僕の一日  26

大人しく寝る覚悟をした姿を見て、彼女が台所へ戻った。
なにを作っているのだろう?
材料なんて何一つないはずだけど。
台所に立つ彼女の姿を見ていたら、突然振り返り、

「始発の電車で乗って帰るから、あとはちゃんと休んでね」

と言って優しく笑った。

その言葉を聞いて胸が痛んだ。
帰って当然なんだけど、本当は。

『うん。分かった。ありがとう』

おとなしく休むことを表明すると、また何かを作り始めた。


小さい頃は熱をだすたび、母親がずっとそばで看病してくれた。
熱で辛いけれど、いつもより優しく色々と気にかけてくれる母がそばにいることが嬉しかった。
いつからそんな母をうっとうしいと思ったり、
わずらわしいと思ったりするようになったのだろう。

身体を起こし彼女の後姿を見つめる。
俺の母親でも恋人でもない彼女。
普通に毎日働いて、一人暮らしをしている。
こんなことをして、どれだけの負担がかかっているのだろう。
肉体的にも精神的にもキツイはずなのに、面倒そうな顔もしないで笑ってくれる。

あれ?

彼女がいる空間に安心してうとうととしていたところに、電話で交わされた言葉を思い出す。

“無理してんのバレバレだからさ”

そうだ。
無理をしていると言ったんだ。あの人が。
俺よりも1年長く彼女と一緒に働いている先輩。
なにか知っているような口振りだったけど・・・。

確かにこうやって色々と助けてもらっている分、彼女は負担になっている。
それは分かっているけれど、あの人が言いたかったのはそういうことじゃない気がする。
もっと別なことで、俺の知らないことで。


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| 「僕の一日」  | 16:39 │Comments2 | Trackbacks0編集

僕の一日  25

彼女が誰かに助けを求める姿は見たことが無い。
仕事のことであれ、全部ひとりでこなしているように見える。
仕事以外の場でも、彼女の泣言は聞いたことが無い。
そういった感じを顔に出すことも無い。

誰にも頼らない。
弱音も吐かない。
愚痴も言わない。

彼女はひとりで立っていられる人だと思っていた。


「大丈夫?」

突然耳に入った声に驚いて顔をあげると、
ソファーに寄りかかったままで、彼女がこちらを見ていた。

『・・・大丈夫。ありがとう』

携帯をテーブルに置いてソファーに座ると、彼女が毛布を俺の方へ置きながら言った。

「そっか・・・良かった」

思えばあの人とどこか似ているかもしれない。
例えばこの穏やかに笑うところとか。

『・・・わざわざ泊まらなくても良かったのに』

「なに言ってるの。結構ひどい状態だったんだから。
 熱はたいしたことなかったけど、身体がグッタリして大変だったんだから」

『あ、ごめん。俺そのへん覚えてなくて』

「うん。そうだと思う・・・あの状態なら、ね」

『俺・・・そんなにグダグダだった?』

「うん、グダグダだった」

『ホント・・・・・ごめん』


体調がどうあれ、これだけ周囲に迷惑をかけている自分が情けなく思った。


「少しは調子が良くなったみたいだけど、熱測った?」

『いや、測ってないけど』

「ほら、その辺がダメ。ちゃんと測る。
 まだ4、5時間位しか寝てないんだし、もっと寝ないと」

『えーと、もう大丈夫だよ』

少し困った顔になってしまった自分に気づく。
この薄明かりの電球の下、彼女にはどう映るだろう。


「なに言ってんの。ちゃんと測って、ちゃんと寝る」

『は、はい・・・』


押し切られる形で熱を測ることになった。
誤魔化してしまおうと思っていたのに。
やっぱり通用しない。

体温計を脇にはさんだのを確認してから、彼女は台所へと向かった。
パチっと部屋と台所の電気をつけ、やかんに水を入れお湯を沸かしだした。
ぼんやりその姿を眺めていると、ピピッと音が鳴る。
おそるおそる体温計を見ると、休んだにも関わらず熱は38.4まで上がっていた。


「何度だった?」

台所から彼女の声がした。

『・・・えーっと』

まさか今の小さな音が聞こえたとは思えないが、絶妙なタイミング。
なんとか誤魔化そうと小声でブツブツと言ってみる。
こんなとき電子体温計は嘘がつけないから困る。
水銀のタイプなら、適当に下げることも可能なのに。


