僕の一日 61

男性恐怖症の人に会ったことはないが、人が苦手という女性に会ったことがある。
性別問わず突然話しかけられたり、目を見られたりするのを怖がる人だった。
優しい声でゆっくりと話さなければ、会話もままならなかった。
程度の差こそあれそういう人たちは、ハキハキと勢いのある大きな声は苦手なはずだ。
京子さんが来て俺が席を離れなきゃならなくなったら、大変なことになりそうな気がした。

この店では初回の場合その日出勤している全員があいさつするのが決まりになっている。
そんなこときっと知らずに来たのだろう。

指名が入っていない客のところには、次々とホストが来る。
ここで気に入ってもらえれば次に来たときに指名される確率が高くなる。
本指名されればその客の担当となり、来店のたびに指名料が入るようになる。
ホストにとって大事なところだ。

ビールを持ってテーブルに戻ろうとすると、
そこにはが美貴さんと歩さんを挟むように二人のホストが座っていた。
美貴さんにつかまってビクビクしている歩さんの手を、
隣に座っていたホストが躊躇なくつかんだ。

『すみません、手を放してもらえますか?』

急いでテーブルに戻り、歩さんの手をつかんでいるホストに言う。
見たことのない顔だ。二人とも新入りらしい。


「大丈夫ッスよ。オレが……」

『いいから放してくださいください』


強い口調で言葉をかぶせた。
わずかに歩さんの肩が揺れ、言われたホストも少し驚いた様子で手を離した。

「別に、オレは……」

『歩さん?大丈夫ですか?』

うつむいたまま首を横に振る歩さんを見て、心の中で舌打ちをした。
席を離れるんじゃなかった。
「男嫌いなのにホストクラブに来たのが悪い」と言ってしまえばそれまでだが、
あくまでもお客様なのだ。

『すみませんが、席を外してもらえますか?』

「え?どういうことッスか?客独り占めするんスか?」


客の前でなんてことを言うんだろう。
こういうタイプの勘違いしているホストがいるから面倒なことになるんだ。
教育が足りないとかそういう次元の話じゃない。

『そうじゃな……』

「席を外せふたりとも」

言葉を遮るように鋭い声が飛んできた。
振り返ると腕組みをしてひとりのホストが立っていた。

「リョ、リョウさん!!」

新米のホスト二人が慌てて立ち上がって頭を下げた。

「直哉さん、すみませんでした。ふたりにはちゃんと言っておきますんで」

二人を他のテーブルへ行くように指示した。

「お客様。大変失礼致しました。
 誰も来させないようにしますので、どうぞゆっくりしていってください」

そう言うと元のテーブルへと戻って行った。

この店のNo.3の彼はリョウという。
肩まで伸びた金色の髪に指にはドクロの指輪。若い女性から人気が高い。
No.1になったこともある彼に言われれば新米の二人も状況を理解できずとも、
自分が居てはいけないことぐら気づくだろう。

『歩さん、大丈夫ですか?』

無言でうなずく歩さんの姿に胸が痛む。
隣には座らずに、床に膝をついて歩さんより低い位置から言葉を続けた。

『歩さん……すみません、僕のせいです』

「何言ってるんですか、直哉さんは何も悪くないですよ!」

返事をしない歩さんに代わって美貴さんが答えた。

『いえ、新人の教育も仕事なんです』

「え?そんなに年上なんですか?」

『そんなに年上じゃないですけど、さっきの二人より先輩なので……』

「いくつなんですか?」

『22歳です』

「若っ!!私たちとふたつしか違わないじゃないですか!」

『ホストって結構若いものですよ』

「ホストして長いんですか?」

『そうですね、すごく長いわけじゃないですけど短くもないです。
 あ、ちょっと待っててくださいね』


テーブルから少し離れたところで2人分のグラスを持つ内勤スタッフの貴紘の姿に気が付く。
「リョウさんからです」と手渡された。
グラスの中にはシャンパンが入っていた。
さすが、と言えばいいのか、気配りが出来ている。

『先ほどは大変失礼いたしました』

静かにグラスを二人の前に置いた。

「これは?」

『シャンパンです』

「でも高いんじゃ……」

『サービスなので大丈夫ですよ』

「ホントですか?ホラ、歩も飲もうよ」

俺と美貴さんとの会話を黙って聞いていた歩さんがようやく顔をあげた。
顔色がよくない。

『……歩さん、少しここから出ますか?
 僕が一緒なら外に出てもまた戻って来られますし、
 追加料金もかかりません。少し落ち着きましょう』

「じゃぁ、私ここで待ってるのでお願いしてもいいですか?
 歩、これも訓練のひとつと思って頑張れ!
 あ、シャンパン飲まないよね?もらっていい?」

嬉しそうな表情を浮かべている美貴さんに「うん、いいよ」と歩さんが言った。

『美貴さんにはほかのホストがつきますが大丈夫ですか?』

「はい、平気です」

『じゃぁ、行きましょう歩さん』


本来なら手を差し出すところも、歩さんの場合そうはいかない。
男嫌いな女性をエスコートするのはかなり難しい。
前を歩かせるわけにもいかず、後ろを振り返り確認しながらお店を出た。


