僕の一日 51

屋上にあるお客様用の駐車場に彼の車が止めてあった。
車のロックを外しながら「さぁ乗って」と促された。

『あの、俺…ひとりで帰れます…斉藤さんとは反対方向だし…』

「いいから乗りなさい。顔色も悪い。これは店長代行の命令です」

『…すみません、お願いします』

いま彼のそばにいることは良くないと直感的に感じ、
できればひとりで帰りたかったが、そうはさせてくれないようだ。
諦めて助手席に乗り込む。


「夕飯どうしようか?おごるよ」

シートベルトを締めながら、そんな言葉を口にする姿を彼女に見せたくないと思った。
エンジンをかけ「どうする?」と優しく笑うその姿に、惹かれない人はいない。

『え、っと…近くのコンビニで買うので大丈夫です。
 いままでいっぱい奢ってもらってるし、これ以上迷惑はかけられないです』

「自分から言ってるんだから大丈夫だよ。スタッフの面倒をみるのも先輩の仕事と思いなさい」

『はい……』


もはや自分の意見すら通らない。
これ以上余計なことを言ったら、もっと大変なことになると思い、大人しくすることに決めた。



バイト先の店が入っているビルから大通りに抜け、斉藤さんがよく行くという定食屋へ向かった。
「弁当ばかりだったから、たまには出来立てのものを食べよう」という言葉に、
意見する余地もなく頷いた。


「石川は」

『え?』

「必死になりすぎるんだよね」


唐突に言い出した言葉への返答に困っていると、特にそれを気にすることなく話を続けた。


「前に言ったかもしれないけど石川はね、他人のためになら自分のこと犠牲にするクセがあるんだよ。
 まぁ、はたから見ると、人のために必死になる優しい人なんだけど、
 彼女の場合少しだけそれとは違うところがあるんだよ。
 それが本人も相手も気づいていないからタチが悪い」

『……それって、どういう?』

「うん。やっぱり気づいてないんだよね。だから悪循環になってしまう訳だけど」

『え?俺、何か悪かったですか?』

「ちがうちがう、そうじゃないよ。詳しくは夕飯食べながらにしよう」


定食屋に入り席に着くと、俺にメニューを渡し「おススメは煮魚定食」と付け加えた。
言われるがまま煮魚定食にすると、「すみませーん」と手を上げ店員を呼んだ。
チェーン店でそれなりに有名なこのお店は、時間帯のせいもあり、
ほぼ満席状態で店員はあわただしく店の中を動いていた。
こんなとき気づかれずにイライラしてしまうことが多いと思うのだが、ここはさすがというか、
常連だから顔を覚えられているからなのか、ハッキリしたことはわからないが、
バタバタしていた店員のほとんどが一斉にこっちを振り向いた。
無論、全員女性。
我先にという感じで店員が走ってきたが、ここは近くにいた人が有利である。
「お待たせいたしました!」と明るい声で、
学生バイトらしき女の子が嬉しそうにテーブルの前に立った。

「煮魚定食ふたつと、ドリンクバーふたつで」

最後の言葉に、反射的に斉藤さんを見てしまったが、
気にすることなく、店員の復唱を頷きながら聞いていた。

店員が去った後、俺が言葉を発するのを見計らったように言った。

「お金とか気にしないの。たかがドリンクバー。
 金欠だったらおごらないし、下心もない。
 もちろん変な下心もないよ」

『変な?』

背筋が寒くなる言葉に顔がひきつる。

「いや、だからそこで真に受けない。俺はそっちの趣味ないって言ってるじゃん。
 会社じゃ先輩が後輩に食事奢ることなんて当たり前だよ。
 だから気にしない。ね?」

眼鏡をはずし背もたれに寄りかかりながらやわらかい声で呟く。
気づかないフリをしているが、店員の視線をやたら感じる。
近くに立っている店員にはおそらく会話が聞こえているだろう。
かなり、居心地が悪い……。

『ホントに、頭が下がります』

いろんな意味で関心して呟くと、「まだまだだよ」と言い眼鏡をかけ直し立ち上がった。

「何飲む?とってくるよ」

『いえ、俺が…』

立ち上がろうとしたところを笑顔で制止された。

「何飲む?」

『ウーロン茶でお願いします』

「了解」


その長い脚で軽やかにドリンクバーの前に立つと、
女性店員がその行動を盗み見ていた。


『……(うわ、こえー……何飲むかチェックしてる?)』


危うく声にでそうになり、あわてて口元を押さえる。

おそらく斉藤さんは店員の視線に気づいている。
気づいていて、気づかないフリをしているのだ。
そういう風に気にせずにいられるところも余裕のある大人に見える要因のひとつなんだろう。