「ほら濁してもダメだよ」


台所から急須と湯呑茶碗をふたつお盆にのせて持って来る。
テーブルに置いて、茶碗にお茶を注いだ。


「はい、水分とって。体温計見せて」

『あー・・・はい・・・』


観念して彼女に渡し、湯呑茶碗に手を伸ばす。


「熱上がってるじゃない!」

『でも、あんまり気にならないよ。大丈夫』

「気になるとかじゃなくて・・・」

『いやいや・・・このくらい別に・・・意識もあるし』

「だめだよ、そんなんじゃ。ちゃんと休まないと。もう・・・」


一瞬驚いた様子をみせたものの、すぐに肩を落として気の抜けた声で彼女が言った。
熱があっても動けないわけじゃない。
これぐらいなら働くことはできる。
さっき電話で休んでいいと言われたが、この間も突然休んだばかりなのに、
これ以上迷惑はかけられない。

「水分取ったらすぐに寝る。あとお弁当買ってあるから、
 目が覚めたらそれ食べて薬を飲んで、またすぐに寝ること」

『いや、でも今日は・・・』

「今日はもう休みもらってるから」

『でもこの間も休んだばっかりだし、これ以上続けては・・・』

「なに言ってんの!病人は大人しく寝てる!」

『はい・・・わかりました』


観念してソファーの上で丸くなる。
仕事以外での彼女は、少し母親の雰囲気を漂わせている。
世話好きというか、面倒見がいいというか、誰もが安心できる空気をまとう。
穏やかに笑う彼女を見ていると、心が落ち着く。

こんな風に誰かを思って、その人の隣で穏やかに笑っていられたら、どれだけ幸せなのだろう。



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| 「僕の一日」  | 02:38 │Comments4 | Trackbacks0編集

僕の一日  24

メールの履歴から、バイト先のスタッフたちと飲み会があったことを思い出した。

でもなんで彼女がココにいるのかが分からない。
そもそもどうやって帰って来たのかも思い出せない。

ベランダへとつながる窓をゆっくりと開ける。
まだ暗い。
外へ出て窓を閉めた。

ひんやりとした風が肌に触れる。


着信履歴からバイト先の人へ電話をかける。
昨日の夜11時以降、2人からの着信があった。
そのときにはすでに家に帰ってきていた可能性が高い。

通話ボタンを押してみるも空しくコール音だけが鳴る。
携帯の画面に表示された時間を見て、普通は寝てる時間だと気づく。

夜に仕事をしているせいか、感覚がズレている。

履歴から2人目へ電話をかける。


「はーい・・・どちらさん?」

10コール後、気の抜けた声がした。
起こしてしまったようだ。

『あ、すみません有利ですけど』

「あー、大丈夫?」

起こされたというのに、怒る様子もない。
この人はいつも・・・。

大人の、男の人。


『すみません、起こしてしまって・・・。
 今日の飲み会の事、途中から覚えてないんですが、俺どうしてました?』

「んー。そうだねぇ・・・」


ゆっくりと話すこの口調はいつも変わらない。
聞いていて気持ちがいい、低い声。
こういう人と話すのは嫌いじゃない。


「急に後ろにひっくり返って・・・少ししか飲んでないのにさ。
 酔っ払ったのかと思ったら、熱あって。倒れたんだよ」

『・・・それは・・・すみません・・・』


言われればお酒を口にした気もする。
特に好きでもないけれど飲めないわけじゃない。
飲み会のときは周りに合わせて飲むようにしている。


「それで家に送ろうとしたんだけど、誰も住所わかんないってなったら、
 石川が分かるからって言って、タクシーで送ってくってなったの」

『・・・・そう・・・・だったんですか』


そのあたりの記憶がない。
彼女が送ったということは、自分の足で歩いて部屋まで来たはず。
薬だって飲んでいる。
この程度の熱で、記憶が飛ぶとも思えない。
なんで覚えてないんだろう。


「で、何で彼女はお前の家を知ってんだ?付き合ってんの?」

『ないです!』

「ムキになるなよ。冗談」


子ども扱いされたような気がするのはいつものこと。
ムキになったこっちの姿を見て、優しく笑う。
「ごめん、悪かった」と、全部まるめて呑み込んで、
それでいて嫌味が無く、場の空気を和ませてくれる。

