『僕の一日』 


                    た
                    だ
 
                    わ
                    か
                    っ
                    か
                    く
                    れ
                    る
                    だ
                    け
                    で
                    よ
                    か
                    っ
                    た
                    は
                    ず
                    な
                    の
                    に

 

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春の一日
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夏の一日
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秋の一日
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冬の一日
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| 「僕の一日」  | 13:32 │Comments6 | Trackbacks1編集

冬の一日 10

10

「おまたせ」

トレイを持った斉藤さんが私のところに来ると、
女性店員はふたりで私の顔を見ながらコソコソと何かを話していた。
今日これで何度目か。

きっとこんなカッコイイ人にあんな不細工がなんで?とか話しているんだろう。
……辛い。

私の視線に気づい斉藤さんがレジの方を振り返る。

あわてて視線を逸らし、
何事もなかったかのように作業する店員を見て、
斉藤さんが呆れたようにため息をついた。


「ごめん、疲れるだろう」

「いえ、そんな……斉藤さんは悪くないですし」

私の前にアイスカフェオレを置いて、また「ごめんね」と呟いた。

「……斉藤さんは平気なんですか?」

「慣れたかな」

アイスコーヒーが入ったグラスを口に運び、
一気に半分ぐらい飲み干して、
「それでも疲れるといえば疲れるけどさ」
と、ため息交じりに言った。

「そうですよね」

「仕事中もさ、まさかここまでとは思わなくて、
 最初の頃はかなり疲れたけど、この頃落ち着いてきたから」


私たちが働く雑貨屋がオープンして7ヶ月。
最初の5ヶ月を私は知らないけれど、
オープンして間もないころは当然お客さんの数も多かったし、
口コミや噂で「超イケメンがいる雑貨店がオープンした」として、
雑誌の取材が来たほどだったと相沢さんから聞いた。
斉藤さんへの取材はすべて断り、
お店の紹介の場合のみ受け付けたという。

「石川にも迷惑かかってるだろ」

「私は別に……」

「ごめんな」


今まで付き合ってきた彼女たちは、どう思っていたんだろう。
やっぱり一緒に外を歩くのは疲れると感じていたのかな。

あんまり人が多くないところでデートしていたのかもしれない。


「すみません…まさかここまでだと思わなくて、
 ショッピングモールに行きたいなんて言って。
 仕事中のことから考えれば分かったことなのに」

「石川が謝ることはないよ。
 まあ、なんか今日はいつもより見られている気はするけど」


……それは多分、隣にいるのが私だから。


「今後はそういうこと、気を付けます……」

仮にこの先があるならばこれからはそうするのが良いと思って、
真剣な顔で言うと、驚いて顔をして手にしていたグラスを置いた。

「私、なんか変なこと言いましたか?」

「いや、そんなこと言われたの初めてだから」

くすくすと笑いだす姿を見て「え?なに?」と慌てだした私に、
「ごめんごめん」と謝りながらも、声を殺しながらお腹を抱えて笑った。

「ごめん、なんだか新鮮でさ」

「え?」

「いや、いままでそんなこと言ってくる人いなかったから」

「……どういうことですか?」

「うん、あのね」

腕組みをして思い返すように話した。

「俺のこと気にして人が少ないところに行こうなんて言う人、
 いままで付き合ってきた人の中で言ったのは石川が初めてだよ。
 どっちかっていうと俺と一緒に歩くことで目立つのを嬉しがる人が多かったし、
 ピアス買ったときみたいに、あんなにプレゼントを遠慮されたのも初めてだよ」

目立つのを嬉しがるってどういう事だろう。
斉藤さん本人は嫌だと思っているのに。

「だって記念日以外に高額なもの買ってもらうなんて、
 そんな申し訳ないと思わないですか?
 誕生日なら相手のときに返せばいいし、
 記念日ならお互い交換っていうふうになるけど、
 なにもないときにもらったらお返しをどうしたいいかって悩んじゃうし」