俺だったら間違いなくこの店には来ないな。

『……』

あれ?
もしかして斉藤さんも、そういうのを気にしてお弁当をよく食べるのかな?
今日は俺がいるから、いつもお弁当だったし、魚とか食べてなさそうと思って…。


ウーロン茶の入ったグラスをテーブルに置きながら、
「ん?どうかした?」と首を傾げる斉藤さんに、
深く頭を下げ、
『本当に、頭が下がります』
と、心から言った。

「何を言うかね和哉くん。僕にとって君はカワイイ仲間なのだよ」

笑顔でそんなことを言ってきた。
つられて笑顔になってる自分もまた、店員同様に彼にヤラレた一人なのだけど。

「うん。頭まわってきたね。これなら大丈夫そうだ。話を戻そうか」

瞬間笑顔が氷つく。

「あからさまに顔に出てるよ」

『え?!』

あわてて両手で顔を隠すがすでに遅い。
クスクスと笑う斉藤さんが言葉を続けた。

「君はツメが甘いんだよね。仕事中は完璧なまでの演技っぷりなのに、
 仕事が終わった途端、素に戻ってるのことが多いよ。
 自分で思うより気を抜きすぎてるのかもね。
 さっきもそうだったんじゃないのかな。
 バックルームに入った途端、君は気を抜いた。
 あれが店の中だったら、俺の言葉に動揺することともなかったんだろうね。
 違うかな?有利くん?」


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| 「僕の一日」  | 01:58 │Comments2 | Trackbacks0編集

僕の一日 50

声にならない言葉が口の中で消えていく。
誰も傷つけたくないし傷つきたくもないから、
他人との距離を置いて一線以上は踏み込ませずにきた。
周りから見たら寂しい生き方に見えるかもしれない。
それでも自分自身を守るため、かかわってくれる人たちの為にそうしてきたのだ。
なのに、誰かを傷つけていたというのか。

この人が言う「他人」とは誰なのだろう。


「そうやって意識を切り離そうとするのも、君の弱さだ」


初めて見る攻撃的な目と、避難する言葉。
今の俺には強すぎる。

押しつぶされてしまいそうだ。


くっきりと目に映っていた長身の姿が輪郭を無くしていく。
世界の色が薄く抜けて、形あるもが境目を失くし混ざりあっていく。

まばたきも出来ないまま、指先から音が零れ落ちていくのを感じた。

このまま色も失くしてしまいそうだ。


あぁ、そうか。

この人は今まで。



折れそうに震える膝が警告をする。




ダメだ。

これ以上はダメだ。



見てはいけない。


聞いてはいけない。



ゆっくりと瞼が落ちて、光すら遮断していく。
このまますべてを拒んでも、何が変わるわけではないのに。


完全に視界を失くしてしまうその直前、意識を引きずり戻す声が聞こえた。


「待って」


振り返ることも声を出すことも出来ず、ただ立ち尽くす俺の後ろにあるのは、
いつもアパートの入り口でチャイムを鳴らす彼女の気配。

両の目から涙がこぼれた。



「それ以上はやめて」


絞り出したような声が聞こえてくる。

彼女も泣いているんじゃないのか。



どうしていつもそうやって、助けてくれるんだろう。


「私なら大丈夫だから、それ以上なにも言わないで」


麻痺した手からこぼれる音を拾うように、細い指が絡まってくる。
伝わってくる彼女の熱。


「いま相沢さんが帰ってきた。これ以上は話さないで」

「アイツは何を聞いても驚かないよ」


低い声音が棘を持っているのが分かる。
いまの彼は、何にも容赦がない。


「それでもまだお店は開店中なんだから、場所を考えて」


力が入った彼女の指が震えているのが分かる。
彼もそれに気づいているろうか。

小さなため息の後、ポケットから鍵を取り出しながら言った。


「……うん。分かってる。悪い。
 なんだかこのままだと二人がダメになりそうだったから、つい…」

『……すみません』

「いや、僕が悪かった。ごめんなさい」


小さく頭を下げると、机の上に置いてあった眼鏡とショルダーバッグを手にし、
俺の腕を軽く自分の方へ引き寄せた。
繋いでいた彼女の手が離れる。

「送るよ。車で来てるんだ」

『え?』

有無を言わせない目の強さが、余計な思考を停止させる。

「じゃあ、荷物持って。すぐ行くよ」

質問も反論も彼女と話す時間もなく、言われるがままロッカーから鞄とジャケットを手にすると、
彼に引きずられるように通路側のドアから外へ出た。

そのわずかな間、彼女は悲しそうな顔をしたまま何も言わなかった。


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| 「僕の一日」  | 23:57 │Comments2 | Trackbacks0編集

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