僕の一日 75

時計は13時20分をさしている。
いつもの電車に乗り、いつも通りの時間にバイト先の雑貨屋に向かう。

平日のお昼時はあまり客はいない。
うちの店に限らず、このビルに入っている店はだいたいそうだと思うが、
夕方から夜にかけて混んでくる。
学校帰りの学生や仕事帰りの人が多いのだ。
レジカンターでは斉藤さんと相沢さんが商品加工をしていた。

「あ、おはよう」

斉藤さんに続いて相沢さんが元気な声で、
「おはようさん!調子悪いなら無理しちゃ駄目だよー」
と声をかけてくれた。

『おはようございます。大丈夫です』

ふたりに挨拶をしながらレジカウンターの後ろにあるバックルームのドアを開けて入っていくと、
斉藤さんも一緒に入って来た。

「今日石川休みだから、俺がこのままレジに入るから」

『え?』

ドアを開けたまま斉藤さんが言葉を続けた。

「なんか調子悪いって今朝電話あって。
 15時には奥村が来てくれるから問題ないよ」

スタッフの数は店長の千葉修平、社員の斉藤葵と相沢遥、
バイトの石川美里と俺に加え、大学生バイトの奥村優、志季香苗の計7人。
基本的に学生のふたりは授業が終わってからになるため、
17時や18時からの出勤がほとんどある。
奥村くんが15時から入れるというのはとても助かることだけれど…。

『調子悪いって……』

「うん。なんかね、起きられないって」

『……もしかして昨日のことが……』

「考えすぎだよ」

そう斉藤さんは言ってくれたが、自分が具合悪いときに色々面倒みてもらってたりしたし、
体力的にも精神的にも負担をかけていたのは事実なわけで。

「とりあえず今日、仕事終わったら部屋に行ってみるよ。
 石川のことだから食べ物はあると思うんだけど、
 近所に病院がないし最寄駅も遠いからその辺がちょっと気になるから」

『……』

彼女が暮らしているマンションの場所を斉藤さんは知っているのだろうか。
履歴書を見れば分かるんだろうけど、
普段は店長しか開けられない鍵のかかった机の引き出しに入っている。

「それと明日なんだけど石川が早番なんだよね。
 どうなるかわかんないけど、もし休んだら有利くん出られる?
 ほかのスタッフみんなダメでさ」

『あ、えーと16時ぐらいまでなら……』

「そっか、わかった。その時は連絡するから」

そういうとドアを閉めレジカウンターへと戻って行った。

斉藤さんは彼女の部屋に行ったことがあるのだろうか?
それとも今日が初めて?
いまは彼女いないって言ってたよね?

閉められたドアを呆然と見つめたまま、頭の中で勝手な想像をして、
勝手に混乱する自分に気づいたのは相沢さんが勢いよくドアを開けてからだった。

「うおっ!なにしたのジャケット着たままで!
 出てこないからどうしたのかと思えば!具合悪いの?」

『いえ、すみません、ぼけーっとしてました』

「大丈夫?ほらタイムカード押した?」

ドアのすぐ横にあるタイムカードラックの中から俺のを引っ張り出して、
「押してないじゃん!」と言いながら、
そのままタイムレコーダーの中に差し込んでくれた。
あと2分で遅刻になってしまうところだった。

「ホントに調子悪いなら少し休む?
 奥村くんが来てから休憩に出てもいいし」

『大丈夫です。すぐ出ます』

「わかった。じゃぁ調子悪くなったらすぐに言うんだよ」

『はい』

俺の返事を聞くと「よし!」と言ってドアをバタンと閉めた。
気を遣わせてしまったらしい。

両手で軽く頬を叩き、深く呼吸をする。

意識を切り替えないとミスをしてしまう。
彼女のことは仕事が終わってからだ。


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| 「僕の一日」  | 01:24 │Comments2 | Trackbacks0編集