素直に感じたことを言うと、また驚いた顔をして数秒後に笑い出した。

「なんで?変ですか?」

「石川はやっぱり石川だな」

何を言いたいのか分からず困った顔をすると、
私の頭にぽんぽんと優しく触れた。

「それじゃあ、飲み終わったらピアッサー買って穴開けるか」

「え?!怖い!」

「大丈夫だよ、一瞬だし耳は鈍いから、たいして痛くないよ」

「ピアスしていたことあるんですか?」

「うん、大学生の頃ね。もう塞がったけど」

「似合いそう」

「そう?ありがと」

残りのコーヒーを飲む姿を見ながら、
どうしてこんな人が自分みたいなのとデートしてくれるのか、
なにか特別な理由があるんじゃないかと考えてしまった。
あまりに不釣り合いすぎて……。
こんなの女と一緒に居て恥ずかしくないのかな。

「どうした?」

心を読まれた気がして、首を横に振った。

そんなこと思うことが相手に失礼なのに、
何を考えてるんだろう。
そう思うなら私自身が変わらなきゃいけないのに。

「いえ、なんでもないです」

「そう?じゃあ、ピアスだけど」

「すごい怖いです!……大丈夫かな」

恐怖の表情で会話を遮ると、ちょっと困った顔で笑った。

「そんなこと言ったって開けないとピアス出来ないだろう?
 開けた後も1ヶ月ぐらいはピアス変えられないし」

「そうなのんですか?」

「うん、穴が安定するまで時間がかかるんだ」

「へー。そんなに」

「個人差はあるけどね。開けるのは一瞬だよ」

「は、はい」

買ってもらったのだ。
覚悟を決めなければ。

「さてどこで開けるか。消毒液が必要だし」

「ティッシュで拭けば平気です」

「いやいや、化膿したりすると一度閉じてからまた開け直さなきゃいけなくなるよ」

「……それは嫌デス」

「だろう?じゃあウチに行くか」

「…………え?」

テンポよく進んでいた会話が途切れる。

「うちって、斉藤さんの?」

「うん」

斉藤さんはひとり暮らしのはず。

「……」

「なんか問題?消毒液あるし」

「いや、その……」

デート初日にひとり暮らしの男の人の家に行くのは、私にはハードルが高すぎる。
それにまだちゃんとした形で「付き合う」と言われていない。

変な緊張感がこみ上げてきた。


「ああ……うん、そうか。それは平気。大丈夫」

何かを察して声のトーンを抑えて言った。

「そういうのは嫌なら言ってくれればしないし、大丈夫だよ」

「……はい」

「よし」


私がカフェオレを飲み終えるまで時間がかかってしまったけれど、
斉藤さんは急かすことなくゆったりと待っていてくれた。
そのあとはピアッサー2つ買ってショッピングモールを出た。

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| 「僕の一日」  | 13:30 │Comments0 | Trackbacks0編集

冬の一日 9

9

「さて、次はどうする?」

宝石を買った余韻など微塵も感じさせない雰囲気で、
斉藤さんがぐるりと辺りを見渡した。

「行きたいお店とかある?」

極度の緊張から解放されどっと疲れがでてしまい、
もう何かを見て回る気力もなくなっていた。

「すみません、なんか、少し休みたいです」

プレゼントを買ってもらって疲れたなんて、
とんでもなく失礼なことを口にしたのに、
嫌な顔ひとつせず「カフェで休もうか」と言ってくれた。

斉藤さんの真横ではなく微妙に斜め後ろを歩きながら、
自分のダメさ加減にうなだれた。

これじゃあ、このままフラれそう。


カフェのレジカウンターでドリンクを注文すると、
「先に行って座ってて」と優しく背中を押される。

「え、でも……」

「いいから。座ってて」

財布を持った私の手をそっと押さえた。
何も言えずに頷いて奥の席へと向かう。

一番奥の席のゆったりとしたソファーに腰をおろすと、
ふわっと身体の力が抜けた。

「ふう……」

大きな深呼吸をしてレジへ目を向けると、
女性店員2人が頬を赤くして嬉しそうな顔でドリンクを用意していた。
キャッキャッと聞こえてきそうな様子。
斉藤さんといえば特にそれを気にするでもなく、
カウンター内の壁に書いてあるメニューをただ眺めていた。


