僕の一日 77

店が混み始めた夕方4時半過ぎに、店長が出張から帰ってきて、
「長い間ごめんなー。
 色々と話はあるんだけど、5時からの店長会議に出なきゃいけないんだよ。
 そのあと新商品の仕入れ先の人と会わなきゃいけないから、
 今日は戻って来れないかもしれない。ホントごめん!」
と言いながらたくさんのお土産をバックルームに置いて、
忙しそうに会議室に向かった。

この日も斉藤さんは閉店間近までいつものように仕事をこなしていた。

閉店5分前。
レジで売り上げチェックをしていると、
斉藤さんがバックルームからカバンを片手にジャケットを羽織りながら出てきた。

「ごめん、俺先に帰るね。
 レジ締め終わったら、残ってる商品の加工と返品作業頼むね。
 全部終わらなくても時間になったら帰っていいから」

『分かりました。やっておきます』

軽く頭を下げた。

「了解っす。お疲れ様です」

元気な声で返事をしながらワゴンに布をかけていく奥村くんに向かって、
斉藤さんが「おー、お疲れー」と手を振った。

「有利くん、明日早番の出社お願いできるかな?
 石川から連絡がないんだよね。たぶん明日はダメだと思うから。
 俺と有利くんでオープンさせて、店長と相沢が午後番って感じで回す予定。
 時間になったら仕事が途中でも帰っていいから」

『はい。わかりました』

「じゃぁ、あとヨロシクね」

『お疲れ様です』

「お疲れ様」

いつもと同じように帰っていく斉藤さんを見つめながら、
連絡がないという彼女のことを考えた。
いつもは休む時、必ずお店に連絡をよこすのに…今日は…。
大丈夫だろうか。

詳しい住所もしらない、部屋に行ったところで俺ができることはない。
というか、女性の一人暮らしの部屋に彼氏でもない男が入っていくのはどうかと。
あ、でも斉藤さん、今日部屋に行くって……。
いや、斉藤さんは店長の代わりで行くわけで、俺だって毎日来てもらったし、
おまけに車で病院まで連れて行ってもらったし、
それに具合悪い人にそんなことする人じゃないし。

“ヤルことヤった人?一桁じゃないよね”

『・・・・・・・・・・』

まさか斉藤さんが無理矢理そんなことするわけない。

・・・・・・・・・・合意だったら?

いやいやいや、ないないない。
仕事休んでる人相手に、そんな弱ってるところにつけ込むような人じゃない。
そうだ、きっと病院に連れて行くんだ。
せいぜい具合悪い彼女を背負っていくぐらいで。
背負って……。

そういえば飲み会で俺が熱を出して倒れたとき、
誰も俺の住所がわからないからタクシーを拾って彼女が部屋まで運んだと、
斉藤さんは言っていたし、彼女も運ぶのが大変だったと言っていたけど、
意識が飛んでいた俺を彼女ひとりで2階の部屋までどうやって運んだのだろう。

“さすがの私も180センチの男を背負って病院つてれいくなんてできなからね”

170センチ以上ある相沢さんが俺を背負うのは無理だと言うなら、
160センチもない彼女が俺を抱えてどうやってマンションの階段を上ったのだろう。

「有利さん、なに百面相してるんすか?
 閉店のチャイム鳴りましたよ」

『え?』

コインカウンターにお金を入れていた手はいつしか頭を押さえ、
眉間にしわを寄せぽっかり口を開けていた自分に気づく。

『あ、ごめん!聞こえなかった!いますぐ点検して精算する!』

「大丈夫っすか?俺やりましょうか?」

『ごめんごめん、合わなかったときお願いできるかな?
 その間は商品加工か返品作業頼んでいい?』

「了解。じゃ、返品します!」

パソコンから返品リストを印刷し、
棚の下にストックしてある段ボールを組み立て始めた奥村くんの背に声をかける。

『あのさ、飲み会で俺が倒れた時、部屋まで送ってくれたのって誰だったっけ?』

「え?飲み会のとき?」

視線を上に向けて少し考えたあと、「ああ、あのとき」と頷きながら答えてくれた。


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| 「僕の一日」  | 01:00 │Comments2 | Trackbacks0編集

