僕の一日 57

部屋の灯りをつけ、ソファーに腰をおろした。
ため息とともに頭の中で繰り返される斉藤さんとの会話。
 
そういえば、話が途中だった。


“彼女が君の弱さに気づいた時から”


彼女が気づいた時とはいつのことなのか。
リストカットに気づいた時から?
それだと斉藤さんもリストカットに気づいたということなのか?

考えれば考えるほど分からない。

聞くのも怖い。

今のところ斉藤さんとの関係で自分にマイナスなことは何もない。
斉藤さん自身、相手に不利益なことはきっとしてこないだろう。
でもこれからもっと色々なことを知られてしまう可能性を考えれば、
少し距離を取った方がいいのかもしれない。

一緒に働いていて、先輩で、お世話になっている人と、どうやって距離をとればいいのか。

いっそあそこでの仕事を辞めてしまおうか。
ホストの仕事を増やせば生活に何の問題もない。
でも辞めてしまえば彼女と会うこともなくなってしまう。

嫌な方向に思考が向かいだしたのを止めるかのように、
ソファーの上に置いていおいた携帯が震えた。

開いてみると5件ほどメールが来ていた。
全部のメールに目を通すと通話の発信履歴を開く。
今のところ、ひとつしか表示されていない。


『もしもし、直哉です。長い間すみませんでした。
今日は22時までにそっちに着くと思います。・・・はい。では失礼します』

通話を終えると、さっきまで持っていたカバンから別の携帯電話を取り出し、
そのまま充電器に差し込む。

携帯を2つ使用している。
先日、仕事中に客に破壊され買い直したばかりの新品が、
いま使ったホストとして使用する仕事用の携帯。
充電器に差し込んだのが、普段使う携帯。

機種は全く同じもの。

ホストの仕事と日常を区切るために、
ホスト関係の連絡先はすべて専用の携帯を使用している。
店や客に教えている番号は専用の携帯の番号である。

先日、客に折られ壊れてしまい、すぐに買い直そうと思っていたが、
体調不良など色々とが重なって携帯ショップに行けず、2週間近くそのままだった。
本当なら新しく買い直して、
壊れた携帯からアドレスのデータを吸い出すなどしなければいけないところだが、
精神的にも肉体的にも参っていたせいか、
送られているだろうメールの数と着信の数を想像するとかなり面倒になったので、
番号もアドレスも新しくした。
今考えれば全部新しくしたことで、客からくるであろう苦情の処理の方が面倒くさい。

前回店で京子さんが「毎日お店に来ていた」と言ったのはそのためだ。
毎日なんてきっと嘘だろうけど、携帯が繋がらなかったから直接店に電話をかけ、
俺の出勤日を何度も確認していたんだろう。

今はもうマメに客と連絡を取ってはいない。
着信があれば返信するが、自分から店に来るよう営業をかけることはあまりはない。
いつも連絡しないと自分のところに来てくれないなら、それはそれでいい。
確かに金は欲しいが、今はホストで大金を稼がないといけないわけじゃない。
店でトップになるつもりも、必要もない。
一定の売り上げがあれば、店側も何も言わないし。


深いため息をつきながら服を脱ぎ、シャワーを浴びて仕事の準備をした。

鏡の前に立ち自分の顔を見て、言い聞かせる。



さぁ。

これから、また仕事。

あくまで仕事。

相手はお客様。

金のため。



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| 「僕の一日」  | 00:39 │Comments3 | Trackbacks0編集

僕の一日 56

帰り道、車の中でもう一つ聞いてみた。

『女性に付き合った人数を聞かれたとき、正直に答えたりしますか?』

「うん。本当に知りたい?って確認してから、答えてるよ」

それを聞いてもやっぱり付き合いたいと思うところが、斉藤さんのすごさとしか言いようがない。
これが他の人だったら、単なるヤリたいだけの男と思われる可能性が高い。

「まぁ、最近は誰とも付き合ってないけどね」

『そうなんですか……』

なんというか、色々確認しなくてもやっぱりすごい人だ。
色々と。


「和哉くんは今まで何人と?」

『え?!』

「ん?だから付き合った人の数」

『えーぇー・・・・・・とですね・・・・・・』

まさかの質問に、軽くパニックになる。

「まさか付き合ったことないっていうことはないでしょう?
 それだけカッコよければモテるでしょうに」

『あー・・・・・・まぁ、何回かは・・・・・・』

「ふーん」

『付き合ってるとき……』

「ん?」

『付き合ってるとき、本当にその人のこと好きでしたか?』

聞いてみたかった。
斉藤さんのようなひとが、誰かと付き合って、誰かを心底必要とすることがあるのか。
親兄弟ではない他人を、本当に好きだと思うことがあるのか。

「そうだね……正直言うと、本気でそう思ったことはあんまりないかな」

口調も、トーンも変えずに言葉を続けた。

「まわりがどう思ってるかは知らないけど、俺はあまり他人を必要としない人間なんだよ。
 性別問わずね。友達も彼女も、どうしても欲しいと思ったことはない。
 その場のなりゆきで関係を持つけど、それを長く続けようと思うことは少ないよ。
 だから彼女になった人はそれを感じて、電話やメールをたくさんしてくるんだろうけど、
 分かっていながらも、それが重いと感じちゃうんだよ。
 相手の束縛が苦痛になったら、一緒にいる意味がないからね。
 そういうことの繰り返しかな」

斉藤さんに必要とされる人はどんな人なんだろう。
さっき言っていた通り、バリバリ働いていてひとりで生きていけるような、
そんなひとなのだろうか。
他人を必要としない自立した女性を、斉藤さんが必要だからと束縛するのだろうか。

「お待たせ、着いたよ」

考えているうちにマンションの前まで着いていた。
夕飯を奢ってもらったうえに、部屋まで送ってもらうなんて、
まさに彼女のような扱いではないか。

『いろいろありがとうございます』

「明日も仕事だよね?今日は早く休むんだよ」

『はい、ありがとうございます』

車のドアを開け外に降りると、運転席からこちらを覗き込みながら斉藤さんが言った。

「身体がキツイときは早めに電話もらえる?
 明日は朝から店にいるから」

『わかりました。色々ありがとうございます』

「ゆっくり休みなさい。
 目も疲れてるだろうから」

『え?』

「疲れると視力も下がるよ。
 あんまり良くないでしょ?視力」

『俺、言いましたっけ?』

「いや、なんとなく」

『……すごいですね』

「俺も目は悪いから、視力が低い人の目の動きぐらい見ればわかるよ。
 とにかく今日はゆっくり休むこと。
 久しぶりに働いたから思ってるより身体はビックリしてるからね」

メガネを右手で押さえながらニッコリと笑った。

『はい。ありがとうございました』

「おやすみ」


車から降りて軽く頭を下げると、小さく手を振って来た道を戻って行った。
食事をおごってくれたこと、ここまで送ってくれたことに感謝しながらも、
彼に見透かされていることに言いようのない恐怖心が生まれていた。


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