どこに行っても斉藤さんは目立った。


このショッピングモールまでは斉藤さんの車だったから、
特に何も気にならなかったけれど、
建物内に入ってふたりで歩いていると、
何処からともなく視線を感じた。

最初は私が地味でダサすぎるから笑われているのかと思ったけど、
「さすがにそこまで酷くない……はず」と、よく回りを見ると、
視線は私にではなく隣にいる斉藤さんに向けられていた。
ほとんどが女性でチラチラと見る人もいれば、
すれ違うタイミングでじっと見つめる人もいた。

あるお店で一緒に商品を手にしながら話してたときも、
近くにいた女子高生が「イケメンじゃない?」と、
ヒソヒソと話す声が聞こえた。

斉藤さんにも聞こえてるはずなのに、
まったく反応を示さず、周囲の視線も完全に無視していた。

きっと慣れているんだ。


うちの店でも仕事をしている最中に女性客の会話から、
斉藤さんのことを話しているのが聞こえてくることがある。
斉藤さんがレジに立てば女性が嬉しそうな顔で会計をするし、
品出ししていれば話しかけられて作業する手を止めることもしばしば。
うちの雑貨屋がやけに若い女性客が多いのは、
斉藤さん目当てなんじゃないかと思う程。
実際、お客さんに斉藤さんの電話番号を教えて欲しいと言われたことも、
連絡先が書かれた手紙を渡すように頼まれたことも何度もある。

直接斉藤さんに番号が書かれた手紙を渡す女性もいるけれど、
そういったものはすべてその日のうちに、
バックルームにあるシュレッターに飲み込まれていることを、
渡した女性たちはもちろん知らない。

仕事を終えて帰ろうとお店を出たところで告白されているのを見かけたときは、
モテるという事は大変なんだと、心底思った。
顔が良ければ人生楽勝ぐらいに思っていたけれど、
あまりにも良すぎるとこれもまた困りものなのだと、
斉藤さんに出会って初めて知った。


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| 「僕の一日」  | 15:14 │Comments0 | Trackbacks0編集

冬の一日 8

8

「明日お互い休みだし、どこか遊びに行こうか」



斉藤さんのそんな一言からデートすることになった。
生まれてから20年、一度もお付き合いしたことのない私にとって初めてのデートだった。
いや、デートと言っていいかどうかわからない。
…でもここはデートということにしておこう。


デート当日、
おしゃべりをしながら目的もなくショッピングモール内を歩いているとき、
宝石店のショーウィンドウに飾られていたアクセサリーが目に入った。
シンプルな形のブルートパーズのピアス。

「きれー……」

「欲しい?買おうか?」

足を止めて見入る私にあっさりと、
お菓子でも買うように斉藤さんが言った。

「えぇ?!いいです!そんな!高いし、穴開いてないし!」

すごい勢いで首を振ると笑いながら、
「あとで開けてあげるよ」と、
そう言って私の手をひいてお店の中に入って行った。

突然握られた手に一気に体温が上がった。
気付いていない様子の斉藤さんは普通に店の奥に入って行く。

「そこにあるピアスを見せて欲しいんですが」

入ったことがない宝石店の高級感と握られている手にパニックになっていると、
特に緊張することもなくいつもの調子で斉藤さんが店員に話しかけた。

ネックレスやブレスレットは持っているけれど、
雑貨店やアクセサリーショップでしか買ったことがなくて、
本物の宝石を使ったものはひとつも持っていない。
数千円で買えるものだけ。


自分みたいな貧乏バイトのひとり暮らしには無縁な高級なお店。
女性店員は綺麗で品のある人ばかり。
地味でダサい私は場違いと思ってしまう。
私みたいなのはこんなところに居てはいけない、そう感じてしまう。
店員だって心の中ではそう思ってるじゃないかって、思ってしまう。

