君の名と 29

  努力でどうにかなるものでないと分かっているのに。
 それを言えと、酷いことを口にしていた。


 「――うん。そうだね……今の医者の言うことは信じない」

 
 転校生が呟いた。


 「今まで言われてきたことは信じない。もしかしたら治っちゃうかもしれないし」


 そう言って涙をためた顔で笑った。

 
 「高校卒業は無理でも、普通の暮らしにもどれるかな。普通に、当たり前に生きていけるかな」

 「……生きていけるに決まってるだろ。学校なんていつでもいいんだよ」

 「そうだよね。通信とかあるし」

 「――あぁ。だから今は治すことに専念してればいいんだ」

 「うん……」

 「外での出来事は俺が話してやる。知りたいことも俺が教えてやる」

 「うん」

 「俺が出来ることは何でもする。だから俺より先にいなくなるな」

 「うん」



 二度と見たくもない。
 何も出来ず、ただ見ているだけなど。
 もう、経験したくない。


 「約束するよ」

 
 右腕を上げ、細い指を差し出してきた。
 約束の印。

 
 細くて小さな小指は、かすかに震えていた。


 「――約束」


 折れそうなその小指と静かに指切りをした。


 叶えられない、約束。
 指切りしても、変えられない運命。
 
 分かってる。
 でも。
 

 変えられない運命など、消してしまえばいい。
 そして新しく自分で運命をつくってしまえばいい。
 自分が望む未来をつくればいい。 



 そこに俺が手を貸してやれるなら。


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| 「君の名と」 | 22:30 │Comments0 | Trackbacks0編集

君の名と 28

 
 バイクに乗って着いた先は、病院。

 ヘルメットをはずし、時計を見た。
 面会ギリギリの時間。
 
 病室へ走る。

 
 ノックと同時にドアを開けた。


 「び、びっくりしたぁ……」


 転校生が驚いた顔でベッドから起き上がっていた。

 
 息を切らし、顔に汗をにじませながら、転校生めがけて歩いた。


 「どうし…」


 転校生が声を出したと同時に言った。


 「お前、あとどれくらい持つんだ?」


 真顔で聞いた。
 単刀直入に。


 「――え?」


 困った顔をして転校生が聞き返した。


 「この点滴を調べた。だいたいの想像がつく。いつからこんな風になった。いつから入退院を繰り返している」

 
 ベッドの傍には変わらず点滴がぶら下がっている。
 それを見た。
 見て、言った。

 多分、いつもより声が大きかったと思う。
 少しきつく話した気もする。
 それでも止められなかった。


 「急になにを……どうしたの?」


 まずは落ち着かせようとする転校生を無視して話を続けた。


 「俺は医者になる。そのために勉強をしている」

 「……そ…うなんだ」

 「俺が誰かを診られるようになるまで、お前は生きていられるか?」

 「え……」
 
 「俺がお前を診られるようになるまで、生きていられるか?」

 「――」


 転校生はうつむいた。
 
 酷いことを聞いていると分かっている。
 とんでもないことを口にしていると。
 でも、それでも本人の口から、大丈夫と言ってもらえたなら、どれだけ安心できるだろう。
 勝手に想像している未来を否定してくれたら。

 

 静まりかえった病室の中に、重い空気が流れた。


 俺はただ返事を待った。
 想像を否定して欲しかった。
 でも。

 
 「――ごめん…」


 泣いていた。


 「ごめんなさい……」

 
 ギリッと歯を食いしばった。
 
 自分で分かっている。
 自分がどうなるのか知っている。
 それが短い未来しかないこと。
 俺が医者になるまで生きていることは出来ないと。


 どうしようもない現実。
 行き場のない怒り。
 襲ってくる無力感。


 「――嘘でもいい……」

 「え?」

 「嘘でもいいから、大丈夫って言えよ」

 「……」
 
 「そんな……先のことわかんねーだろ。どうなるかなんて。だったら否定しろよ。医者に宣告された年数をやぶってみろよ!この世にそんなの転がってんだろ!!」


 気付けば大声を出していた。
 本当は大丈夫、すぐに退院すると言って欲しくて。
 体調崩しただけだよ、と言って欲しくて。

 逃げている俺を助けて欲しくて。



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| 「君の名と」 | 13:00 │Comments1 | Trackbacks0編集

