「君の手」 改正 前編



彼は、たいがい誰かと一緒に居る。
周りから集まってくる。
囲まれているときの彼は、いつも笑顔で、
一緒にいるみんなも楽しそうで。

でも、
一人で居るときの彼は、外を眺めているか、
自分の左手を見ていた。
いつも笑っている笑顔が嘘のような顔で。


これが彼に対する、私の第一印象だった。






1時間に1本しかないバスに乗って、
遠くからこの学校に通っている私は、
いつもクラスで一番乗りだった。

校庭や体育館からは朝練をしている部活のざわめき。
それを抜かせば、静かな校舎。

クラスの扉を開けて、
誰かが居たことはない。



クラスの真ん中の後ろの方にある自分の机にカバンを置く。
空気を入れ替えるために、窓を開ける。

まるで日課のようになっていた。

そして時々見かける。



笑いながら校庭を走っている彼を。
部活の仲間と一緒に朝練している彼を。


彼はバスケ部だった。
1年生なのにレギュラーなのだと、
誰かが騒いでいた。


中学の頃からやっていたのだろうか?


窓に手を掛けたまま校庭を眺めていた。






気付くと、彼を探していた。


今、何をしているのだろう。
今、何処にいるのだろう。


無意識に追っていた。



ただ気になって。


彼の笑顔と心の中と手と。


授業中も、休み時間も、放課後も、
彼の姿を探すのです。



クラス委員会を終えて、教室へ帰ると誰も居なかった。
この誰も居ないクラスに慣れている。

静まりかえった教室。
校庭から聞こえてくる声。
穏やかな空気が流れていた。
そんな時間が好きだった。


自分の席に座り、机にうつ伏せになる。



  今、彼は何処にいるのだろう
  部活かな
  バスケットやってるのかな


そんな事を考えながら、ふと自分の左手を見る。


『なんで、彼は左手を眺めるんだろう』


左手を前へ伸ばしながら呟いた。


その手に何か意味があるのだろうか。

分からない。
きっと本人にしか分からない。




ただ


彼に 会いたい

会って話がしたい

クラスは同じなのに ろくに話したことがない


ねぇ 何を思って笑っているの?

本当に笑っているの?

教えて

教えて

知りたい


あなたは・・・






春が過ぎて、湿った風が吹き、嫌な空気が体にまとう季節がやってきた。


相変わらず彼は誰かと一緒にいて、笑っていた。

そして気付いたこと。


みんなはもう、このじっとりとした空気に暑さを覚え、半袖で来ている。
でも彼は、今でも長袖。
腕まくりをすることもない。


シャツのボタンを一つだけ外して、下敷きで顔を扇いでいる姿を見かける。


何故、半袖を着てこないのだろう。


この数ヶ月で、少し彼のことが分かった。



有坂 雅哉 
バスケ部所属 
一年なのにレギュラー 
中学時代からバスケ一本 
私立高校からも、お声がかかっていたらしい



当然 女子からも




  ただし 彼女がいたことは ない らしい




何故だろうか

女に不自由などしないはず



何故、彼は、彼女を作らないのか。


実際、高校に入ってからの、ここ数ヶ月で、
すでに何人もの女子から告白されているという。


ことごとく全員がフラれる結果となっている。
そして、必ず断る時の言葉の中にあるものが、


「本当の俺を知らないからだよ」


そういって、「ごめんね」というらしい。



   本当の彼とは?



友達から得た情報を巡らせながら、
自分より前の方の席に座る彼の背中を見る。


この長ったらしい数学教師の説明を聞いているのか聞いていないのか、
ペンを動かすことなく、黒板を見ていた。


私はそんな彼の背中を見ていた。



それは、6月も折り返し、
太陽の光が、ますます強くなっている、
ある日の数学の授業中。





何事もなく夏休みが終わり、文化祭が終わった。

彼と話す機会もほとんどなく、
ただ時間だけが過ぎていった。

夏を迎えても、
彼が半袖を着てくることはなかった。

同じ部活の人が言っていた。


“部活の最中も長袖を着ている”と。
試合以外はいつも長袖で、
試合のときは、必ずテーピングをしている。
そしてその理由については、
本人に聞いても流されて終わってしまうという。


半年も同じクラスに居て、
どうしても分からない、
彼が半袖を着ない理由。

けれどそれを咎める人なんて、誰もいなくて。

次第に、
風が冷たくなって、
涼しいと感じられるようになってきて、
半袖姿の人を見かけなくなった。

そして彼は変わらず笑っていた。





クラス委員会のおかげで、
時計は夜の8時を回っていた。

パタパタと夜の校舎を走る。
小さな音が大きく響く。
少し、怖くなった。

早く教室に戻って、カバン持って帰ろう

そう思い、教室へ急いだ。

明かりがついている廊下を走り、
自分の教室の前についた。
扉は開いていたけれど、
真っ暗で中は何も見えない。
恐る恐る教室へ足を踏み入れ、
入り口にある電気のスイッチを押した。