今こうして斉藤さんが手を繋いでいてくれている状態も、
周囲にはどう映っているんだろうって、考えてしまう。

「こちらですね」

テレビで見るような真っ白い手袋をした店員が、
ケースからピアスを出す。

「どう?」

私の鬱々とした脳内を知る由もない斉藤さんが笑顔で言う。

「あ、っとえーと……」

ピアス本体がどうかよりも値札の方に視線が言ってしまい、
斉藤さんの声も上の空。

小さな値札を見ると、\48000の文字。

反射的に首を振りながら「無理無理」と小声で言うのが精一杯だった。
斉藤さんの陰で高速で首を振る私を見た美人の店員が、
笑顔で「どうぞ、お座りください」と優しく促した。

瞬間的に「座ったら買わなきゃいけなくなる!」と思った私は、
「平気です!」となぜか断りの言葉を口にしていた。

「大丈夫だから、座ろう。ほら」

緊張のあまりテンパっている私を見て、
繋いでいた手を離して椅子をひいてくれた。

「は、はい……」

言われるがまま椅子に座り、再度ピアスに目を向ける。
ピアスが置かれたトレイの下のガラスケースの中には、
パッと見ただけでは0が何個ついてるのか分からない宝石がずらりと並んでいる。
ピアスに集中できない。

自分が居ていいお店じゃない。

店員が鏡を持ってきて「どうぞ合わせてみてください」と、
私にとっては難易度の高いことを勧めてきた。

「いえ、大丈夫です」

なにが大丈夫なのか意味の分からないことを口にすると、
斉藤さんがピアスを私の耳に当てにっこりと笑って言った。

「似合うよ」

反則的な笑顔だった。
美人の店員も見惚れたんじゃないかと思う。

「無理です!耳に4万8千円なんて怖くてつけられないです!
 落としたりしたらどうするんですか?!」

最後の抵抗をしたが、さすがは宝石店の店員さん。
私の言葉に笑顔で答えた。

「気づかないうちに落としたりしないように、
 つまみを引っ張らないとはずれないピアスキャッチがございますよ」

「……はい」

どうしたらこの場から逃れられるのか。
買わなくて済む方法はないか。
回らない頭で必死に考えていると、斉藤さんが店員に言った。

「これと同じ石でもう少し安いピアスてありますか?
 形も似たようなものでお願いしたいんですけど」

その言葉に店員が「こちらはどうでしょうか?」と、
少し離れたところか2つピアスを持って来た。
両方とも同じ透き通るような青い石を使ったピアス。

「どっちがいい?」

ピアスを見ながら呟く斉藤さんに、
また高速で首を振りながら「いいですいいです」と言った。

「まぁ、そう言わずに」

ひたすら遠慮する私に、
斉藤さんが2つとも手に取り私の耳に当てながら見比べ、
特に値段も気にせずに「じゃあこっち」と言ってひとつを店員に差し出した。

「え?!」

「あとさっきのピアスキャッチも一緒にお願いします」

「ちょっ、待っ……」

「大丈夫だよ」

慌てる私の肩にポンと手を乗せてニッコリ笑った。
その笑顔をみせられると何も言えない。

レジに商品を通した後、
私たちの前に戻ってきた店員が差し出した電卓には、
「23489」の文字。

二万三千四百八十九円。

「これで1回でお願いします」

斉藤さんは金額に驚くでもなく財布からクレジットカードを取り出して、
店員が持って来たカルトンに置いた。


もう、どうしようもない。


通し終えたクレジットカードとレシートを持って戻って来た店員が、
サインをお願いする姿をぼーっと見ながら、
最初のデートでこんな高価なものを買ってもらっていいのかと考えた。
そもそもまだ付き合っていないのに。

普通はこういうとき遊んで食事して終わりなんじゃないのかな。
こういうプレゼントって誕生日とかクリスマスとか、
特別な日だけなんじゃないのかな。
あくまでも付き合っている人にだけど。



滑らかに「Aoi Saito」とペンを走らせる斉藤さんを見て、
こんな周囲が振り返るようなカッコイイ人と一緒にデートなんて、
嬉しいと思う反面、自分の地味さが恥ずかしかった。