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| 「僕の一日」  | 00:56 │Comments2 | Trackbacks0編集

僕の一日 60

ビールと紅茶を用意し二人の前に出す。

『でも男嫌いだと色々大変じゃないですか?』

「はい。学校にいるときはいつも逃げ回ってますよ、この子」

歩さんを指さして笑いながら答える友達が笑顔で答えてくれる。

『大学生?』

「いま2年生です」

『結構、勇気がいったんじゃないですか?
 ホストクラブに入るのって』

「本当に緊張しました!歩のためと思って」

『友達思いですね。えーと、お名前聞いてもいいですか?』

「美貴です」

『歩さん、美貴さん、改めまして。直哉です。
 どうぞよろしくお願いします』

「よろしくお願いします。じゃぁ、乾杯!」

『乾杯』


俺と美貴さんがグラスを手にしているのを見て、
どうしようかとおろおろする歩さん。
自分だけティーカップだし、って思っているんんだろう。

『はい、乾杯』


グラスを歩さんに向け、静かな声で言った。

「歩ー。ほら、せっかく乾杯なのにー」

「ご、ごめん……」


そういわれて慌ててティーカップを手にする。
その姿を見て美貴さんと目をあわせ、改めて乾杯をした。


グイグイと一気飲みをする美貴さんの隣で、
一口だけ紅茶を口に含んだ歩さんが、両手でティーカップを持ったまま小さくため息をついた。

『……大丈夫ですか?』

「え?!」

『なんとなく……辛そうかなって』

「歩は紅茶好きなんですよ。ほっとしたんでしょ?」

「うん」

『あぁ、良かった。僕もほっとしました。
 美貴さん、次なに飲みますか?』

「いいですか?じゃぁ、またビールで」

『はい。少し待っててください』

空になったグラスを手に席を離れた。


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| 「僕の一日」  | 00:56 │Comments2 | Trackbacks0編集

僕の一日 59



「客の前ではその名前で呼ばないでくださいよ」

『今回は休みすぎた。“貴紘”がいてくれて色々やってくれたから本当に助かった』


この店に来て3ヶ月の貴紘。

“貴紘”は源氏名で本名は斯波隆之。現役の大学生。
彼の仕事はホストではなくウェイターである。
働き始めてまだ日も浅いこともあり、調理補助や片づけ、
ドリンクの準備など雑用が主な仕事となる。

「助かってるのは俺のほうですよ」

『今度の日曜は時間あるかな?
 大学の方の用事がないならお昼でもおごるよ』

「本当ですか?!ちゃんと空けておきます!」

『じゃぁ、あとで連絡するから』

嬉しそうに笑った彼に小さく手を振り、指定されたテーブルに向かった。
学生のような格好をした若い二人組の女性が、落ち着かない様子で店内を見回している。
誰かにキャッチされたのか、自分たちから入ってきたようにはあまり見えない。
ゆっくりとした足取りで二人に近づいた。

『こんばんは』

優しい声であいさつをすると、手前に座っていた女性が身体をビクつかせ、
隣に座っている女性の服を掴んだ。
特に大きな声じゃないはずだけど……。

『ビックリさせてすみません。となり、いいですか?』

腰をかがめてにっこり笑うと、「すみません」と小さな声が聞こえた。

「すみません、この子ちょっと男の人苦手で……」

腕を掴まれた女性が申し訳なさそうに言う。

『お友達ですか?』

「そうです」

しっかりした受け答えをする女性は、
「ほら、大丈夫だから」とつかんだ手を離さない友達に優しく声をかける。
これは、どういうことだろう。
男が苦手なのにホストクラブに来るなんて、何を考えているのだろう。

『……僕、反対側に座りましょうか?』

「いえ、この子の隣にいてください」

本当に大丈夫だろうか。。
ゆっくりとした動作で言われた通り怯える女性の隣に座った。

『どうしてホストクラブへ?』

「この子がどうしても男嫌いを治したいっていうので、
 男友達と一緒にご飯食べに行ったり、遊びに行ったりしたんですけど、
 どうにも駄目で……だったら女性の扱いのプロのところへいったらどうだ!と。
 いろんなタイプの人がいるだろうし!
 ってことで、連れてきてみたんですけど」