この人にかかれば、俺はまるで子ども。
本当に、大人になりきれていない。


「俺も含めて、誰もお前の私的なこと、知らないからさ」


耳に届く声音が変わった。
めずらしく感情をのぞかせた声。


「彼女がこの会社で頼りにできる人なら、それでいいんだけどね」


カチッ、とライターの音が携帯越しに聞こえた。


「まぁ・・・ゆっくり休んで。今日は他の人が仕事出るから」


タバコの煙を吐き出す音が聞こえる。
灰が落ちる瞬間が見える気がした。


「それからさ、彼女・・・石川。
 もともと今日休みなんだけど、とにかく休むように伝えておいて。
 最近、無理してんのバレバレだからさ」

『・・・ぇ?』


わずかに出た声が、相手に聞こえたかどうかは分からない。
こっちの状況なんて分かるわけがないのに、何かを察したのか、
少しの間、無言状態が続いた。

携帯を持つ手に力が入る。

気付かなかった。
なんかあったんだろうか。
いつもと変わらない気がしていたけど。


『・・・わかりました。伝えておきます。じゃあ』


通話を終わらせ、部屋へと戻った。


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| 「僕の一日」  | 02:05 │Comments2 | Trackbacks0編集

僕の一日  23

誰かに呼ばれた気がした。
どこからか声がする。

これは、夢?

あれ?
いま、何時だ?


見慣れた天井が視界に入る。
ベッド代わりとなっているソファーの上にいることに気づく。
小さい電球が暗い部屋をわずかに映し出す。
外からは静かまり返った空気が流れてきた。

『なんか、だるい・・・』

かけてあった毛布をつかんでなんとか身体を起こし、薄暗い部屋の中に目をやると、
冷たいフローリングの床に座ったまま、ソファーに寄りかかって眠る彼女がいた。

時計の針は4時20分を指している。


テーブルの上にはいつもの薬と、水が入ったコップ。
それに体温計と買った覚えのない市販の風邪薬が置いてあった。
風邪薬は何錠か飲んだ跡がある。

静かに体温計を手に取り、毛布のなかでスイッチを入れた。
わずかにピッと音をたてた体温計を見てみると37.9を表示していた。

めずらしい事でもない。
軽い熱が出るのはいつものこと。
このだるさは熱のせいだろうか?
でもそんなことは、いちいち気にしていたらキリがない。


音をたてないように体温計をテーブルに戻し、
自分にかけてあった毛布を、コートを羽織って眠る彼女にかけた。
肌寒いこの季節、夜は冷える。


『それこそ風邪ひくよ』


わずかに聴き取れる程度の声で呟き、
壁に掛けてあるジャケットのポケットの中から携帯電話を取り出した。


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| 「僕の一日」  | 22:24 │Comments0 | Trackbacks0編集

僕の一日  22




音をたてないように家のドアの鍵を閉める。

暗い部屋にはカーテンの隙間からわずかに朝日が入っていた。

自分の部屋なのに、
自分の帰る家がココなのに、
自分はココにいない。


夜の仕事も終わり、朝早い電車で家に帰る。
煙草の匂いを染み付かせ、合わない酒で胃を悪くさせて、
帰った家で待っているのは、ただの沈黙だけ。


ため息をつきながら台所へ向かう。
蛇口をひねって手を洗った。

『・・・・・・』

なんだろう。
いつも違う。

水がお湯へ温まる時間が早い。
いつもなら手を洗い終える頃に、やっと水が生温いお湯へと変わる程度なのに、
今日はすぐに温かいお湯が出てきた。

蛇口を閉めて、部屋を見渡す。


かすかな空気は確かにそこにあった。



濡れた手はそのままで、足早にソファーへと向かう。
テーブルの上にはメモ紙が置いてあった。


メモ紙に書かれた文章からは、すれ違いで彼女がこの家を出たのが分かった。
さっきまで彼女はココにいた。


もう一本早い電車で帰ってたら会えただろうか。


きれいにたたまれた毛布に目をやる。

今日は俺も彼女もバイトだから、あと数時間後には会える。


でも。
それでも。

今、会いたかった。


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| 「僕の一日」  | 23:18 │Comments2 | Trackbacks0編集

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