接客してくれた綺麗な店員が、
大きな目を細めて笑顔で小さな紙袋を斉藤さんに手渡した。

「ありがとうございます」

お礼を言う斉藤さんにつられるように、私も頭を下げた。

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| 「僕の一日」  | 14:23 │Comments0 | Trackbacks0編集

僕の一日 122

しばらくして客数が減ったのを見計らって斉藤さんと一緒に休憩に入った。

『さっきのお客さんは何をしにうちの店に来たんですか?』

「あぁ、一緒に日本に来てる友達にこの店におもしろい雑貨があるって聞いたんだって。
 その友達とは今日は別行動らしくてこのビルの住所だけ聞いてて、
 何とかたどり着いたみたいだけど全然日本語分からないし英語も話せないから、
 1階から全店舗をのぞいて歩いてたみたい。
 それでそれらしきお店を発見して、有利くんに声をかけたんだって」

『へー、何の商品ですか?』

「それがさぁ、去年クリスマスの時だけ仕入れた、
 お金を置くと猫の手が出てくる貯金箱あったでしょ?
 あれを探していたみたいでね、無いことを伝えると頭を抱えて悲壮な顔してたよ」

『えぇぇ?!あれですかぁ?!』

確かに去年、そんなものがあった。
確かにカワイイが、子供向けすぎたのかあまり売れなかった記憶がある。

「ホントに。つい笑っちゃってさ。
 こっちに3~4日ぐらい滞在するなら仕入れられるかもしれないって言ったら、
 明日には八ヶ岳に向かうんだって。
 仕方ないから他に何かないかっていうから、
 店内軽く案内したら曲げわっぱの弁当箱に食いついてね。
 ほかに和柄の便箋に手ぬぐいを買って行ったよ」

思い出して笑っている斉藤さんがあまりに楽しそうだから、
「あとは?」「それで?」とかぶせるように聞いてしまった。
いつもは静かにゆっくりと話すタイプなのに、
ドイツ語で話すときは表情も変えながら抑揚もハッキリとしていたように見えた。
単にそう話すのが普通のことなのかもしれないけれど。

『あの、斉藤さんはドイツ語ペラペラなんですよね?今更ですけど』

自分のことはあまり話さない人だけれど、今なら答えてくれるかもしれない。

「うん。今ドイツに住んでも問題ないよ」

『すごい!外国語ペラペラな人と初めて会いました!』

興奮気味に言うと、くすっと笑って箸をおいた。

「有利くんは日本にはない特有の発音が苦手なの?」

『多分。全部同じようにしか聞こえなくて』

「そっか、うん、慣れないとそうかもね」

ペットボトルの蓋を開けながら、いつもの様に低い声で優しく呟いた。

『……ドイツ語は独学ですか?』

合わせる様にトーンを落として質問した。

「いや、知り合いに堪能な人がいたから小さい頃から教えてもらってただけだよ。
 勝手に身についたようなものだから、ほとんど勉強はしてないんだ。
 普段使わないような難しい単語をやったくらいかな」

『へぇー。親がそうだと勝手に話せるようになるのもそんな感じなんですかね?』

「そうだね」


一口水を飲むと空になったお弁当の容器を持って、
「さてと、相沢たちを休ませないと」と言って斉藤さんが立ちあがった。

「有利くんはあと20分ちゃんと休むこと」と笑顔で言われて、
立ち上がろうと机に着いた両手から力が抜ける。

「休憩はしっかりとりなさい」

ぽんと肩を優しく叩いてバックルームを出て行った。

斉藤さんはご飯を食べ終わると仕事に戻ったり書類を眺めたりと、
1時間しっかり休憩をとっているのを見たことがない。
時間を惜しむように働いている姿をばかりだ。
社員だからって休憩時間を潰さなくてもよさそうな気もするが、
店長もそれを特に気にするでもなく、
自分はしっかりと休むし、俺たちバイトも当然1時間しっかり休憩をくれる。

俺が具合悪くしたときもお弁当を持って来てくれたり病院に連れて行ってくれたり、
とにかくお店の為に、スタッフのためにと尽くしてくれているように俺には見えていた。


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| 「僕の一日」  | 17:21 │Comments0 | Trackbacks0編集

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