまってるのに。

自分の周りにいる人を優しく大事にして、いつも笑顔で接するなんて、
言葉は綺麗だけれど、それはとても難しい。
自分のことすらちゃんと出来ない俺は他の人に気を配れる程の余裕も優しさもない。
出来るのは家族のために働くだけ。

それだって「家族の為」と言うけれど、突き詰めれば自分の為でしかない。
寝る間も惜しんで働く母の辛そうな姿を見たくないとか、
弟がやりたいことや進学について、
俺や母に遠慮して本音が言えなくなる状況は可哀想とか、
きっとそんな気持ちが、知らないうちに俺の中で大きくなっていたんだ。

家族が辛い思いをしている姿を見るぐらいなら、自分一人が苦労する方がずっといい。
お金に余裕さえ出来れば、母も楽になるし、
弟だって何も気にせず進学先を選べる。

高卒で何のとりえもない俺が勤められる会社の給料なんてたかが知れてる。
それだけではきっと弟が希望する大学へやるだけのお金を貯めることは出来ないだろう。
だったら手っ取り早く稼げる仕事をすればいい。
そうすれば寂しそうな弟や必死に働く母の姿を見ずに済む。

そうやって楽な方へと逃げ続けた結果が、いまの自分なんだ。
お金を稼ぐことしかできない。
家族の為と思うなら金銭的な面だけでなく、
一緒に暮らして精神的負担を軽くするのが一番大事なのに、
そこから俺は逃げてしまった。

斉藤さんみたいに精神的な部分で誰かを助けるなんて、俺にはできない。

俺の為に必死になってくれる彼女の負担を軽くしてあげることなんて、
きっと無理なんだ。


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| 「僕の一日」  | 02:45 │Comments2 | Trackbacks0編集

僕の一日 78

忘年会というにはにはまだ早い11月中旬に行われた飲み会。
ただでさえ毎日仕事は山積みなのに、
クリスマスという大イベントと年明けの福袋&初売りの準備に忙殺される12月は、
スタッフみんなで飲み会をする時間をとれるはずもない。
年始は初売りさえ終われば一段落するが、
すぐにやってくるバレンタインにむけて準備で大忙しとなる上、
バックルームに無理矢理詰め込んだクリスマスの残骸の片づけもしなければいけない。

そんなこんなで毎年忘年会は11月中に行われる。

「あの日は酒飲むからって店長も斉藤さんも電車で来てたんですよ。
 なんで車ないからタクシーで送ってくってなったんですけど、
 店長も詳しい住所は覚えてなくて。
 で、石川さんが場所わかるからって、
 斉藤さんと石川さんでタクシーに乗せて連れてったはずですよ」 

何も知らない様子で奥村くんが答えた。

あの日、俺が倒れて目が覚めるまで傍らにいてくれた彼女と、
明け方に電話したにもかかわらず、怒らずに出てくれた彼は嘘をついていた。

一言だって斉藤さんが彼女と一緒に送ってくれたなんて言わなかった。
ふたりの口からはあくまでも彼女がひとりで送ったということしか聞いていない。

倒れた俺を誰が送ったかなんて、隠す必要はどこにもない。
仮にふたりが一緒にタクシーに乗って帰ったとしても、なにもおかしいことはない。

なのに。
どうして。

「どうしたんッスか?なんかあったとか?」

『あ、いや、ううん。なんでもない。
 急に思い出して色々迷惑かけたなーって』

「心配しすぎッス。俺だってベロベロになって送ってもらったりしてますよ。
 よくあることだし、気にしなくて大丈夫ですよ」

『うん……そうだね』


その夜、彼女に短いメールを送った。
体調は大丈夫ですか?と。
いつもはすぐに返してくれる彼女だったが、この日はいつまで経っても来なかった。
具合が悪いのだから仕方ないと、単純に考えていたが、
返信がなかった本当の理由を知るのは、しばらく経ってからのこととなる。

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| 「僕の一日」  | 01:54 │Comments2 | Trackbacks0編集

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