一気に明るくなった教室の一箇所に、
何かがあった。

『きゃあぁぁ!!!!』

委員会で渡された書類を全部落として、
扉へしがみついてしまった。

「・・・・ん」

よく見ると、人が寝ていた。

『はぁ。なんだ』

電気もつけないで寝ないでよ
ビックリするじゃない

心の中で呟いて、
もそっと顔を上げた相手を見た。

『あ・・・・』


有坂君だ。

部活が終わって教室で寝ていたのだろうか。
長袖シャツ一枚の姿でそこにいた。

「・・・・ん・・・夜」

外を見て、彼が呟いた。

まだ教室入り口の扉にしがみ付いている私をみつけて、言った。

「あれ?阿部さん、だっけ? どうしたの?こんな時間まで」

そう、言った。

彼が話しかけてきた。

『あ、えっと、あの委員会で遅くなって・・・』

嬉しいのと、怖いのが少しと、
何で、彼がいるのか分からないのと、
状況が理解できず混乱した頭で答えた。

「そっか。大変だね。クラス委員も」

そう言って、彼は立ち上がった。

「どうしたの?何か取りに来たんじゃないの?」

入り口で固まっている私に聞いた。

『あ、ごめん、カバンを』

急いで落とした書類を拾い集め、
そろそろと教室に入る。

真っ直ぐ顔を向けられない。
うつむいて自分の席へ向かう。

「・・・・」

そんな姿を彼は無言で見て、そして言った。

「一人で大丈夫?駅まで送ろうか?」


『え・・・・』

一瞬、手がとまる。

今、なんて・・・・

「もう遅いし、俺も帰るから、 途中まで一緒に帰ろう」

『え』

彼を見たまま、また固まってしまった。

「・・・・(?)・・・何かマズイ? 別に、無理にとは言わないけど?」

『違!!あ、何も、あの、マズくないです』

真っ赤になってうつむいて言った。

「・・・・あ、そう・・・じゃ、送るよ」

何故、固まったりうつむいたりしてるのか、
理解しかねてる様子で、微妙な返答を彼はした。
部活で汗だくのシャツを脱いで、制服に着替えだした。

そんなのも視界に入らず、

嬉しいけど緊張する・・・・

ギュッと目を瞑って、うつむいていると、

「ホント、大丈夫?」

そう言いながら、振り向いた。
振り向いた彼は、上着を脱いでいた。

『あ、だ、大丈夫・・・』

ハタと我に返って顔を上げた、瞬間、
笑顔が凍った。


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| 「君の手」 08.6.8 完 | 21:37 │Comments0 | Trackbacks0編集