「君の名と」

 
                 ・
 幼い頃、小学生、中学生。
 大人になったらいつか夢は叶う。
 叶えられるものだと思っていたし、まわりの大人たちは口々に言った。


 「努力すれば何だって叶う」と。


 しかし現実は違った。

 夢が何なのかさえ、歳を重ねるごとに分からなくなった。

 今ではもう、初めて本気で願った「夢」でさえ、決して叶えられないものとなった。


 それでもこの多忙な毎日の中で、彼女はずっと隣で笑い続ける。
                 ・


    「君の名と」 10月20日より連載開始


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| 「君の名と」 | 01:01 │Comments0 | Trackbacks0編集

君の名と 27

 

 参考書をボーっと見ながら考えた。
 手には分厚い本。
 
 勉強したくても出来ないということ。
 今の自分には考えられない。

 当たり前に毎日を過ごし、当たり前に先があり、未来の自分の為に今を努力する。
 それが当たり前。当たり前すぎること。

 でもそれが出来ない状態にあるならば?

 
 考えたこともない。

 自分には未来があり、そこには今の自分の姿が反映されている。
 それ以外の未来を想像したことがない。
 
 
 自分や宮城のように、元気に当たり前に生活している人もいれば、そうでない人もいる。
 当然、人の生死を簡単にひとくくりに出来るわけがないと分かっている。
 少なくとも、ある程度は。

 
 そして決めた。
 あのときに決めた。
 今でもそれは継続している。
 医者になるための努力。


 「クソ…」

 
 どんなに苛立っても、何を責めても、自分にはどうしようもない。
 あの時と同じ。


 でも、違うところに立とう。
 

 今度は自分と同じような人を目の前にした時、少しでも救える側に立とうと思った。
 だからこうして勉強しているんじゃないか。

 でも、アイツに間に合うのか?


 俺がその場に立ったとき、アイツはどうなっているんだ?

 いつまで俺はアイツの身体を考えていられるんだ?



 「いつまで……アイツは知っている?」

 


 そうだ。
 知っているんだ。
 だからあんな言葉がでてくるんだ。
 
 
 分厚い参考書を閉じ、机の上に置き、バイクのキーを持って部屋を出た。
 


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| 「君の名と」 | 17:35 │Comments0 | Trackbacks0編集

君の名と 26

 

 「宮城」

 「おう、珍しい。どうした?」


 放課後、体育館で1、2年生と混ざってバスケットの練習をしている宮城へ声をかけた。
 何も知らない宮城は変わらず笑顔でにコートから出てきた。


 「帰って勉強しなくていいのか?」


 ドリブルをしながら歩いてくる宮城が当たり前のように聞いてきた。
 挨拶代わりのいつもの言葉。
 

 「昨日、会ってきた」

 
 質問とは全く繋がらない言葉を返した。
 その言葉に宮城の手のひらで遊んでいたボールが止まった。
 

 「どうだったんだ?」

 「……入院してたよ」

 「やっぱり――」

 「なんで“やっぱり”なわけ?」
 
 「そうじゃん。あんだけしつこく勉強のこと聞きに来ておきながら、すぐに登校拒否はないでしょう?」

 「まぁ」

 「そんで、ひどい病気?」

 「……点滴してたし、まぁ、すぐに退院とかなるとは思わなかったな。だいぶ痩せてたよ」

 「あれより痩せたのか?」
 
 「あぁ」


 体育館の壁に寄りかかりながら話す。

 病名を聞く勇気がなかった自分があのときいた。
 今の自分に何も出来ないと分かっていることと、今でもあのときのことを処理しきれていない自分が、転校生の病気を聞いて、また精神が揺らいでしまうことを想像してしまった。
 
 あの頃に戻りたくない。
 戻るわけにもいかない。
 

 「――おい」

 「……」

 「おい!」

 「え?あ、ごめん、聞いてなかった」


 宮城の呼びかけで我に返る。


 「……お前、大丈夫か?なんか様子おかしいぞ」

 「大丈夫。気にしすぎ」

 「そうかぁ?絶対に変だと思うけど」
 
 
 やたらと疑う宮城を横目に言った。
 宮城は俺の過去を知らない。


 「宮城。お前はバスケを頑張れ。俺は勉強。だろ?」

 「――医者のたまごさん。無理すんなよ」
 
 「まだ大学受かってねーぞ」

 「お前は受かるよ」

 「だと、ありがたい」


 話を逸らし、逃げた。
 宮城から。
 アイツから。

 自分から。



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| 「君の名と」 | 17:25 │Comments0 | Trackbacks0編集

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