僕の一日 53


小さく頷く斉藤さんを直視できなかった。

「気づいているならいいんだ。それで君がダメになってしまわないなら」

窓の外を眺めて少しだけ安心したような顔をした彼に問いかけた。

『いつから気づいていたんですか?』

視線だけを俺に向け、口元だけで笑ってみせた。


「彼女が君の弱さに気づいた時から」


それはいつを指すのだろう。


飲み会で俺を送ってくれたとき?
それとも……。

そもそも俺の弱さって、何?
何に気づいた?
単に精神的に弱いところ?

左腕に意識が向く。
彼は気づいているだろうか。
この服の下に、時計の下に、傷があることを。


知りたいこと、知られたくないことがありすぎて、
何を言ったらいいのかわからない。

優しく穏やかな顔で俺の言葉を待つ彼に、わずかな恐怖を感じた。


彼から見たら俺たちは小さな子供で、
親が子の考えていることや隠し事が分かるように、
すべてお見通しなのではないだろうか。


返す言葉を探していると、目の前に注文していた煮魚定食が運ばれてくる。

「さ、あったかいうちに食べよう」

重くなりかけた空気を一瞬で払いのけ、店員に「ありがとう」と笑顔を向けた。
顔を真っ赤にした店員が、嬉しそうにテーブルから離れていく。

『すごいですよね……』

「何が?」

感心して呟くと、煮魚をほぐしながら斉藤さんが聞き返してきた。

『いや……なんというか、笑顔の破壊力が……』

周囲に聞こえないようにごもごもと喋ると、プっと笑って「なんだそれは」と言った。

「あぁー、ごめんごめん、馬鹿にしてるんじゃなくて、君がそんなこというと説得力ないって意味。
 前に有利くんの部屋でご飯食べたとき、そういう話になったよね」

『そういえば……』

「そうそう。君も十分破壊力あるってこと」


ヤバイ。
否定しないであっさり認めてる。

カッコ良すぎる。
まったく嫌味がない。
どうやったらこんな風になれるんだろう。



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| 「僕の一日」  | 00:43 │Comments0 | Trackbacks0編集

僕の一日 52


間違いなく相手の心の奥をついてくる。
斉藤さんの得意とするところだと、働き始めて間もなく気づいた。

「続きだけど、石川は優しくていい人なんだけど、人を追い詰める時がある。
 それに本人も相手も気づいていないことが多くてね。
 石川が特別に優しくすると、そのせいで相手が身動きが取れなくなる時があるんだ」

言いたいことがよくわからない。

「優しくすることはいいことなんだけど、度が過ぎると相手を縛ることもある。
 石川の場合はその優しさで助けているつもりなんだろうけど、
 相手の行動範囲や思考を制限しているときがあるんだよ。
 それに気づいたことはない?」


ズキンと左胸が痛むのが分かったが、ごまかすように笑顔で「はい」と返事をした。

そういう意味か。


優しさが相手を縛るなんて思いたくない。
誰だって優しくするときは相手のことを思っているはずだから。


でも、その優しさが時には行動や思考に制限をかけるときがあると知っている。

精神的に病んでいる人間は他人と接触を極端に避けることが多い。
何も考えたくなくなってしまう。
ひたすら他人との距離をとり、壁を作り自分の居場所を守ろうとする。
そうしてできた空間は居心地が良い。
何も考えずにただ自分の中に籠っていればいいのだ。
誰からの干渉も受けず、傷つくこともない。
相手はその優しさから否定的な言葉をかけてこない。
その庇護のもとオブラートに包まれるように相手に甘え、
現状を打破することを先延ばしにする。

そのときは自分も相手もそれで良しと思ってしまう。
痛みがない時間は誰にとっても優しいものだ。
優しくしてくれる相手も、
目の前の人が傷つき辛い状態を見ずに済んでいることに安心するのだ。

けれどそれは本当の優しさではない。
落ち着くまでの一時、その優しさは大事だが、
それ以後は状況を変えるための足かせにしかならない。
そこを見誤ると問題が長期化する。

根本的な解決になっていないのだ。

まさにそれが今の自分と彼女との関係。
辛いときには彼女が来てくれると、心のどこかで期待して、
自分をどうにかしようと努力をしていない。


斉藤さんはそれを見抜いていたのだ。


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| 「僕の一日」  | 23:45 │Comments2 | Trackbacks0編集

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