僕の一日 76

店の入り口近くにある棚で品出しをしていると、
相沢さんが休憩から帰ってくるよりも早く奥村くんが来た。
何かあるとすぐに来てくれる奥村くんは、ここのバイトを一度も休んだことがなく、
本人も「元気が取り柄。マジで身体は丈夫ッス」と言っている。
誰かがダウンして人数が足りないときは、代わりに働くことが多いのも奥村くんだ。
ただし大学が終わってからになるので、今日のように必ずしも早く入れるわけではない。

「おはよーございます。
 あ!有利さん!久しぶりじゃないですか!?
 飲み会以来ですよね?」

屈託のない笑顔を向けられ、自然と笑顔になる。

『おはよう。長い間ごめんね。
いっぱい迷惑かけたよね?学校大丈夫だった?』

「俺は大丈夫っす!
 17時からとか無理のない範囲で入ってたんで」 

俺が休んでいる間は学生バイトの奥村くんと志季さんのふたりが、
代わりに早く入ってくれている日があったと思っていたのだけれど。
 
『え…と、店長出張中だよね?俺の代わりって……』

「俺ら学生バイトはいつもと同じでほとんど夕方からで、
 あとは斉藤さんたちで回してたんすよ。
 斉藤さんは毎日フルで、相沢さんと石川さんはたまにフルで出社だったみたいです。
 あ、でも客が少ないと帰ってたかな?斉藤さんは」

『そっか……』

斉藤さんは俺が休んでる間毎日フルで働いた上に、
お弁当を買って俺の家に様子を見に来ていたとうことになる。
病院にも連れて行ってもらったし……。
本当に斉藤さんには感謝している。しているけれど。

店長の代わりとはいえ、ここまで世話をする必要が斉藤さんにあるのだろうか。

「大丈夫っすよ。気にしなくても。
 誰だって具合悪くするし、長引くときもあるじゃないですか。
 ほかに誰か休んだときに有利さん代わりに出勤してくれたりするのと同じです」

『うん。ありがとう』

「んじゃ、タイムカード押してきますね」

そう言うと元気よくバックルームに入って行った。
元気で笑顔の絶えない大学生の彼の近くにいると、
朗らかで優しい空気が伝わってきて、こっちまで元気になる。

『あんな風に笑えたらなぁ……』

「どんな風に?」

耳元でささやかれて「うわっ!」と叫んでしまった。
休憩から戻ってきた相沢さんが背後にぴったりとはりついていた。

『あ、相沢さん…ビックリした……』

「どう?体調は。ぶっ倒れたりしないでよ?
 今日は男二人いるからいいけど、
 さすがの私も180センチの男を背負って病院つてれ行くなんてできなからね」

『あー、今のでかなり心臓が……』

「よし、元気そうでなにより!」

ばくばくと鳴っている胸に手をあて、
「ホントびっくりした」と言う俺のどの辺が元気そうなのか分からないが、
「うんうん」と頷きながら奥村くんと同じように元気よくバックルームに入って行った。
奥村くんと相沢さんは似ているかもしれない。
いつも元気で明るいところとか。

根暗な自分ですら、隣にいると笑顔になれる。

そうやって傍にいるだけで人の気持ちを変える人は本当にすごいと思う。
俺には出来ない。
むしろ俺の隣にいると、暗い空気がうつってしまいそうな気すらする。

“ってか、ちょっと影がある!”

昨日俺を犬に例えた女性客はそう言っていたけれど、落ち着いていて物静かな人、
という事ではなく、性格や全体的な雰囲気が暗いという意味だろう。
自分の思考が健康的でないのは分かっているし。

オーラがある人になりたいわけじゃないけど、
そばにいる人が元気になれるような、そんな雰囲気を出せる人になりたい。


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| 「僕の一日」  | 02:07 │Comments4 | Trackbacks0編集

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