僕の一日 74



毛布から手を伸ばしてテーブルの上に置いておいた携帯を手にし、
鳴り続けるアラーム音を止め、スヌーズ機能をオフにする。
ベッド代わりにしているソファーから身体を起こし、大きく息をした。

時刻は午前11時。
今日は雑貨屋の仕事だけでホストの仕事はない。

『……気持ち悪い……』

明け方まで振り回された身体は完全に悲鳴をあげている。
病み上がりだと知っているはずなのに、そんなのお構いなしだった。
泥酔状態の京子さんを負ぶって店を出たあとタクシーを拾って、
運転手に住所を伝え、かかるだろう料金を先に支払って見送りをする。
これで何度目だろうか。

でも休んでいた自分が悪いのだから文句もいえないし、
そもそもホストは客に付き合うものなわけだし……。

充電器に差し込んである仕事用の携帯を開くと、
8件のメールと2件の着信があった。
京子さんのメール以外はどれも名前の表示はされておらず、番号かアドレスのみだ。

『あー……誰が誰だかさっぱりだな……』

というかどうしてこの携帯の番号がわかったのだろう。
まだ数人にしか教えていないのに。

メールの内容は「どうしてたの?」
「なんで新しい番号を教えてくれなかったの?」、
「いまはお店に出てるの?」等々、
携帯の番号やアドレスを変えたのに何の連絡もしなかったことに対する質問から、
なかには完全に怒りまくって「店にクレームを入れてやる」というのもあった。

ひとつひとつ返信をして、返ってきたら名前を登録して……。

面倒くさいが自分が招いたことだ。
文句も言ってられない。

前髪をかき上げながら、
昨日コンビニで買った飲みかけのミルクティーをマグカップに入れ、レンジで温めた。

そういえば歩さんたちは無事に帰れただろうか。
男嫌いなのにホストクラブに来るなんて無茶なことを考える人もいるんだな。
大学生って言ってたけどあの辺に大学なんてあったかな?

まぁ、もう会うこともないんだろうけど。

レンジの前で立ったまま温めたミルクティーを飲み干した後、バイトに向かう準備をした。


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| 「僕の一日」  | 00:48 │Comments2 | Trackbacks0編集

僕の一日 73

『こんばんは』

笑顔であいさつをしながら頭の中で今まで接客してきた客の名前をめぐらせる。
とはいえ一度対応しただけの客の顔や名前まで覚えていはいない。

『体調を崩してしまって、長く休んでたんです』

「へー、そうだったんだー」

女性はおそらく20代後半。
長い爪には派手なマネキュア、大きく開いた胸元には金色のネクレス。
全身シャネルで覆いつくしたその姿は、誰が見ても夜の人の恰好だった。
シャネル好きのホステスらしき客……結構いるような気がする。