「君の手」 改正 後編




書類をもっていた手は止まり、目が一点だけを捉えた。

『・・・・あ、・・・』

声がまともに出なかった。

彼の顔が見たことのない表情になった。


「・・・あぁ、ごめん。 汚いモノを見せて」

私の表情に気付いて謝った彼の腕は、
今まで見たことのない腕だった。

身体を向きなおし、Yシャツを羽織って言った。

「初めて見る?こういうの」

『あ・・・はい・・・あの・・・』

「そっか、ごめんね。嫌な思いさせちゃって、
 気をつけてはいるんだけど、たまに気が抜けてたりすると、
 ボロがでちゃうんだよね」

俯きながら、少し口元を笑わせてみせた。

ゆっくりと彼に近付いて、彼の隣に立った。
俯いたままのその姿は、
いつも学校で見せている有坂雅哉とはまるで違った。

『どうしたの?その・・・腕・・・』

小さく聞いた。

「・・・・・」

『あ、ごめんなさいっ、あの・・・』

怒らせてしまったと思った。
すると、

「いいよ、こっちこそごめん。
 見たくもないもの見せてしまった」

『ううん、私は平気・・・大丈夫だけど・・・』

彼は、シャツの袖をまくってみせた。

「これはね、タバコの火を押し付けた痕。
 根性焼きとも言うんだけど、
 これは自分でやったわけじゃなくて、
 親に毎日やられていたんだ。小さい頃」

『・・・・』

「とにかく毎日やられてて、もう皮膚が再生出来なくなってしまって、
 こんな状態になってしまったんだ。
 もう、治らないんだよ、手術でもしないかぎり」

『・・・痛くは・・・ないの?』

彼はその言葉に、こっちを見て優しく笑った。

「大丈夫。痛みは感じないんだ、もう。」

『でも・・・』

何だか泣きそうになってしまって、口元を押さえた。

「慣れたよ、虐待も言葉の暴力も。もう慣れた」

『そんな・・・簡単に思えないよ・・・・』

ぱたっ、と涙があふれて落ちた。
彼はそれを驚いて見た。

『だって、痛いじゃない・・・・』

「何で泣くんだよ。阿部さんは悪くないのに。」

『だって・・・』

もう言葉にならなかった。



彼はそのカチカチになった皮膚で覆われた両腕を、
他人の目から隠し続けて生きてきた。
それは他人の目に映ることが、迷惑と考えて。
気持ち悪いものをみせるかのように、申し訳なさそうに、
まるで自分が悪いかのように。


彼は立ち上がって、私の頭に左手を置いた。

「ごめん、阿部さんは優しい人なんだね。
 そういう人に見せてしまうと、
 その人はその痛みを感じてしまう。
 だから人前に出さないようにしてるんだ。
 別にこのコト自体を隠すつもりはないんだけど。
 もう、気にしないで。
 今はされてないし、大丈夫だから。
 帰ろう。家に。」

『・・・・』

彼の言葉は優しくて、
ますます涙が溢れてきて、
どうしようもなく、悲しくなって切なくなって。
頭にある左手は冷たくて。

「さぁ、帰ろう」

ゆっくりと頭から手を離して、
私の手をとった。
驚いて顔をあげた。

「阿部さんの手は大丈夫。
 優しい手だよ。こんなことしない。」

ただ、彼を見た。

「ありがとう、泣いてくれて。」

『っ・・・・』

彼の左手を握ったまま、ぼろぼろと泣いた。





下駄箱を閉める音が、響きわたる。
多分、校舎には先生たちしかいない。

「うわ、今日は星がすごい」

空を見上げて彼は言った。

『・・・・』

確かに星はたくさん出ていて、とてもきれい。
でも、それ以上なにも感じなかった。

無言で空を見上げている私に声をかけてくれた。

「負い目を感じる必要はないよ 
 逆に俺が悪かったんだ。
 もう少し、気をつけてれば、こんな思いもさせずに済んだ」

『違!私は、・・・・
 私は、なんで泣いてるのかすら分からない・・・・』

「そんなものだよ。
 意味なんてなくていいよ。
 同情や慰めの言葉が欲しいわけでもない。
 最も、“かわいそう”とか“大変だね”
 なんて言われた日には、こっちが泣きたくなるけどね」

『・・・今までそうだった?』

「うん・・・みんな悪気はないのは分かってるんだけどね。
 後から、涙がでてくるんだ。
 別に、そう言った人たちに対しての怒りとかじゃないんだけど。
 何故か我慢ができない」

どんな想いを繰り返してきたんだろう。
家に帰って、自分が思う親はそこには無く、
あるのは恐怖と、消えない傷痕。
それを今は、全部を受け入れられているのだろうか。 
 
『聞いていい?』

「なに?」

『今も、両親と暮らしているの?』

「そうだよ、親二人と3人家族」

『・・・平気なの?』

「父親は最近じゃ、家に居ることのほうが少ない。
 母親は俺へ八つ当たりをするけど、
 もう俺の方が力が強くなったから、
 殆ど、泣きわめいて終わるかな。」

『・・・・』

「結局、母は父の暴力に耐えられず、
 俺へ怒りや悲しみをぶつけることで、
 自分を保っていたんだろう。
 でも、今じゃ下手に俺に手を出して、
 俺が怒ったりしたら、 逆にやられてしまうことを、
 父親を見てよく分かっている。
 だからもう、そんな酷いコトはないんだよ」

校舎を背に歩く二人の空気は、
とても冷たかった。

『高校生になって、逃げようって、思わなかった?』

その問いに、少し顔がこわばった。

「・・・何度も思ったよ。
 自分でお金も稼げる。
 高校へ行かなくても生きていける。
 一人で働いて、一人で暮らして・・・でも」

『でも?』

「残された母はどうする?」

思いもよらぬ質問がきた。

『どうするって・・・だって・・・それに苦しんで・・・』

「確かにそうだよ。でも、本当に俺が憎くて暴力をふるっていたのなら、
 何故、高校へ入れてくれたんだろう」

『・・・・』

「父親がほとんど家へ戻らなくなって、
 生活費さえ、まともに入れてくれなくなって、
 生活するのも必死な状態で、
 何故、俺を高校へと行かせたんだろうって思った。
 別に無理に行かせる必要なんてない。
 自分が苦労してパートに行くより、
 俺へ、“働け”と言えばそれまでだった。
 でもそんなことは一言も言わなかった。
 母の、俺への愛情だと思えた。
 謝罪にも感じられた。
 そういう形だけでしか、表現できないと。
 だから・・・・」