『それは…、荒療治ですね』

「男友達が駄目ならほかに手がないかなぁーって」

『うーん……』

「やっぱり無茶だったかなぁ。ねぇ、歩」


歩と呼ばれた女性は少し顔をあげると、またうつむいてしまった。
肩にまで伸びた黒いストレートの髪で表情が読めない。

この空間は男の方が圧倒的に多い。
辛くはないのだろうか。

『歩さん?』

顔をのぞき込むと目に涙を浮かべているのが分かった。

『なにか飲みますか?ソフトドリンクもありますよ?
 今日初めてで飲み放題コースですよね?』

「そうです。なんでも大丈夫なんですか?」

『飲み放題だと焼酎が2本までで、あとはビールとソフトドリンクが飲み放題です』

「へぇー、じゃぁ私ビールがいいです。
 歩はなににする?」

「え……と、私は……」

『……』

「ほら、なにがいいの?」

続く言葉を待ってみたがなかなか返ってこない。
怯えている上に、極度の緊張状態なのだろうか。
言葉がうまく出てこないらしい。

『あったかいのもありますよ?紅茶とか』

「あ、……」

顔を上げ、俺の方を見た。
何かを言おうとしている。

『うん、ゆっくりでいいですよ』

優しく呟くと、少しずつその目を細めた。
友達の腕を掴んでいた手も離し、俺の方を見てぎこちない笑顔を見せた。

迷子になった子供が親を見つけた時にみせるような安心感を表情から読み取ることが出来た。

「紅茶を……」

その言葉に隣に座っている友達も目を丸めた。

『かしこまりました』

ほっこりとした気持ちが自然と笑顔となって表れた。
隣に座っていた友達は「よく言った!」と頭をなでて褒めた。


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| 「僕の一日」  | 00:37 │Comments2 | Trackbacks0編集

僕の一日 58

時間は21時30分を回ったところだ。
アパートからだいぶ離れた場所にある歓楽街。
いつのもように狭い階段を上って2階のドアを開ける。

「久しぶり」

出迎えてくれたのは今日もずブランド品で身を固めていた社長。

『長い間すみませんでした。もう大丈夫です』

「それはよかった。 どうして連絡がとれないのかと客からの苦情もかなりきていてね。
 体調が悪いとだけ伝えて頭を下げたよ」

『本当に、すみませんでした』

「さぁ、挽回を期待しているよ」

『はい』

「それと京子さんに連絡を入れてほしい。あの客だけは逃すな」

差し出されたメモを見ると、そこには見慣れた番号。
客の携帯番号をわざわざ覚えたりしないけど、
この番号だけはすっかり暗記してしまった。

「携帯をすぐに買い直さず、あげくアドレス帳データを全部失くして、
 前もって連絡もしないで突然の番号の変更。
 そしてこれだけ連続で休んだんだ。
 いくらお前でもペナルティのひとつでもなきゃ、ほかのスタッフに示しがつかない」

『分かっています』

機種変更をすればこちらにデータがなくても、客から連絡がくればなんとかなるもの。
なのに新規で購入し、アドレスを変えたのが問題なのだろう。
きちんとしている人はデータのバックアップぐらいやっているだろうし。

一定の売り上げがあれば、ほかの仕事をしていいし毎日出勤しなくても構わない。
その代りホストを辞めるまで他の店に移ったりしない。

それを守ってくれれば店側も俺が働きやすいようにするし、
細かいことに口出しもしない。

社長との約束。

他のスタッフは決められた時間を働かなければいけないが、
俺はある程度なら自由にしていいことになっている。
とはいえ連続で欠勤の上、もともと出勤日数も時間も少ない。
ラクに売り上げを保つためにも、太客の彼女を逃すわけにもいかないのだ。


誰もいない非常階段で京子さんへ電話をかけた。


『もしもし……直哉です。ご無沙汰してしまいました』

「どうしてすぐに連絡くれなかったの?!携帯つながらないってどういうこと?!」

『すみません、いろいろありまして。
今日は出社してるんです、来れませんか?』

「ホントに?!行く行く!!
 でも今から行くと11時過ぎちゃうよ」

『なにかおごりますよ。
 お店が終わったら食べに行きませんか?』

「ホントにー?!絶っ対行くから待っててね!!」

『はい。気を付けてきてくださいね』

特別扱いしているように感じさせると、怒りの言葉もなくなる。
扱いやすいといえば扱いやすいが……。
ため息をつきながら通話を切り、ポケットへと入れる。
もしかしたら今日は部屋に帰れないかもしれない。
明日は午後からバイトだから早々に帰って休みたいところだけど、
ここで適当にあしらったら、もう来てくれなくなるかもしれない。

『これは仕事だからね……』

ぽつりと言って、非常階段をあとにした。


フロアに出たが今のところは自分の客がいない。
いつもだったら出社すればほぼ指名されているが、ここのところまともに出勤していなかったし、
携帯を壊された後、客の誰とも連絡をとっていなかった。
客が離れるのは当然で、指名変更されても文句は言えない。

仕方ない、今日は久しぶりにヘルプに回って、あとは新規で来た客を相手にするか。

大量のグラスをきれいに磨くウェイターに、
京子さんが来るのでそのとき俺が接客中だった場合の対応に注意して欲しい旨を伝えた。


「ちょうど今、初めてっていう二人組がきてるので、お願いできますか?
 さっきまで真さんが対応してたんですけど指名入ったみたいで……今日人手が足りないんです」

『分かった』

「直哉さんに最初に対応してもらえるなんて、幸せな客ですね。
 体調がすぐれないときはすぐに言ってください」

グラスを拭く手を止めることなく優しい言葉をかけてくれた。

『いつもありがとう、斯波くん』

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| 「僕の一日」  | 00:40 │Comments2 | Trackbacks0編集

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