「直哉くんって幸薄そうなグンソクって感じだよね」

『え?グンソク?』

こっちの思考とは全く関係のない言葉に少し鈍い反応になってしまった。
しかも幸薄そうってどういう……。

「グンソク知らない?チャン・グンソク」

『あ、チャン・グンソク。韓流アーティストですよね』

「そうそう、マッコリのCMに出演してた人」

『似て…ますか?』

「顔がそっくりとかじゃなくて、肌の白くてキレイなとことか、
 背格好とかが なんか似てるなーって思う。
 でもあの明るい笑顔とか元気な話し方とかは全然似てない!
 ってか、ちょっと影がある!
 イケメンなんだけど男らしくてカッコイイとはちょっと違うんだよね。
 キレイな感じ?女装したら美人になりそうっていうか……ってか美人だよね。
 中性的なとこあるよね。と言っても女っぽいわけじゃないし。
 佐藤健みたいに女装似合いそうなイケメンっていうのかな。
 でも佐藤健に似てるわけじゃないし、っぽいわけでもないんだよね。
 松潤やキムタクみたいなのは絶対違う。
 なんとなく三浦春馬に似てるとこあるけど、あんなキラキラしてないし、
 人懐っこい感じじゃないよね。
 高良健吾っぽい感じもするけど、あーゆー男らしイケメンじゃないし、
 かといって岡田将生みたいな感じでもないよね。
 あ、でも清潔感あって貴族っぽい血が流れてそうな感じは似てるかなー。
 ストイックそうな雰囲気は西島秀俊っぽいかも。
 そうそう、kennっていう人がいるんだけど、その人にちょっと似てるかも。
 んー、でも雰囲気がちがうかな…….。
  山田涼介?……あーゆー可愛い感じじゃないか。
 犬で言うとチワワとか柴じゃなくてシェパードとかコリーっぽい感じかな」

どこで息継ぎしているのか分からないぐらいの早口とその長さにに圧倒されて、
用意していた回答はすべて消えてしまった。
 
途中からは誰だかわからないし、最後は人じゃなくなってる。
まぁ、そんな自分もさっき歩さんを犬みたいと思ったが……。
一度の会話の中にここまでたくさんの人名が出てきたことがあっただろうか。


『えー、うーん……そうなんでしょうか……』

返答に困っていると、隣で会話を聞いていた片桐が火にかけた鍋に視線を落としたまま答えた。

「俺は初めて会ったとき、若いころの安藤政信に似てるって思いましたよ。
 雰囲気や目の感が特に似てるなぁって。
 話し方や声も少し似てると思います。」

『安藤政信?』

「誰それ?」

女性客とふたりで片桐を見やると、あれ?という顔をした。

「知りませんか?デビュー作でその年の映画賞総なめにしたんですよ。
 北野監督のキッズ・リターンっていう映画です。
 有名どころだとバトル・ロワイアルとかサトラレですかね。あとはさくらんかな」

『あの生徒同士で殺し合いする映画?』

「そうです。主人公じゃないんですが、まぁ存在感はハンパないですね。
 あの人が……」

「うわっ!!超イケメンなんですけど!!」

片桐が話している途中にも関わらず、スマホを手に女性客が大きな声を出した。

「何この超イケメン!知らなかったんだけどー!」

スマホをタッチしながら興奮気味に話す女性客を見て、
かすかに笑った片桐が言った。

「安藤政信は男から見てもカッコイイって思いますよ」

「うわー。こんなにイケメンなのになんでテレビ出てないんだろう」

「最近は映画だけですね。
 ドラマの出演も断ってるみたいですよ。
 たまにCM出てるくらいですかね」

「へー。今度DVD借りて観てみよう!」

客の意識は安藤政信という俳優に向かったらしく、俺の話はどこかに消えていった。
助かる。正直こういう客は苦手だ。
自分の担当じゃない限り避けたい相手だ。

ところで指名されているホストは誰なのだろう。
ホストが足りないとはいえ、カウンターで客を一人にしてしまっているのはまずい。
キョロキョロと店内を見渡す俺に気づいた片桐が笑顔で言った。

「大丈夫ですよ。俺が担当です」

『え?』

「そうだよ!さっきはお店に飾ってあるお酒を見に行ってただけ。
 ずっとこのカウンターで飲んでたんだよ。
 潤がお酒作ってるの見るのが好きで、いつもこんな感じで飲んでるの」

『あ、そうだったんですか。よかった』

「あんまり周りを気にしすぎるとまた具合悪くしちゃいますよ。
 それが直哉さんのいいところでもあるんですけどね」

そう言いながら耐熱グラスに温めた牛乳を注いで、
「どうぞ」とソーサーの上にのせた。

『ありがとう』

手にしていたスポンジを綺麗にし、そばに置いてあるタオルで手を拭くと、
新しいグラスと作ってもらったホットミルクを手にその場を離れた。


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| 「僕の一日」  | 03:47 │Comments2 | Trackbacks0編集

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