話を続けようとして、止めた。

「だから阿部さんが泣く必要はないんだよ」

立ち止まって、その身をかがめ、
私の視線よりも下からのぞいて言った。

「阿部さん、俺が見える?」

顔を覆っていた両手を少し離した。
そこには彼の笑顔があった。

「俺はね、笑えるようになったんだ。
 幼い頃は笑顔なんて知らなかった。
 そんなもの無いと思っていた。
 でも、今は笑えるんだよ。
 泣くことと憎むことしか知らなかった俺が」

『・・・本当に笑えてる?』

しゃくり声で聞いた。

「ホント」

にっこりと笑ってみせた。

『じゃぁ、どうしていつも同じ笑顔なの?
 何で一人で居るときとは違う表情なの?』

明らかに、彼の表情が固まった。
ゆっくりとしゃがんで、そのままうな垂れて言った。

「はは・・見抜かれてた?
 阿部さんてすごいね。
 兄弟いる?」

『妹と弟が一人ずつ』

「・・・そっか、だからかな。
 何か面倒見が良いって感じがする」

髪をかきあげながら言った。

「二人になつかれてたりするでしょ?」

『うん、結構歳が離れてるせいもあると思うけど』

「・・・へー、いいお姉ちゃんだね。
 俺も兄弟欲しかったなぁ・・・・
 楽しいんだろうな、家が・・・・」

彼の言葉が途切れた。

『あの、大丈夫?・・・あり・・・』

遮るように言った。

「何でだよ!!何で俺だけこんな目に合わなきゃなんねーんだよ!!
 俺が何したっていうんだよ!!
 俺だって当たり前に親に甘えたかったよ!!
 両親と手つないで、どこか旅行に行ったり、
 遊んだり!!
 良いことしたら、褒められたりしたかったよ!!!
 なんで!!誰か教えろよ!!!」

一気に感情があふれ出て、
一気に怒りがこみ上げてきて、
一気に悲しくなった。

しゃがんで、俯いたまま、

泣いていた。

『・・・・』

掛けてあげる言葉が見つからず、
ただ立ち尽くすしかなかった。




それから、時々、一緒に帰るようになった。
他愛もない話をした。
あの話はしなかった。
お互いにそれがいいと思っていた。

「ずっと疑問だったんだけど」

彼が言った。

『何が?』

「なんか、自惚れてるとか思われたくないんだけど」

『うん』

「なんで、女子は俺なんかに騒ぐんだろう」

思いもよらぬ疑問がきた。

『何でって・・・』

「別に俺じゃなくても、他にいるし・・・」

『うーん・・・難しい質問を・・・』

「だって俺はさ・・・」

言いかけて、俯いた。

『・・・・・』

「みんな、俺の本当のコトなんて・・・」

『本当のことは、話してくれないと分からないよ』

彼がこっちを向いた。

『だけど、みんなに優しいじゃない。
 多分、そういうとこ見てると思うよ。
 あとはカッコいいからかな』

「かっこいい?俺が?」

『え?言われたことない?』

「いや、あるけど・・・何か、よく分かんない」

『いいんじゃない?分かんなくて。
 逆に分かってて言ってたら、それって嫌味っぽい』

「・・・そうだね」

彼は笑った。
私も笑った。

「ありがとう」

優しい笑顔だった。

『・・・少し、やわらかくなったね』


ぽつりと言った。


「え?何が?」

『笑顔が』


彼の足が止まった。


「そう?」

『うん』

「そっか・・・きっと阿部さんのおかげだよ」

『え?』

「あの日、阿部さんが泣いてくれたから」

『・・・・』

「ありがとう」


彼は静かに、私の頭に左手を置いた。


「俺が他人に歩み寄ることを知ったのは、
 阿部さんがいたから」

「本当に感謝してるんだ。
 あの時、俺はラクになれた。
 重石が取れたように。
 軽くなったんだ。
 今まで、そんなこと無かったけど」

『・・・役に立てたのかな』

「もちろん。とても感謝してる。
 俺の話なんか聞いてくれて、思ってくれて」

『ううん、気になっていたから。
 いつも一人のとき俯いている姿が』

「・・・・うん、ありがとう」

二人で笑った。

私の頭の上にあった手が、ゆっくりと離れた。

大きな彼の左手に、
すっぽりと私の手が納まった。


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| 「君の手」 08.6.8 完 | 19:03 │Comments8 | Trackbacks0編集

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